『いったい何が起こっているのかしら』
期待に高鳴る鼓動を感じながら、あずさは進みかけた歩みを止めた。
「…おっと」
すすっと後ずさって、少し遠巻きに彼女たちを見つめる。
楽しい出来事が起こりそうな予感に目をキラキラ輝かせながら、あずさはそっと手を合わせた。
改札口のそばでは、抱き合う少女が2人―。
正確には“抱きついてるのと抱きつかれるのが合わせて2人”ってことになるのだろうけれど、細かいことはどうでもいい。
休日の昼間の京都駅。
地域住民も、観光客もうじゃうじゃいるこの人通りの最中で、少女が2人、抱き合っているのだ。
しかも片方はダッフルコートにジーパンの比較的地味目なタイプに対して、もう片方は太ももの半ばまである明るい黄色のロングニットの下に緑のタイツと茶色のモコモコブーツを合わせていて―見るからにギャルで派手なタイプ。
地味と派手。
どこからどう見ても、正反対のタイプにしか思えない。
だからこそ、それがあずさの好奇心に火を付けていた。
『佐織ちゃんってば、なんて羨ましいの!』
昔からそう。
佐織ちゃんはいつも思わぬ人に好かれてきた。それも1つの才能だと言わんばかりに。
そしてあずさも昔からずっと、何かおもしろいことが起こるたびにこうやって密かに出来事を観察……いや、見守っているのだ。
「サオリ~~ン、ほんまにメッチャ会いたかったわぁ~」
ギャルちゃん(名前を知らないから、とりあえず仮名)に抱きしめられて、驚いて固まっていた佐織ちゃんが、顔を真っ赤にしてもがき始めた。
「ちょっ、やめてよ。こんなところでー」
「何言ってんの、水臭いわぁー。アタシとサオリンの仲でっ」
そう言ってギャルちゃんは腕に力をこめつつ、目を細めている。
隙間がないのではと思えるほどに黒々とした“つけまつ毛”に、あずさは感嘆のため息をついた。
「ホントにギャルなんだぁー…」
そのまま大きくうなずき、唇のはしを上げた。
「いいねぇ、佐織ちゃん。ああいう面白そうな人に好かれて」
だってここは京都駅、しかも正面入り口―。
こんな観光地のメッカで人通りの多いところで、あんなふうに熱く抱き合えるだなんて人はそうはいない。
いや、かなりいないはず。
そう考えるとやっぱり佐織ちゃんはある意味、恵まれた人に違いないのだ。
羨ましい人――まあもっとも、自分はそうなりたくないけれど。
―――なんて考えて、あずさが喜びに頬を染めている間、佐織ちゃんは固まったまま、辺りをキョロキョロ見回して叫んだ。
「…あ、いた!」
旅行カバンを持たない手をひらひらさせて、あずさに救いを求めている。
残念。どうやら今回はこれ以上、傍観者でいられないみたい。
あずさは苦笑いして、彼女たちに近寄った。
「お取り込み中、すみませ~ん」
「「お取り込み中?」」
佐織ちゃんの怪訝そうな声と、ギャルちゃんの無邪気なそれが重なって、なんだか不思議なハーモニーを描いている。
「まあ、お取り込み中ってほどでもあらへんけどね。しいて言えば、熱い再会ってやつ? そんなとこやな」
「なんなのよー…熱い再会って…」
抱きしめていた腕を下ろして、そのまま腕組みしてうなずくギャルちゃんの横で、佐織ちゃんはヘナヘナと崩れ落ちそうになって。
「あ」
何かに気がついて、あずさとギャルちゃんを交互に見た。
「え、えっと。2人とも初めてだったよね」
言いながら間に立って、ギャルちゃんに手のひらを向ける。
「こちら、新城なつみさん。受験で会って、そのまま押し切られる形でメアドを教えちゃった人」
「…押し切るって、人を相撲取りみたいに……。まあ、人間関係は押しが大事やけどな。押して押して押さなきゃ何も始まらへんし」
頬をぷうっと膨らませてから、一人でうんうんうなずいているギャルちゃん――じゃない、なつみさんに、あずさはにこやかに微笑む。
「はじめまして。私…」
と、名乗りかけた口元を、なつみさんの人差し指が封じた。
「待って! 当ててみせるから!」
「え、はい…?」
当てるって、何?
あずさの名前とかパーソナルデータ?
それともこの人、あずさ自身も知らない……いや見えない何かが見える人なのだろうか?
「ふふっ…」
こみあげてきた笑いに、あずさ自身、ハッとする。
これはまずい。
抑えかけた好奇心が、また起き上がってきてしまいそう。
でも初対面の人に、質問するのも何だから、とりあえずはいつもの優等生スマイルをキープする。
一方、なつみさんは腕組みをしたまま天をあおいで――やがて。
「そうやわ!」
目を見開いて、得意げに人差し指を向けてきた。
あずさの肩からかかった斜めがけのポーチの横、緑色の小さなカエルのマスコット人形に―。
「え、何…?」
先が見えない。
でもなんだかワクワクするような、しないような……むしろ、ちょっと怖いような…。
まるで蛇に睨まれたカエルにでもなったかのように、あずさはただ、なつみさんを見つめていた。
すると。
「そのカエル、四条のお店で買ったやろ? 交差点の角っこにある雑貨店で!」
びしっと言い当てられて、そういえば―と思いだす。
確かにこれは先日の卒業旅行で一目ぼれしたカエルで。京都市の繁華街の1つである四条で購入したものだった。
「え、ええ。そうだけれど…」
言い終わらないうちに、なつみさんは顔をほころばせて小さく胸の前でガッツポーズを作った。
「やったぁ!」
「え、えええ?」
戸惑うあずさ。
対応を判断しかねて、佐織ちゃんに目線を向けるも、苦笑いしつつも放っておくつもりみたい。
「やっぱりー。いや、ね。アタシ、服とかバッグとかいろんなもの見て歩くの好きやんかー。だからな、可愛いの見たらついつい当てっこしたくなるんよー。あ、アンタ名前は何やったっけ? カエル好きな……」
一瞬、勢いにのまれそうになったものの、これがきっかけでカエル呼ばわりされては困るので、あずさはささっと自己紹介を挟み込む。
「私は三倉あずさと言います。佐織ちゃんの生後3カ月からの友人で幼馴染。どうぞよろしく」
淡々と言われて、なつみさんが頭を下げる。
「こちらこそよろしゅう。サオリンの友達は、アタシの友達や。せやから、アンタはアタシの幼馴染も同然や」
「…そ、そうなの?」
あまりに当然のことのように言い切るから、あずさは再び、彼女のペースに巻き込まれてしまう。
カエル呼ばわりされなかっただけでも、よしとするか。
ほうっとため息をついたあずさに、なつみさんはそのメイクとは真逆のさっぱりした笑みを浮かべて、手を差し出してきた。
「はじめまして、あずたん。これから仲良くしよーな?」
「あ、ずた…ん…?」
絶句―。
あずさは生まれて初めての感動が、体中を突き抜けていくのを感じていた。
次回”あずたんアワードへ行く~3~”につづく