そういえば佐織は今日まで、ガイドブックは熱心に読んだものの、あまり本格的に下調べをしていない。
あずさが言うに、本に載っていない情報ってそこそこ、ネットにあふれているらしいけれど、そもそも機械系なんて得意じゃないし。その証拠に、誕生日に買ってもらったノートパソコンも、実際に使ったのは数えるほどしかない。
自分の希望で関西に来ることになったのに―と、佐織は申し訳ない気持ちになった。
「ありがとう…。なんかごめんね、いろいろと」
するとあずさはからりと笑って、手を振った。
「なによ~。それは言わないお約束♪ …それに、方向音痴の佐織ちゃんに任せていたら、最初の乗り換えすらうまくいかなかったわよー」
からりと笑って手を振るあずさに、佐織はよけいにうなだれた。
「それってフォローになってないよ…」
それもそのはず、佐織は方向音痴で。
ここに来る乗換えといい道すじといい、地図を見ても見なくても関係なしに違う方向へ進もうとしていたのだ。
それがあんまり続くものだから、ものすごく凹んだりして。のんびりしているように見えるけど、実はこれで結構、気にする性格なのだ。
「うぅー…」
さらにうなだれていく佐織の肩をたたいて、あずさが傾きかけたキャリーを立て直した。
「ま、旅行に慣れていないってのもあるかもしれないし。気にしない気にしない~♪」
大げさに頭を撫でて、そしてキャリーバッグの持ち手を佐織に託した。
促されるままに手をかけて、佐織は首を傾げる。
「え?」
少し切羽詰っているのだろうか。
あずさが早口で用件を伝えた。
「あの、私、ちょっとトイレ行って来るし。佐織ちゃん、ここで待ってて」
「あ、わかった~。でも早く帰ってきてね。ここ寒いし」
「…じゃあ、こんな改札そばじゃなくて、どこかのお店に入っていれば?」
「…この方向音痴の私が見ず知らずの土地で移動し始めて、そう簡単にここへ戻ってこれると思う?」
雑踏の中、2人の間に沈黙が流れる。
やがて。
「じゃあ、ここで待ってて」
「うん」
くるっと背を向けて、あずさが去っていく。
それを見送ってから、佐織はなんとなく辺りをぐるりと見渡した。
さっきから何となく思ってはいたけれど、京都駅って、ちょっと不思議な作りをしている。
天井が驚くほどに高くて、でもあまり壁というものが感じられなくて。駅舎なのに、それっぽい気がしない。
どこか開放的で、建物の中にいるという印象を受けない、というか―。
だからだろうか、冬の建物特有のよどんだ空気もなく、そのせいかそこにたたずんでいるツリーもひときわ美しくみえた。
近代的な造りをしているから、古都っぽくない気もするし。
『京都はお寺の町だとばかり思っていたのに。やはりここも日本なんだなー』
と、佐織はちょっとだけ安心した。
そんな思いで、自分の顔にうっすらと笑みがこぼれていくのを感じながら、ツリーを見つめ続けていた。
『そりゃあいくら歴史の街とは言っても、ここも日本に違いないんだから、同じようにお祝いしていてもおかしくはないよねー』
とか、
『逆に”お寺の町だから“と言って、駅前に何十メートルもある仏像様とか置かれても違和感ありまくりだろうし、それはそれで仏様にも申し訳ないよね』
とか、思いながらニヤけたりして。
そしてふと、佐織は想像を膨らませ始めた。
もし自分が京都で暮らしたら、どんなクリスマスを過ごすのだろう? ここと地元は離れているから、きっと一人暮らしになるはず。だとしたらこの町で、やっぱりクリスマスな雰囲気を楽しみながら、ケーキを食べたり、ごちそう食べたり。それから京都だし、お寺回ったりするのだろうか?
「…って、お寺なら、クリスマスよりお正月って感じだよねー…」
なんて、少しズレたことをつぶやいた…、その時だった。
「あぶないっ!!」
叫び声に振り向くと、その瞬間、白い箱が現れて。
「?!」
言葉にならない声が、上がる。
道行く人々の足が、止まる。
そんな中で佐織は箱にオデコをぶつけ、持っていたカバンを床に落とし、そのはずみであずさのキャリーも引き倒し…。
「きゃっ!?」
床にお尻を激しく、打ち付けてしまった。
冷たい石のような床に。
「いたた…」
と、立ち上がろうとする頭に降り注いだのは、たくさんのきらめき。
大小、さまざまな大きさにちぎった白い綿、キラキラとした何かに、手のひらくらいの星…まるでオモチャ箱が壊れたみたいに、たくさんの飾りが飛び出してきた。
そしてそれより何より、佐織を釘付けにしたのは。
「すみません! お怪我はないですか?!」
白い箱を床に投げ置き、しゃがみこんでこちらを不安げに見つめる一人の若い男性の姿だった。
次回”はじめまして、KCG~4~”につづく