「あれ、なつみー?」
ふいに呼びかけられて、流れていた空気が一瞬、ストップする。
指名されたなつみさんはというと、先ほどの熱さが残るのか、赤くなった舌先をちょこんと出したまま、視線をさ迷わせた。
「え、だれー?」
くるくるあちこち見まわす姿は、初めて会った時そのもの。
ハイテンションモードが、再び頭をもたげ始めたようだった。
「だっれですかー?」
ニコニコしながら呼ぶ姿は、まるでとんでもない速さを突っ走る車のよう。あずさは内心、この人、コンピュータ習うより自動車制御学科で制御してもらった方がいいんじゃない、なんて毒づきそうになってしまった。
もちろん、優等生キャラな自分にそんな無謀なことはできないのだけれど。
あずさは自身の好奇心も頭をもたげ始めたのを感じながら、相手を特定したなつみさんの視線を辿って、公園の脇道を見つめた。
一方、隣に座る佐織ちゃんはというと。
「わわっ、早く食べなくちゃ………んぐっ!?」
面識のない人の登場を前に、のんびりハンバーガーをパクついているわけにはいかないと思ったのか、大きくかじって飲み込んで、ついでに喉につまらせてしまっていた。
まったく、抜けているというか何というか―。
あずさは苦笑いしながら、佐織に自分のグレープジュースを差し出す。
「はい、佐織ちゃん」
「ありがとぉー……」
消え入りそうな声を出して、カップを傾ける佐織ちゃんに軽く笑み、あずさは視線をかの人に戻す。
類は友を呼ぶ――と言ったら、失礼かもしれないけれど、彼もなつみさんと似たようなジャンルで、なおかつ、あずさがこれまでテレビでしか見たことがなかったタイプの人だった。
ピアスだらけの耳に、重力なんてまるで無視といわんばかりに天に向かってそそり立つ金髪、そしてどこかのロック歌手のような風貌―。
あぁ、なんて面白そうな人なのだろう。
あずさはまたもや、こうした楽しげな人と容易く知りあっていく親友を心から羨ましく思っていた。
『佐織ちゃんの人生って、ホント“面白い”があふれすぎなのよ――!』
高鳴る鼓動をおさえながら、あずさは身を乗り出して、親友を挟んだ向こうにいるなつみさんに声をかけた。
「誰? なつみさんのお友達?」
問われて、なつみさんが腕組みして大袈裟に唸る。
「ん~~~~…。友達……っつーか、先輩? バイトで知り合ってん、つい最近。アタシと違って、見た目はアレやけど、まあええヤツやで」
「なつみさんと違って………?」
思わずこぼれた言葉に、彼女が軽く睨みつけてきた。
「何やの、それ。アタシはあんなに派手じゃありませんよーだ。“明るいけれどちょっと健気で控えめなギャル”、それがアタシのテーマなんやから」
「そうなんだー」
なつみさんがあんまり胸を張って言うものだから、あずさは得意の優等生スマイルを浮かべて、表情に軽く蓋をする。
――張ってる割には意外と胸、ないのね……なんて思ったのは内緒。口が裂けても言えない。だって、優等生キャラだもの。
「んで」
「きゃあ!?」
いつの間にか目の前に移動してきていた彼に、3人が狼狽する。
彼は傷ついたとばかりに、心臓のあたりを手でおさえてみせた。
「うわっ、ひどっ。人をモンスターかゴースト扱いして。俺、こう見えてガラスのハートなんだぞ。めっちゃ傷つくやんか」
なんて言いながらニヤニヤしているのはたぶん、それほど気にしていないせい。
なにせ初対面。
ここはあまり観察眼を鋭くせずに、無難に接するのが一番だろう。
――と、あずさが結論付けたところで、なつみさんは頬をふくらませながら、手をひらひら振った。
「男のくせにガラスとかゆーなよなー、先輩。…あ、紹介するわ。こちら、秋月ナントカ先輩。バイトで知り合った、優柔不断でちょっと抜けてる人。んで、こっちはアタシの親友2人組のサオリンとあずたん」
「お、おい、ナントカはねーだろ。あとそれから、もっとマシな紹介してくれよ。学院周辺の猫にも好かれる心優しくイケてる人、とか」
うろたえつつも、きちんと要望を伝える秋月さん。
対して、なつみさんはご機嫌斜めから気分が持ち直してきたのか、リップグロスが光る唇のはしを上げて、ニヤリと笑ってみせた。
「ええやんか、そんな細かいことー。先輩が抜けてるのは、曲げられん事実やからなあ」
「こ、このガキ…!」
「あぁ、蘇るエピソードの数々…。頭の中にムラムラ蘇ってくるわー」
ここで佐織ちゃんが顔を赤くして、なつみさんの袖を引っ張った。
「な、なっちゃん。ムラムラは……ちょっと」
普段、どちらかというと突っ込みではなくボケ気質な佐織ちゃんの言葉に、なつみさんが目を丸くして見つめ――そしてコソコソと密談を始めた。
「え、何で。アタシ、おかしいこと言った?」
「おかしいっていうか……。たぶん、かなりおかしい…」
「え、マジ。アタシ、ヤバすぎ、イケてない?」
「うん。やばいし、いけてないと思う」
「そっか。そりゃ、あかんな」
秋月さんを放り出して、今後の対策を練る2人。
あの、彼、やることなくて困っているんですけど。
ここで話しかけるのもあまり面白くなさそうなので、あずさが曖昧な笑みを浮かべていると―。
「あっ、いた!」
またもや、公園そばの小道から。
コンビニのビニール袋を大きく揺らしながら、少女が息を切らせながら走り込んできた。
「ちょっと、秋月。何で先、行っちゃうのよ。待っててって言ったのに!」
苦情を言いながら、瞬く間に秋月さんのそばに駆けてきた少女は肩からこぼれ落ちた巻き髪を払い、やがて、その向かいに座るなつみさんを見つめて、顔をわずかに――いや、思い切りひきつらせた。
「あっ、あんたは……!」
次回”あずたん、アワードに行く~5~”につづく