ブロロロロ…
旅行を終えた数日後。
閑静な住宅地に立つ神崎家の前に、一台のトラックが止まった。
「今日こそ!」
と、部屋の窓を開けて、外を見下ろす。
車体の側面に、宅配便の文字と可愛らしいキャラクターが走っているのを確認して。
「よし!」
いてもたってもいられずに窓を閉め、階段を駆け下りる。
ダダダダダダ…
連打に近いリズムを経て、無事、玄関に着地…っと……あれ?
「さ、佐織…」
どうやら、自分で意識しているよりも、かなりな勢いで来てしまったらしい。お母さんは伝票にかざしたハンコをそのままに、一時停止しているし、お兄さんはお兄さんで、箱を持ったまま、ほほを引きつらせているし。
完全に2人を凍りつかせてしまったみたいだ。
これはちょっと、まずい。佐織は遅ればせながら、笑顔を付け加えてみた。ついでに小さく片手を振ってみたりして。
「ど、どうも~」
その一言に、場の空気が氷解して。
お母さんがほうっとため息をついた。
「佐織。何をそんなに急いでるの。家でも壊す気?」
「お母さん、ごめんなさい。ところで…」
ハンコを片手に軽く睨まれたので、軽く頭を下げ、一息にしゃがみこむ。床にひざをついて、そこに置かれた段ボール箱の伝票に目線を走らせながら、先ほどの勢いを復活させつつ、たずねた。
「その荷物、どこからっ!?」
動揺する脳裏に、2日前の出来事が蘇る。
あれから―旅行から戻ってからさんざん迷って、考えて。
それでようやく部屋の机にある、めったに使わないパソコンの電源を入れてあちこちグルグル回りながら、やっとたどり着いたホームページで、またさんざん迷って、考えて。
そうやってようやく、申し込みのボタンを押したのだ。
ドキドキしない方がおかしい………と思う。
そして今。
「すぅ…」
伝票を前に、佐織はまぶたを軽く閉じて、深呼吸をする。
それから、床に置かれた段ボール箱のてっぺんを確認した。
“△△通販サービス”
ガッカリの4文字が、脳天を突き抜けていった。
違う、これじゃない!
これは一昨日の夜、お父さんがテレビショッピングを見て一目惚れした健康器具だ。あの、何て商品だったっけ…確か1日15分続ければたるんだお腹も元通りっていう…あの…うぅーん、思い出せない。
あのシリーズ、全国的にも流行っているらしいしね。そういえばあずさのお父さんも、出張中にあれで体を鍛えたりしてたって言っていたっけ。
小さいとはいえ、仕事先まで持って歩くのはそれなりに大変だと思うけれど。
…というか。
たっぷり1分くらい静止しつつ、脱線して、佐織はようやく気がついた。
違う。
今、待っていたのはそれじゃない。
さくっと頭を切り替え、前を見据えて、扉に手をかけたお兄さんに詰め寄っていった。
「今日の荷物、これだけですかっ?!」
そのあまりのド迫力に、お兄さんがオロオロと手を振った。
「今のところはそうですけど。もしかしたら別の時間で配達があるかもしれません。夕方とか夜間とか…」
「えぇー……」
思わずへたりこむ佐織にホッとしたのか、お兄さんはお母さんに向かって会釈して、コソコソと扉の向こうへ去っていった。
「まったく…もう…」
うなだれて立ち上がる我が子を見て、お母さんは頬杖をついて首をかしげた。
「変な子ねぇ。昨日からそればかり。何か待っているものでもあるの?」
聞かれて、思わず心臓が飛び出しそうになる。
「い、い、いや、そ、そんなこと、ちっとも、ない、よ!」
どう聞いても、“ちっともないことはない”声…。佐織は心の中で、自分に駄目出ししていた。
絶対にバレたくないのに、何やってんのって。
『だって…』
声に出さずにつぶやく。
だって、この件はまだ誰にも言っていないから。気持ちとか考えとか、その他イロイロ。
とにかく自分でもどう感じているかあまりわからなかったから、きちんと整理しておきたかったのだ。
人に思いを伝える前に。
と、その決意を新たにしたところで、勢い余って靴箱を叩いた…はずだったが。
「ん?」
何か柔らかい。
いつもの天板の感触じゃない。恐る恐る目を向けたとき、ちょうどキッチンに行ってしまったお母さんから声が届いた。
「そういえばー。さっき、あなた宛の宅配便が届いてたわよ。京都なんたらなんたらって所から」
「えっ!! な、な、な、な、なんで教えてくれなかったのよ!!」
驚きと緊張のあまり、変なキレ方をすると、お母さんはのんびりと返してきた。
「だってあなた、さっき、焼きいも屋さんのクルマを追いかけていったでしょう、あのお気に入りのおじさんの。今年はまだ食べてなかったーとか言って。そのときね、今とは別の宅配屋さんから届いたのよ」
「えーーーーーーーーー!!!」
思わず声を張り上げる。申し込みをしてから2日、かなり玄関での動きには注意を払っていたのに、油断してしまった。
たった3本のお芋が、こんな事態を招いてしまうだなんて。
「後悔、大後悔…!!」
なんて悶絶をし、一人、片手を空に向かって震わせていると。
「何?」
いぶかしげにキッチンからお母さんが顔を出してきた。
「あ、あ、いや、何でも! ところでお母さん、これ見た?」
「見るわけないでしょう、あなた宛よ。いちいち娘への届け物をチェックするほど、お母さん、暇じゃありません」
「そ、そうだよね~~。あ、あはは~~~」
顔を出すお母さんと目が合いそうになって顔をそむける。そそくさと上がりかまちに上ると、パンパンに膨らんだA4封筒を抱きしめて、佐織は足音をひそめて階段を上がっていった。
「お騒がせしました~~」
なんて、静かに謝りながら。
その様子を再び階段のそばまでやってきて、見送ったお母さんはふとまゆをひそめた。
「なぜ今、専門学校に資料請求なんかしたのかしら…。進学先は決まっているのに…」
次回”ターニングポイント~2~”に続く