はじめまして、KCG~6~

「えっと…」

言葉が出ない。
気付けば、彼は建物の中に消えていて。それで自分たちは、建物を斜め後ろから見る位置にいる。

古いなんて言葉、到底、結びつきそうもない、白亜の建物の前に……。

どう考えても予想外。佐織は呆然と立ち尽くしていた。

「どうしよう…」

対してその横で、目を輝かせているあずさは、本当に対称的で。

「なんだかカッコイイわね♪」

佐織とは正反対に、予定外のことが大好きなあずさ。
なんか興奮で顔を赤くして、片手を握り締めているし。見た感じ、かなりアヤシイ。

『あぁ、どうしたら軌道修正できるんだろ…?』

なんてため息をついていたら。

「ねえ?」

白い息を吐き出しながら、あずさがこちらに視線を向けてきた。

「どうしよっか。記念だし、入ってみる?」

じょ、冗談じゃない。
瞬間、頭の中に浮かんだ、ものすごーく悪い未来を払うように、首をぶんぶん振った。

「な、な、な、何の記念よ? こんな何かわからない建物に、部外者の私達が入るだなんて! 不審人物で通報されたらどうするのよ!」
払ったはずの未来が、蘇る。

新聞の社会面に、太字で書かれた記事タイトル―。

”不法侵入の女子高生、逮捕 ~卒業旅行で浮かれたか?~”

『じょ、冗談じゃない!』

佐織はもう1回、大きく首を振った。

冗談じゃない。
そんな目に遭うために、頑張ってお小遣い貯めて京都へ来たわけじゃない。
だいたい、頑張ってお金貯めて旅行して、そこで不法侵入して社会面に載るだなんて、何をやってるんだって話だ。

佐織は立ち止まり、しっかりと意思表示をした。
…と言っても、ただ立っているだけなんだけれど。

しかし、あずさは引き下がらない。
むしろひらひらと手なんか振っちゃって、ちょっとバカにしてる感じだ。

「ダイジョウブ、ダイジョウブ。佐織ちゃん、悪く考えすぎよー。まあ見た感じ、普通の建物っぽいし。怪しそうじゃないし。そんなにビクビクしないのー♪」

佐織に向かい合い、右肩に手をのせてさらっと言ってのけるあずさに、ちょっと腰砕けになる。

普通の建物っぽいから…って、怪しそうじゃないから…って、それで本当にいいの?

あぁ、やっぱりこの価値観、たまについていけなくなる…いや本当に。
確かに昔からの親友と言っても、基本、やっぱり違う人間なわけだから、慣れない部分があっても当然かもしれないけれど。

―なんて困惑している佐織をよそに、あずさは腕組みした。
何かを考え込んでいるかと思いきや、目の輝きが違う。どうやら怪盗さながらに、建物の側面を観察しているようだ。

「うぅーん。正面入り口とかに回ったら、看板とかあるのかもしれないけどねー。このシャッターが閉まっているところって裏口だよね。建物の側面はガラス張りになっているっぽいけど、どう見たって壁だし。やっぱり入り口はあっちかなー?」

「な、何やってるのよ?」

驚いて、彼女の肩を小突く。

すると先ほどの、まるで何かをロックオンしたような輝きは消え、代わりにいつもの邪気ひとつない、キョトンとした瞳がこちらを向いた。

「何って?」

「…え、それは……。ってか、なんで私が後ろめたくなってるのよ?」

「知らないわ」

笑顔でサラリと言って、あずさは再び、ターゲットを見定める。
まったく、この人には自分ってものが見えていないのだろうか?

どこからどう見ても、あやしいことこの上ないのに。

佐織はここが、この建物の裏口であることを心から喜んでいた。
正面だったらきっと人もいるだろうし、ひょっとしたら本当に通報されてしまうかもしれない。

『そしたら…』

ひきつる佐織の脳裏に、またあの社会面の記事が蘇る。

グルグル回る幻想を、首をぶんぶん振って振り切って、佐織はあずさのコートの袖を引いた。

「ねぇー。もう、帰ろうよ。星はそのへんに置いていけばいいよ。ねぇー?」

「星?」

ふっと、“何それ?”という顔をしてから、あずさは瞬時に状況を思い出す。

「あ、星ね。え、それをそのへんに置くって? ここまで来て道に落としていくの? 流れ星じゃあるまいし、それは不親切ってものでしょうが」

ズバッと言われて、負けそうになりながらもかろうじてつぶやく。

「…ここに来た目的、忘れてたくせに」

…というか、流れ星ってそんなにゴロゴロ、道に落ちてるものだっけ? と疑問に思ったのもつかの間のこと。

あずさは、ポンと手を打った。

「そうだわ、こうしましょう。これだけきちんとした建物なのだから、入り口に守衛さんはいるはず。その方にさっきの彼の特徴を話して、コレを届けてもらえるようお願いして、それで帰りましょう。ね、それならいいでしょ?」

ようやく、こちらの意思を汲むつもりになってくれたらしい。

佐織はホッと、胸をなでおろした。

次回”はじめまして、KCG~7~”に続く

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