はじめまして、KCG~4~

 一瞬、時が止まったのかと思った。
 それが何故なのか、自分でもよくわからないけれど。
 
 改札口を出たところで、あずさを見送って。それから、あれこれ考えたり、想像したりして時間をつぶしていたら……。
 
 「あぶない!」
 
 そこからは本当に一瞬の出来事だった。

 そして……今。
 座り込んだまま、少しボーッとしている佐織に彼は懸命に詫び続けていた。

 「すみません。ちょっと急いでいたものですから…」

 「は、はぁ…」

 年は20代前半くらいというところだろうか。
 黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白め。
 でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じ。結構、頼りがいのありそうな人だ。

 …って、何、想像してんのよ、私はっ!!!

 一人、赤面。
 女子高育ちであんまり異性に免疫がない上に、少し夢見がちなタイプだから、ちょっとしたことでも結び付けてしまうのだ。この人と付き合えたら、どうなるのかな~、なんてことに。

 こんな自分を、あずさはこう言ってたっけ。

 「妄想特急、佐織号」

 頭の中の声と、現実の声が重なる。

 …って、ん?
 今確かに、声が聞こえたような……?

 「うふふ♪」
 先ほど、歩き去った方向から、あずさが帰ってきていた。 
 この表情は覚えがある。というか、もう見慣れすぎている。“身の回りに楽しいことが起きそう”だと期待している表情だ。
 
 人の不幸ならぬ、人のイベントは蜜の味ってのは彼女の座右の銘の1つなのだ。
 
 ……ホント、性格、悪いんだから…。

 しかし、そんな顔をしたのはほんの一瞬のことで。
 彼女はすぐにそれを引っ込め、いつもの優等生スマイルで彼に話しかけた。
 
 「あの、友人がどうかしましたか?」

 まったくこの人は、本当に外面がいい。ついでにしゃがみこんで、佐織の頭にくっついた綿を取って、素敵な子アピールするのも忘れてないし。

 あと、友に思いやりある声をかけることも抜かりない。

 「佐織ちゃん、どうしたの?」

 眼鏡の奥では、期待に満ちた瞳をしているくせに。
 
 …と、そこで佐織はハッと立ち上がった。

 「あ、別に大丈夫。ケガなんてしてないし!」

 毛糸の帽子に刺さった電飾を抜いて、白い箱に入れる。まるでクリスマスツリーになって、後片付けでもしているみたいだ。気分は、もみの木ってか。

 でもその姿に心からホッとしたのか、彼はニッコリ微笑んだ。

 「良かった。ちょっと時間が押していたものだから、つい焦ってしまって」

 飛び散った飾りを拾い集めながら言う彼を、2人して手伝い始める。

 「これからパーティですか?」

 あずさの問いに曖昧に、彼は曖昧にうなづいた。

 「そうですね。…ま、そんな感じかな?」

 「わー、いいですねー♪」

 微妙に赤面したまま黙々と手伝う佐織の頭上を、会話が素通りしていく。

 「ま、仕事みたいなものですから。個人的に楽しめるかと言われれば別の話になりますけど。…でも」

 「でも?」

 「仲間達と企画したものだから、皆さんが楽しんでくれたらいいなって。そう思います。せっかくやるんだし」

 「そうですか~」

 適度な距離感と、流れるような会話。

 こういうとき、あずさのことが羨ましくなる。
 人当たりがよくて、人望があって、成績だって常に上位組で、ついでに見た目もわりといい。

 それにひきかえ、自分は何でも平均より少しはいいけれど…特にこれと言って目立つこともなくて。いつだって、“あずさちゃんの隣にいる人”、または“あずささんのお友達”、そんなのばかり。

 自分には神崎佐織という名前があって、あずさの付属物じゃないのに。
テンションがどんどん下り坂を疾走しようとした頃、ばら撒かれた荷物は無事、白い箱に収まり、彼は頭を下げて小走りに去っていった。
 
 まともな会話、1つできないままで。

 「ふー…」
 
 自然とため息が漏れる。

 するとあずさが、手帳を開いて今後のルートを確認しようとして…佐織の旅行カバンを指差した。

 「カバンから星が生えてる!!」

 「ほ、星!?」

 驚いてうつむくと、確かにカバンから星が生えて…って、ん?

 「外ポケットに刺さってるだけじゃないの~。もう、ビックリしたぁ~」

 「えへへ~、ビックリしたぁ~~?」

 「「あははははは」」

 笑い声が重なる。

 そしてひとしきり笑って、2人は同時にそれを止めた。

 「って、もしかして!?」

 何故、ここに星が? それも2メートルくらいのツリーのてっぺんに刺すような、ちょっと大きな星が?

 ……。

 沈黙が流れる。理由は考える間でもなかった。

 さっき、彼にぶつかったとき。
 その拍子で箱から飛び出したとき、床に落ちたカバンに偶然、刺さったのだ。それもかなりの奇跡で。
 しかし奇跡といっても、別にこれは嬉しいことでもなんでもなくて。
 
 いやむしろ、彼にとってはちょっとした不幸に違いないだろう。なんたって、てっぺんの星といったら、クリスマスツリーのシンボルといっても過言ではない。

 飾りの王様だ。

 それに彼は言っていた。
 これから始めるパーティは、仲間と企画したものだって。参加してくれる人が楽しんでくれたらいいなと思うって。

 それならば……。

 「届けに行くしかないよね」

 ふいに口から出た言葉に、あずさが待っていましたとばかりに手をたたく。遥か遠くの角を彼が曲がるのが見える。

 そんな初関西旅行初日―。

 2人はこれまでの疲れも忘れて、さくさく歩き始めたのだった。

       
       次回”はじめまして、KCG~5~”につづく

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