一瞬、時が止まったのかと思った。
それが何故なのか、自分でもよくわからないけれど。
改札口を出たところで、あずさを見送って。それから、あれこれ考えたり、想像したりして時間をつぶしていたら……。
「あぶない!」
そこからは本当に一瞬の出来事だった。
そして……今。
座り込んだまま、少しボーッとしている佐織に彼は懸命に詫び続けていた。
「すみません。ちょっと急いでいたものですから…」
「は、はぁ…」
年は20代前半くらいというところだろうか。
黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白め。
でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じ。結構、頼りがいのありそうな人だ。
…って、何、想像してんのよ、私はっ!!!
一人、赤面。
女子高育ちであんまり異性に免疫がない上に、少し夢見がちなタイプだから、ちょっとしたことでも結び付けてしまうのだ。この人と付き合えたら、どうなるのかな~、なんてことに。
こんな自分を、あずさはこう言ってたっけ。
「妄想特急、佐織号」
頭の中の声と、現実の声が重なる。
…って、ん?
今確かに、声が聞こえたような……?
「うふふ♪」
先ほど、歩き去った方向から、あずさが帰ってきていた。
この表情は覚えがある。というか、もう見慣れすぎている。“身の回りに楽しいことが起きそう”だと期待している表情だ。
人の不幸ならぬ、人のイベントは蜜の味ってのは彼女の座右の銘の1つなのだ。
……ホント、性格、悪いんだから…。
しかし、そんな顔をしたのはほんの一瞬のことで。
彼女はすぐにそれを引っ込め、いつもの優等生スマイルで彼に話しかけた。
「あの、友人がどうかしましたか?」
まったくこの人は、本当に外面がいい。ついでにしゃがみこんで、佐織の頭にくっついた綿を取って、素敵な子アピールするのも忘れてないし。
あと、友に思いやりある声をかけることも抜かりない。
「佐織ちゃん、どうしたの?」
眼鏡の奥では、期待に満ちた瞳をしているくせに。
…と、そこで佐織はハッと立ち上がった。
「あ、別に大丈夫。ケガなんてしてないし!」
毛糸の帽子に刺さった電飾を抜いて、白い箱に入れる。まるでクリスマスツリーになって、後片付けでもしているみたいだ。気分は、もみの木ってか。
でもその姿に心からホッとしたのか、彼はニッコリ微笑んだ。
「良かった。ちょっと時間が押していたものだから、つい焦ってしまって」
飛び散った飾りを拾い集めながら言う彼を、2人して手伝い始める。
「これからパーティですか?」
あずさの問いに曖昧に、彼は曖昧にうなづいた。
「そうですね。…ま、そんな感じかな?」
「わー、いいですねー♪」
微妙に赤面したまま黙々と手伝う佐織の頭上を、会話が素通りしていく。
「ま、仕事みたいなものですから。個人的に楽しめるかと言われれば別の話になりますけど。…でも」
「でも?」
「仲間達と企画したものだから、皆さんが楽しんでくれたらいいなって。そう思います。せっかくやるんだし」
「そうですか~」
適度な距離感と、流れるような会話。
こういうとき、あずさのことが羨ましくなる。
人当たりがよくて、人望があって、成績だって常に上位組で、ついでに見た目もわりといい。
それにひきかえ、自分は何でも平均より少しはいいけれど…特にこれと言って目立つこともなくて。いつだって、“あずさちゃんの隣にいる人”、または“あずささんのお友達”、そんなのばかり。
自分には神崎佐織という名前があって、あずさの付属物じゃないのに。
テンションがどんどん下り坂を疾走しようとした頃、ばら撒かれた荷物は無事、白い箱に収まり、彼は頭を下げて小走りに去っていった。
まともな会話、1つできないままで。
「ふー…」
自然とため息が漏れる。
するとあずさが、手帳を開いて今後のルートを確認しようとして…佐織の旅行カバンを指差した。
「カバンから星が生えてる!!」
「ほ、星!?」
驚いてうつむくと、確かにカバンから星が生えて…って、ん?
「外ポケットに刺さってるだけじゃないの~。もう、ビックリしたぁ~」
「えへへ~、ビックリしたぁ~~?」
「「あははははは」」
笑い声が重なる。
そしてひとしきり笑って、2人は同時にそれを止めた。
「って、もしかして!?」
何故、ここに星が? それも2メートルくらいのツリーのてっぺんに刺すような、ちょっと大きな星が?
……。
沈黙が流れる。理由は考える間でもなかった。
さっき、彼にぶつかったとき。
その拍子で箱から飛び出したとき、床に落ちたカバンに偶然、刺さったのだ。それもかなりの奇跡で。
しかし奇跡といっても、別にこれは嬉しいことでもなんでもなくて。
いやむしろ、彼にとってはちょっとした不幸に違いないだろう。なんたって、てっぺんの星といったら、クリスマスツリーのシンボルといっても過言ではない。
飾りの王様だ。
それに彼は言っていた。
これから始めるパーティは、仲間と企画したものだって。参加してくれる人が楽しんでくれたらいいなと思うって。
それならば……。
「届けに行くしかないよね」
ふいに口から出た言葉に、あずさが待っていましたとばかりに手をたたく。遥か遠くの角を彼が曲がるのが見える。
そんな初関西旅行初日―。
2人はこれまでの疲れも忘れて、さくさく歩き始めたのだった。
次回”はじめまして、KCG~5~”につづく