伯方雪日『死闘館 我が血を嗣ぐもの』

ニュージーランドの山奥,嵐と火山で閉ざされた日本家屋。格闘家一族をめぐる不可解な連続殺人。刑事・城島がたどりついた異形の真相とは?新鋭が満を持して放つ初長編。

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仕事や恋愛に行き詰まりを感じ,ニュージーランドへと旅立った刑事・城島。かつて事件捜査で出会った格闘家のガトロ・スチュードたちとともに,ガトロの祖父で一族の長テ・ケレオパの邸宅へ向かうことになった。その人里離れた山奥に佇む日本家屋には格闘家一族が呼集されており,テは彼らに対し,最も強いものにすべての権力と財を譲ると告げる。具体的なことをなにも知らされず,一族が困惑する中,嵐と火山噴火によって屋敷が孤立したのと同時に,一族の男の扼殺死体が発見された。はからずも日本から遠く離れた異国で捜査をすることになった城島。しかし第二の殺人が勃発し…。予想外の展開の末に待ち受ける,驚天動地の真相とは?気鋭が満を持して放つ,たくらみに満ちた傑作本格ミステリ。

格闘技をテーマとしたミステリ小説。
これだけで食指が動く諸兄は,ぜひご一読願いたい。

逆に,ゲテモノテイストを感じて距離を置いてしまう人もいるだろう。
勿体無い。
本作には,読者を唸らせる多くの企みが仕掛けられているのだ。

なぜ登場人物が格闘家なのか,なぜ舞台がニュージーランドなのか,こうした題材が奇を衒ったものではなく,絶対的な必然性を持って物語の本筋とダイナミックにからみ合っていくさまは見事だ。
この作品には無駄な贅肉など存在しない。
枝葉末節と思われた部分までもが伏線となり,全ては事態収束への糸口となる。

冒頭,9世紀大洋州での部族抗争から始まり,近世,現代と時を飛び越えて描かれる一族の叙事詩。
全体の構成や下世話とも言える物語展開は,マイケル・スレイドからの影響を色濃く映し出している。
しかし,冒頭以外の各章からは,スレイドのバカバカしいまでの厚かましさは感じられない。
なんだか微妙な軽さが本作の残念なところなのだが,その点を考察したい。

物語には語り部がいる。
ミステリというジャンルにおいては,この語り部による情報コントロールが展開のキモとなる。

ある作品では,「わたし」なる人物が語り部となり,「わたし」の知り得た情報が徐々に核心に迫り,読者に提示されていく。
読者の知り得る情報は「わたし」によって制限される。
「わたし」が誤認することによって,読者のミスリードが誘われることも多い。

またある作品では,複数の「わたし」がそれぞれの見聞きした内容・それについて思うところをバラバラに語る。
読者は彼らからの情報を再構築して事態の全体像を想起することになるだろう。
こうした複数の「わたし」の場合は,各々の誤認が絡み合い,謎解きの妙は高度化する。
この技法は「一人称のナラティヴ」と呼ばれる。

一方,演劇や映画のシナリオのように登場人物を客体化し,「彼は~した」「彼は~と感じた」という三人称の叙述(地の文)と登場人物の会話で物語が展開していく形式も非常に一般的である。
この場合,創造者としての作者が語り部となり,各キャラクターや状況設定を的確に描写あるいは巧みに隠蔽し,物語を構築する。

本作『死闘館 我が血を嗣ぐもの』の話法は基本的にはこちらになるが,主人公・城島刑事は物語が佳境に入ると,次第に一人称的な語り部としての役割をはたし始める。
さすがに地の文で「わたし」と記述されるまでにはならないものの,主語を伴わずに(城島のものと思われる)主観描写がなされる。
こうした叙述の破綻による未成熟な印象が,前述した軽さの一因なのだが,言葉を変えればここが個性的な魅力となっている。
読者は一気に城島の行動・発言・思考に引きつけられるのだ。

この手法がフロックでないことは,格闘シーンで垣間見られる高度に客体的な描写からも伺える。
むしろ,主体・客体が一体化して怒涛のように押し寄せる混沌感を読書体験として味わってほしい。

「格闘技」が作品の重要テーマの一つになっていることになぞらえて,僕は本作の叙述を「実況リングアナのナラティヴ」と呼びたい。
リングアナは格闘家に対して第三者であり,試合の語り部の役割を持つ。
しかし時として,格闘家の心象風景を我が物かのように述べることで,視聴者を昂ぶらせるのだ。

作者は今後の作品で上記の手法を確立していくのだろうか。
あるいは,新たな手法で読者を楽しませてくれるのだろうか。
ミステリ作家としての物語構築力は本作でお墨付きだ。
次作の発表を心して待ちたい。

京都コンピュータ学院(KCG)
京都情報大学院大学(KCGI)

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