はじめまして、KCG~2~

 「さむっ!」

 暖房の効いた車内から出ると、冷気が身にしみた。
 地元とは全然違う寒さに、冬の京都に来たことを軽く後悔した。

 まあ、よくよく考えてみれば年末だし、地元の方が南だしで、気温の差があるのは当然なのだけれど。
 そういえば、おばあちゃんもそんなことを言っていたっけ。京都は寒いとか、なんとか。
 確か…盆地…とかいう地形だったかな? そのために寒いのだと、出発前に玄関で教えてくれた。

 「風邪はノドから来るしね」

 と、とっておきのマフラーを3本も渡しながら。
 さすがに1本しか受け取らなかったけれど、今ならその気持ちもちょっとだけわかる気がする。
 
だっておばあちゃんはお年寄りだし、佐織に輪をかけた寒がりだから。冬の京都に憧れているとは言っていたけれど、なかなか出かけていく踏ん切りがつかないのだろう。

 そんなことを思い出しながら、佐織は移動中、旅行カバンにしまっていたマフラーを取り出し、くるんと首に巻きつける。
 服は薄手のセーターを2枚重ねしているし、朝方、さんざん迷って、買ったばかりのスカートから履きなれたジーパンに変更したし。
 大丈夫、寒さ対策は万全だ。
 ダッフルコートの前を閉じる必要もないはず。

 …なんて、今更ながら確認し直していたら、ちっちゃなフードつきの黒いコートが、どんどん遠ざかっていっていた。

 「ちょ、置いていかないでよ!」

 人ごみをぬって、小走りで追いつく。肩からかけた小さなポーチをぎゅっと体に押し付けるようにガードして、もう片方の手で旅行カバンを揺らす。
 誰もお財布が、ポーチに入っていないだなんて思わないだろう。

 スリ対策は、万全だ。

 ようやく後ろに追いついたとき、あずさは手帳を開いて、確認の真っ最中だった。

 「えーっとー…」

 佐織ははぐれないように、思考するのをやめてその背中を追う。雑踏の中、あずさの独り言に耳を傾けた。

 「確か旅館へ行くには、市バスの□□番に乗って…」

 先ほどまでののんびりした姿はどこへやら、ポイントポイントで方向確認をしつつ、さくさく前を歩いていく。そしてキャリーバッグを引いたまま、器用にササッと切符を取り出して改札を通った。

 …と、その流れに見惚れてしまって、何もせずに後を追おうとして佐織は行く手を阻まれてしまった。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

 改札口で挟まれる。

 切符を入れてないから仕方がないといえば仕方がないのだけれど、これって結構、恥ずかしい。しかもこんな年末近くの大混雑した場所だと、それも倍増する…というか。

 「…」

 無言で通りなおして、外へ出る。
 うつむき加減の佐織に、キャリーバックに寄りかかるようにしてあずさがニヤニヤ笑っていた。グレーのワンピースに、少し暗めの茶色いブーツ姿がすごく似合っていて、彼女の可愛さをかもし出しているのに。眼鏡が怪しく光っているせいで、妙にアンバランスに見えた。

 「いつかやるんじゃないかと思ったわ。佐織ちゃんっていつも、肝心なときにボーッとしているから♪」

 いつもながら、ムカつく。

 合いかけた視線をそらして、ついでに話題も変えようと試みる。もっとも、底意地の悪いあずさのことだから、そんなことしても無理かもしれないけれど。

 「ところで、今日泊まる旅館ってバスで行くんだよね?」

 「さっきも言ったけど? ホントにボーッとしてる♪」

 やっぱり無理…か。
 外見は人当たりの良い優等生。いったい今まで、どれだけの人がこの姿に惑わされてきただろう。

 本当は外面がいいだけで、人とあんまり打ち解けたがらなくて、しかも意地も悪い…なかなかクセのある子なのに。

 長い付き合いで知っているからこそ、佐織も遠慮なく言い切った。

 「しつこい!」

 まだ笑いをかみ殺しているしつこいあずさから、思い切り顔を背けると。流れた景色の中を、いくつものきらめきが目に飛び込んできた。

 「あ」

 ゆっくりと視線を戻して、それを探す。
 改札口を出た左手―。
 駅舎の3階部分ほどの高さの位置に、キラキラ輝くクリスマスツリーが見えた。10メートル以上はあるだろうか、洗練されたイルミネーションがとても美しい、大きなツリーだ。

 不快感がさぁっと消え、佐織は頬をゆるませた。

 「わぁ…」

 つられてあずさは振り返り、視線の先を追いかける。おだやかな気持ちが伝染した。

 「あぁー。大階段のクリスマスツリーね♪」

 「大階段?」

 「うん。大きい階段でしょ」

 言われて見ると、改札階からツリーの横あたりを通るようにして高くエスカレーターが伸びている。

 「だから大階段なのね?」

 見たままを口にすると、あずさはネットで見たんだけどと前置きして、記憶を手繰り寄せた。

 「違う違う。私もまだ上ったことがないんだけどエスカレーターの横、つまりクリスマスツリーの裏あたりに階段があるみたいなのよ。まるで劇場の座席みたいに広がりのある階段が…」

 「うぅーん…わかったようなわからないような…」

 腕を組む佐織に、あずさは少し考えて。

 「わかった。じゃあ、時間ができたら、こっちにも来るようにしよう。百聞は一見にしかずって言うし」

 そういえば佐織は今日まで、ガイドブックは熱心に読んだものの、あまり本格的に下調べをしていない。
 あずさが言うに、本に載っていない情報ってそこそこ、ネットにあふれているらしいけれど、そもそも機械系なんて得意じゃないし。その証拠に、誕生日に買ってもらったノートパソコンも、実際に使ったのは数えるほどしかない。

 自分の希望で関西に来ることになったのに―と、佐織は申し訳ない気持ちになった。

次回”はじめまして、KCG~3~”に続く

京都駅の改札口
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