愛しい彼女 終章

愛しい彼女 その4(終章)<愛しい彼女 その3からの続き>

人生色々,卒業生たち(クリックで全文表示します)

KCG

軽音楽部では,秋からは卒業コンサートの練習が始まる。正月が明けてから最初の練習で,ボーカルのO君はいつものように,時々Eさんを見つめながら歌っていた。最近,6人目の彼氏と別れたEさんは,ひとりがせいせいしていいやと思いながら,なにか軽やかな気分でキーボードを弾いていた。バンドの仲間は,練習のときしか集まらないけれど,それでも仲の良い友人たちだった。お互い,あまり深くまでは詮索しないけれど,いつも互いに思いやるというような,ちょっと大人の,あたたかい関係になっていた。

後期試験の最終日,放課後の卒業コンサートに向けた練習が終わってから,卒業試験の打ち上げで,バンド全員で駅前のカラオケに行った。あれだけ演奏しておいて,まだ歌いに行くところが,元気な軽音部だ。

O君も数曲を歌ったが,カラオケのマイクを握って歌うときも,愛しているとか, I love youといったフレーズのときだけは,Eさんを見つめながら歌った。それは,O君の最後のテーゼ((These,Thesis) 命題)だった。

そのとき,Eさんは,O君の視線に気がついた。そして,いつもキーボードを弾きながら,楽譜の向こうに見えるO君の立ち姿が,今,目前にいるO君と重なった。Eさんはその瞬間,すべてがわかったような気がした。しかし,Eさんは,即座に頭に浮かんだ想像を否定した。それは,4年間に渡って連綿として続く,ある仮定に対するアンチ・テーゼ(反命題)だった。

また違う曲で,O君の番となり,彼がまたマイクを握った。その曲名は,イメージが固着してしまうから,ここには書かないでおこう。ともかく,その曲はアップテンポで「愛してる」と繰り返す,あの,誰もが知っている歌だった。そのフレーズ毎に,O君は,Eさんをやさしく見つめるのだった。

Eさんは,O君に見つめられるたびに,なんだかドキドキしてきた。そして,よくわからないのだけど,なにか,身近でとても大切なことに,長い間気づかずにいたような,そんな気がしたのだった。

バンドの練習で,時々目が合ったのは,そのまなざしにメッセージが込められていたこと。O君がブログに書いていた,綾波レイが好きだというのは,実は自分を好きだという意味だったこと。記憶の断片のひとつひとつが,今,Eさんの頭の中でリンクしていった。

Eさんは,急いで曲目リストを懸命に探した。そして,その一曲を選んで,そのコード番号を入力したのだった。

Eさんが選んだ歌の名前も,ここには書かない。あの,誰もが知っている古い歌謡曲で,「長い間愛してくれてありがとう」という意味の歌である。それは,二人にとってのジンテーゼ(総合命題,あるいは解答)だった。テーゼ,アンチ・テーゼ,ジンテーゼは,二人が一緒に選択履修した論理学の授業で習った哲学用語である。

その夜O君は,最初のほうに歌ったエヴァの主題歌のテーゼから始まって,大学院の聴講授業で学んだとおり,戦略的に曲を選んでいたのだった。

その日の夜から,やっと二人の時間が始まった。

KCGに入学してから,7人目の彼氏になるのだけれど,一番最初に知り合ったO君が,実は一番大切な人だったのだ。

KCGに入学してから,最初から,ずっと好きだったEさん,長い間,同じバンドだけど遠いところから見ていただけだったEさんが,やっと自分を向いてくれたのだった。

クラブの卒業コンサートは,はじめての二人が主役のコンサートだった。ボーカルとピアノの掛け合いは,誰もが引き込まれるような,息のあった演奏だった。バンドの演奏は,例の先輩からも褒められた。二人の歌は,コンサート会場の皆の心に,少しは残ったのだと思う。

卒業式の日,二人は服やネクタイやアクセサリーの配色を合わせて参列した。卒業式に来ていた父兄の中に,O君のお父さんがいた。O君のお父さんが,あの先生の学生時代の友人であったことに,Eさんは驚いた。あの先輩(ドラムス)と,O君のお父さん(ベース)と,先生(リード)と,O君(ボーカル)とEさん(キーボード)とで,バンドが揃うこともわかったのだった。またひとつのKCGネットワークがあるのだった。通信はお手のものの卒業生たちであるから,彼らのネットワーキングがすぐに動き始めたのは,当然のことである。

そのあとの卒業パーティでは,二人は大勢の卒業生たちの騒ぎの中心にいた。KCGでの青春4年間に別れを告げる日の夜遅くに,二人は将来を誓い合った。

翌日,二日酔いの頭をかかえて,O君は新幹線に乗って東京に発った。内定先の企業に,辞退届けを出しに行ったのだ。採用担当のKCGの15年ほど上の大先輩に理由を全部話して,ただひたすら頭を下げ続けた。そして数日後,O君は,別の先輩の紹介で,大阪市内でKCGの30年ほど歳上の社長が経営する,ネットワーク関連の有名企業に内定した。

二人は,卒業して一年も経たないうちに,一緒に暮らし始め,二年目に結婚した。結婚式には,KCG時代の友人たちが多く集った。披露宴は,学生時代のバンド仲間が次々に演奏するライブパーティだった。新郎新婦と新郎のお父さんと恩師と先輩との5人の二世代バンドも,懐かしいあの一曲を演奏したのだった。

45年の歴史と伝統のある,京都コンピュータ学院に,数多ある恋物語のひとつである。

ランランリランショウビダバ♪,テレ~レ~レレ~♪
チャンチャンチャラロリロリ~♪,ルンルンルル~ルン~♪
                              ( -_-)♪~♪♪ …

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