はじめまして、KCG~7~

「うん、そうしよう」

建物の横道を通って、先へ進む。
広い通路はちょうど普通車が行き交うことのできるほどの広さで、よく見るとその端のフェンス越しに電車が走っている。

『そっか。駅から歩ける距離だもんね。近いんだ』

頭の中で地理関係を整理して納得したとき、頭にカサリと何かが落ちてきた。

 「えっ、な、何!?」

 驚いて振り払うと、ひらひらと何かが指の先をかすめて、路面に落ちていった。

 黄色くて、小さな穴がぽつりと開いた葉っぱ―。

 いかにも秋の色を思わせるそれは、どうやら頭上から降りてきたようで。
 
 「?」

 気になって見上げた先には、その主だったと思われる枝が伸びていた。
 12月も後半まで、季節の流れに身をまかせて、芽吹いて、葉を育て続けて―。
 そうやって時を過ごした葉は、…そしてクリスマスイブになって、ようやく地に戻る決意をして。
 
 佐織はいつしか、地元の校庭に並ぶ木々と、目の前の数本の木々を重ね合わせていた。
 いったいこの木々は、どういう種類なのだろう?
 背の高さや枝ぶりからみんな同じものだろうし、それにたぶん……知っている種類のような気がするのだけれど。

 思い出したいのに、思い出せない。
 その不思議な歯がゆさに、佐織はちょっとだけ悔しくなった。

 枝だけの居姿で名前が判別できるほど、木にはくわしくないから、名前の切れ端も出てこない。
 本当にサッパリ出てこなかった。 

 『でも―』

 佐織は思った。

 これがたとえば、季節が変わればわかるだろうか?

 たとえば冬を過ぎて、春になったとして。
 寒い日々を乗り越えて、あたたかい季節になったとして。
 新緑が萌え、花が咲いたら。

 この木々の名前を思い出すことができるのだろうか。

 なじみある、この木々の名前を―。

 「佐織ちゃん?」

 あずさの呼びかけが、広がり始めた意識を押さえ込んだ。

 「え、な、何?」

 「……また妄想特急ってなかった? もう、しっかりしてよね」

 辺りに人気がないせいだろう。
 あずさの口ぶりも、態度も、思いっきりそっけなかった。まったく、本当に外面がいいっていうか……。

 背を向けて歩き出した後姿に、舌を出して。

 「あ」

 視界のすみに飛び込んできた景色に思わず、笑顔があふれた。
 あずさのキャリーにも、さっき佐織に降りかかってきたのと同じような黄色い葉が1枚、乗っていたのだ。

 こんなところでおそろいだなんて。

 佐織はうつむいて、小さく笑った。

 と、目線を上げようとしたとき、佐織は視界の端に何かが映ったような気がした。ひと気のないと思われていた1階できらめく何かが。

 「?」

 立ち止まる。

 丸見えになっているガラス張りの向こうには、学校の会議室なんかに置いてあるような長机がいくつかあって、何か冊子のようなものがいくつか積み上げられている。

 そしてそれより、佐織の注意を引いたものはその奥。おそらく、正面入り口に向かいあう位置にそびえ立っていた―。

 「もしかして…」

 つぶやき、歩みを早める。

 瞬く間にあずさとの距離は縮まり、追い越し、建物を1棟過ぎた辺りで左に折れた。

 「佐織ちゃん?」

 驚く声をよそに、正面入り口に立つと、そこには―。

 「あ」

 白を基調としたロビーの中央から、吹き抜けるようにしてまっすぐ階段が伸びていて。
 その隣に、そっと寄り添うように1本のクリスマスツリーがたたずんでいた。
 高さはおそらく、佐織の身長の2倍くらい…3メートルくらいだろうか。先週、お母さんと買い物に出かけたスーパーの売り場で見たものと同じくらいだ。

 いや、でも何かが…何かが違う。
 どこか、妙に寒々しい…というか、寂しいというか…―。

 あ、そうだ。
 まだ、最後まで飾りつけがすんでいないんだ。

 深い緑色が、ロビーの照明を受けてしっとりと輝いているけれど―。
 あるはずのものをきちんと纏っていないからか、少し寂しそうにたたずんでいた。

 『そっか、それで…』

 浮かんだ感想をそのままに、まるでとらわれたように目前を見つめ続ける。ふと、そんなツリーの姿に、何かが重なったような気がした。

 何か、大切な何かが―。

 どうしちゃったんだろう。
 よくわからないことばかりが頭に浮かんで、その残像をとらえることすらできずにいる。

 ロビーの中を、10人近い人々がせわしなく行きかっているというのに。
 トランシーバーで連絡を取り合ったり。
 みんなそれぞれに笑いあったり、時に真剣に話し合い。
 長机でプリントのチェックをする人々も、そのそばで何やら最終チェックをする人々も、おなかがすいたのかカレーの味見をしているサンタさんの格好をした人も―。

 みんなみんな―。
 柔らかな雰囲気の中でみんながみんな、楽しそうにそれぞれの役割をこなしているというのに―。
 
 それなのに―。

 「ちょっと…。いきなり走り出すだなんて、どうしたのよー」

 先を越されて、ふくれっつらのあずさが追いついてきた。と、同時に。

 「あれ、階段の上…」

 あずさが控えめに差した指が、その人を捉えていた。

 ロビーの真ん中を吹き抜けるように位置する、階段の上から。
 白い箱を抱えて、何人かの男性たちと話しながら下りてくる彼は、間違いなくあの人で。

 年は推定、20代前半くらい。
黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白め。
でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じ。結構、頼りがいのありそうな―。

 つまり、京都駅で出会ったあの人に間違いなかった。

 なんて偶然だろう。
 いや、もしかしてこれって運命?

 「佐織ちゃん、佐織ちゃん? おーい?」

 視界に手のひらをかざして、スライドし続けるあずさの声が遠くに聞こえる。
 頭に、ほほにと、かすめ始めた薄片の冷たさも、どこか遠い。

 そんな中で。

 佐織はもはや、自分が彼を追いかけてここまで来たということも忘れて、立ち尽くしていたのだった。

 これが佐織と彼、それから京都コンピュータ学院との初めての出会い。

       次回”ターニングポイント~1~”に続く(1月第2週更新予定)

KCG2008クリスマスツリー

comments