あずたん、アワードに行く~3~

 「あずたん……」

 お昼前の京都駅正面改札口そばで―。
 あずさはつぶやいたまま、絶句していた。

 「そ。あずたん。ええやろ?」

 目の前では、なつみちゃんが太陽みたいな笑顔を浮かべている。
 明るい眼差しから逃れるように、その肩の向こうに視線を向けた。

 切り取ったような青空のもとで、堂々とそびえたつタワーを見ながら、あずさは思った。

 生まれて18年。
 物心ついた頃から医療の道を目指すべく、勉強に勉強を重ねてきた。
本当はどこかで、佐織ちゃんや他のクラスメイトのようにのんびりと過ごしたかったのだけれど、気付けば真面目な優等生キャラになっていて。

 うまく言えないのだけれど、まわりとの距離を感じることが多かった。

 そんな自分が今―。

 「あず…たん…ですって…?」

 石のように固まったまま、ゆっくりと反芻するようにつぶやくあずさ。
 その姿に焦りを感じたのか、佐織ちゃんがささっとなつみさんとの間に割って入ってきた。

 「ね、あずさ。どうしたの。気分悪くした?」

 肩に手をのせて、グラグラ揺さぶってくる。
 揺れるタワー、揺れる佐織ちゃん、そして自分。

 無意識のうちに笑いがこみ上げてきた。

 「ふっふっふっふっふっ……」

 「あ、あずさ?」

 「え。あずたん?」

 「ほら、また。あずたんって……ぷっ…あははははは…」

 一度吹き出したものは、なかなか止まらない。
 たとえ親友が戸惑っていても、初対面のなつみさんがぽかんとしていても。
 止まるはずがないのだ。
 だって、自分がまさか―――あの、良くも悪くも真面目な優等生で通っていた自分がまさか、あだ名をつけられちゃうだなんて。佐織ちゃん以外には、苗字で呼ばれることがほとんどだったのが、ここでいきなりあだ名をつけられちゃうだなんて。

 もう、どれだけすごいのよ。佐織ちゃんの引っ張ってきた縁は―!

 考えれば考えるほどにおかしくて、楽しくて。
 
 そうしたらもう、止まらなくなってしまったのだ。

 

 そして。
 お腹がよじれるほどに大笑いしてようやく治まったところで、なつみさんが何だか決まり悪そうな顔をして、よろけそうになった手を支えてくれた。

 「なんや、悪いことしてしもたんかな…。あずたんって嫌やった?」

 上目づかいで、どことなくこちらを気遣う姿に、あずさは取り出したハンカチで目のふちをぬぐいながら首を振った。

 「ううん、全然」

 「そっか、良かった。さっすがサオリンの親友なだけあるなあ。オモロイ人やわ」

 なつみさんはニーッと口元を横に引っ張ったかと思うと、片手であずさ、もう片方で佐織の腕をつかんで、さくさく前に進み始めた。

 「さ、行こ行こ。まずは腹ごしらえや。お腹すいとったら、オモロイ発表聞き損ねるかもしれへんからなー」

 「………って、なんでこんな所なんよー」

 尖らせた唇から、悲しみのため息が漏れている。
 その横に並ぶようにして座っていた佐織とあずさが、苦笑いしながら顔を見合わせた。

 「そんなこと言っても…」

 「ねえ…」

 数十分後、京都コンピュータ学院そばの公園にて―。
 集ったばかりの3人は、まだまだ寒さの残るベンチに身を寄せ合って腰かけていた。

 理由は、お店が混んでいたから。
 地下のレストラン街をうろついた果てに見つけたファストフード店で、席がないことに気がついたときはすでにレジの順番がきてしまっていて、また探し回るのは疲れるので、そのへんで食べようということになったのだ。

 それも外がこんなに寒いと知っていたなら、やめたのだろうけれど。
 どうやらなつみさん、あんなに盛り上がっていたのにそこまで考えていなかったみたい。

 寒さですっかり意気消沈してしまい、2度目のため息を漏らした。そのついでに膝上の紙袋を開いて、動きを止める。

 「はぁー……。……あ、しまった」

 その言葉に、佐織ちゃんがハンバーガーをかじりながら目を丸くする。

 「ぬ、ろーしたの?」

 わずかに眉をひそめたなつみさんに、あずさはポテトをかじってから翻訳をしてみせる。

 「“ん、どーしたの?”だって」

 「あ、なるほど」

 拳を縦にして手のひらをポンとたたいて、なつみさんは怪しげに微笑んで隣に座る佐織ちゃんにしなだれかかってきた。

 「ねー、サオリン。アタシのオレンジジュースとそのスープ、取りかえっこしない? 今なら氷多めの特別サービス、ついてるわ・よ」

 思わぬお色気ちっくなモードに、佐織は膝にあったファストフードのロゴ入り紙袋を抱えこんだ。

 「ちょ、やだ! こんなコートも脱げない寒さで氷飲料だなんて、無理。だいたいそれ、なっちゃんが氷多めでって注文してたんじゃないー……や、耳くすぐったい、やめてぇぇ~~~~」

 思わぬ攻撃に身をよじってかわそうとするも、なつみさんはなかなかあきらめない。

 「スープ、欲しいの。お・ね・が・い」

 と、佐織ちゃんは助けを呼びながら、ふとこちらを見て凍りついた。

 「やめてぇ~~~…って、あずさ…何、写メ撮ってるのよ~~」

 「あ、ごめん。バレた?」

 「バレてるも何も…。そんな堂々とかまえてたら…」

 顔を思いっきりしかめる向こうで、なつみさんがまぶしい笑顔でVサインしてみせた。

 「ホントだ。ぴーす」

 「ぴーす、じゃないってば~…もぉ」

 がくっと肩を落としてなつみさんの迫りがゆるんだ隙に、紙袋におさまっていたスープの蓋をあける。そして頬を膨らませながら、そのカップを差し出した。

 「はい、分けてあげる。でも全部飲んじゃダメだよ」

 「サオリン……」

 瞳をうるませ、両手を胸の前に組み合わせているなつみさんは、どうやら佐織ちゃんの行為に感動…………したのかと思いきや。

 「いっただきぃ」

 ためらいなんか微塵も見せずに、容器を奪い取って一気飲みしようとして。

 「あっつぅ!!」

 思いっきり舌を突き出して、涙目になった。
 そのゆるんだ指先から容器を回収した佐織ちゃんは、苦笑いしながら後ろを振り返った。

 「だってスープだもん。熱いよ、ねえ?」

 話をふられて、あずさはかまえていた携帯電話を折りたたみながらうなずく。

 「そうねぇ。それはそれでいい絵が撮れたかもしれないけれど」

 「だから、写メしないでってば」

 「そう? 残念だわ」

 「そーやで、サオリン。昔から言うやろ。事実は小説より奇なりって」

 「それ、使う場所間違ってると思うけれど…」

 苦虫を噛み潰したような佐織ちゃんに、おかしいなと首をひねるなつみさん。その2人があまりにもおかしくて、あずさが、吹きだしそうなのをこらえていると。

 少し遠く――公園の外から、聞きなれない男子の声が響いてきた。

 「あれ、なつみー?」

 一同がいっせいに、公園の横を通る小道に視線を向ける。
 一人の少年があきれ顔をして立っているのが、視界に入った。

       次回”あずたん、アワードへ行く~4~”につづく

神崎佐織ラフスケッチ決定分その3
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