「さむっ!」
暖房の効いた車内から出ると、冷気が身にしみた。
地元とは全然違う寒さに、冬の京都に来たことを軽く後悔した。
まあ、よくよく考えてみれば年末だし、地元の方が南だしで、気温の差があるのは当然なのだけれど。
そういえば、おばあちゃんもそんなことを言っていたっけ。京都は寒いとか、なんとか。
確か…盆地…とかいう地形だったかな? そのために寒いのだと、出発前に玄関で教えてくれた。
「風邪はノドから来るしね」
と、とっておきのマフラーを3本も渡しながら。
さすがに1本しか受け取らなかったけれど、今ならその気持ちもちょっとだけわかる気がする。
だっておばあちゃんはお年寄りだし、佐織に輪をかけた寒がりだから。冬の京都に憧れているとは言っていたけれど、なかなか出かけていく踏ん切りがつかないのだろう。
そんなことを思い出しながら、佐織は移動中、旅行カバンにしまっていたマフラーを取り出し、くるんと首に巻きつける。
服は薄手のセーターを2枚重ねしているし、朝方、さんざん迷って、買ったばかりのスカートから履きなれたジーパンに変更したし。
大丈夫、寒さ対策は万全だ。
ダッフルコートの前を閉じる必要もないはず。
…なんて、今更ながら確認し直していたら、ちっちゃなフードつきの黒いコートが、どんどん遠ざかっていっていた。
「ちょ、置いていかないでよ!」
人ごみをぬって、小走りで追いつく。肩からかけた小さなポーチをぎゅっと体に押し付けるようにガードして、もう片方の手で旅行カバンを揺らす。
誰もお財布が、ポーチに入っていないだなんて思わないだろう。
スリ対策は、万全だ。
ようやく後ろに追いついたとき、あずさは手帳を開いて、確認の真っ最中だった。
「えーっとー…」
佐織ははぐれないように、思考するのをやめてその背中を追う。雑踏の中、あずさの独り言に耳を傾けた。
「確か旅館へ行くには、市バスの□□番に乗って…」
先ほどまでののんびりした姿はどこへやら、ポイントポイントで方向確認をしつつ、さくさく前を歩いていく。そしてキャリーバッグを引いたまま、器用にササッと切符を取り出して改札を通った。
…と、その流れに見惚れてしまって、何もせずに後を追おうとして佐織は行く手を阻まれてしまった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
改札口で挟まれる。
切符を入れてないから仕方がないといえば仕方がないのだけれど、これって結構、恥ずかしい。しかもこんな年末近くの大混雑した場所だと、それも倍増する…というか。
「…」
無言で通りなおして、外へ出る。
うつむき加減の佐織に、キャリーバックに寄りかかるようにしてあずさがニヤニヤ笑っていた。グレーのワンピースに、少し暗めの茶色いブーツ姿がすごく似合っていて、彼女の可愛さをかもし出しているのに。眼鏡が怪しく光っているせいで、妙にアンバランスに見えた。
「いつかやるんじゃないかと思ったわ。佐織ちゃんっていつも、肝心なときにボーッとしているから♪」
いつもながら、ムカつく。
合いかけた視線をそらして、ついでに話題も変えようと試みる。もっとも、底意地の悪いあずさのことだから、そんなことしても無理かもしれないけれど。
「ところで、今日泊まる旅館ってバスで行くんだよね?」
「さっきも言ったけど? ホントにボーッとしてる♪」
やっぱり無理…か。
外見は人当たりの良い優等生。いったい今まで、どれだけの人がこの姿に惑わされてきただろう。
本当は外面がいいだけで、人とあんまり打ち解けたがらなくて、しかも意地も悪い…なかなかクセのある子なのに。
長い付き合いで知っているからこそ、佐織も遠慮なく言い切った。
「しつこい!」
まだ笑いをかみ殺しているしつこいあずさから、思い切り顔を背けると。流れた景色の中を、いくつものきらめきが目に飛び込んできた。
「あ」
ゆっくりと視線を戻して、それを探す。
改札口を出た左手―。
駅舎の3階部分ほどの高さの位置に、キラキラ輝くクリスマスツリーが見えた。10メートル以上はあるだろうか、洗練されたイルミネーションがとても美しい、大きなツリーだ。
不快感がさぁっと消え、佐織は頬をゆるませた。
「わぁ…」
つられてあずさは振り返り、視線の先を追いかける。おだやかな気持ちが伝染した。
「あぁー。大階段のクリスマスツリーね♪」
「大階段?」
「うん。大きい階段でしょ」
言われて見ると、改札階からツリーの横あたりを通るようにして高くエスカレーターが伸びている。
「だから大階段なのね?」
見たままを口にすると、あずさはネットで見たんだけどと前置きして、記憶を手繰り寄せた。
「違う違う。私もまだ上ったことがないんだけどエスカレーターの横、つまりクリスマスツリーの裏あたりに階段があるみたいなのよ。まるで劇場の座席みたいに広がりのある階段が…」
「うぅーん…わかったようなわからないような…」
腕を組む佐織に、あずさは少し考えて。
「わかった。じゃあ、時間ができたら、こっちにも来るようにしよう。百聞は一見にしかずって言うし」
そういえば佐織は今日まで、ガイドブックは熱心に読んだものの、あまり本格的に下調べをしていない。
あずさが言うに、本に載っていない情報ってそこそこ、ネットにあふれているらしいけれど、そもそも機械系なんて得意じゃないし。その証拠に、誕生日に買ってもらったノートパソコンも、実際に使ったのは数えるほどしかない。
自分の希望で関西に来ることになったのに―と、佐織は申し訳ない気持ちになった。
次回”はじめまして、KCG~3~”に続く