見知らぬ土地に来ると、大なり小なり様々な出会いがある。
それは例えば道に迷ったときに話しかけた誰かだったり、ふと取り落とした荷物を拾ってくれた誰かだったり、本当にさまざまで。そんな些細な出会いが、旅に程よいスパイスを与えてくれる――のだけれど。
目の前の光景に全身の感覚を総動員しつつ、あずさは思った。
『ちょっとコレは、程よいスパイスどころじゃないんじゃない?』
そりゃあ確かに、あずさが入試に出かける数日前。
佐織ちゃんは受験で知り合った“誰それ”も一緒に今日の発表会に行くって約束してるんだとか何とか…。だからあずさも、それじゃあちゃんと猫かぶらないと―――じゃない、ちゃんと無難な優等生モードでご挨拶しないとと思っていたわけだ。
これまでとさほど変わらない、普通の出会いを重ねるだけと信じて疑っていなかったから。
それが一体どうだろう、この数時間。
予想は心地よく裏切られ続け、あずさは佐織の未来の学生生活に軽い羨望の気持ちすら抱いている。
そんな具合だからあずさは、今やってきた巻き髪ちゃんにも自然と大きな期待をかけていた。
「あっ、あんたは……!!」
なんて、なつみさんのことを軽く睨んでいる彼女に―。
対するなつみさんはというと、佐織ちゃんと取り換えっこできなかったジュースを飲み飲み、目だけ動かして視線を彼女に向けた。
『はたして、巻き髪ちゃんの胸には何が渦巻いているのだろう? なつみさんとの過去は、因縁は、一体……?』
と、あずさが勝手に脳内でナレーションをつけていると、なつみさんが実にあっさりと終止符を打った。
「アンタ、誰?」
「「「「えっ………?」」」」
4つの気の抜けたような声が重なる。
そんな雰囲気を狙っていたかのように、一陣の風が吹き抜けた。
まだまだ寒さの残る風が、びゅうっと一息に、公園の中を軽くかき混ぜていく中をなつみさんが首を傾げている。
「だって、ほんまに覚えてへんのやもん。しゃーないやん。ねっ、ねっ? 別にいいやん、今から友達になれば。なっ、なっ?」
ここまで来れば逆に清々しいというか、ポジティブというか―。
うつむいて唇をへの字に曲げて、わなわな震えている巻き髪ちゃんに話しかけている。ついでに秋月先輩に確認することも忘れずに。
「で、この子の名前、何やったっけ?」
「…お前ってやつは……鬼だな」
「教えてくれてもええやん。ねえ、頼むわ」
ぱんっと手を合わせて拝み倒して、解答をもらっていた。
「ミオちゃんだよ。サナダミオ」
すると、なつみさんは腕組みして目を閉じた。
「えーっと、ミオ…ミオ…サナダ………うぅーーーん…うぅぅーん…」
どうやら頭の中の人名記録を総動員して、脳内検索をかけているらしい。
ネットだと1秒足らずで出来るのにね。
人間の頭って、複雑なものだ。
一方、微妙な居心地の悪さに耐えられなくなったのか、秋月さんはこちらに話しかけてきた。
「…えっと、今日は皆でアワードに?」
対して、佐織ちゃんが助かったとばかりに話に乗る。
「は、はい。受験のときにここの先生に勧められたんです。2階事務室の、えっと、確かKCGのおふ…なんだっけ」
人差し指をあごに当てて記憶を辿る佐織ちゃんの言葉に、秋月先輩が閃いたとばかりに答えを言い当てる。
「それってKCGのおふくろ?」
「ああ、そうそう。そうです」
え、何のこと?
あずさは首を傾げつつ、考える。
KCGってのは確か学校で、京都コンピュータ学院で、そこのおふくろってことは……………学食の名物おばさんとかだろうか? そのおばさんが、受験後、のほほんと学校を歩いていた佐織ちゃんをアワードに誘った…ってこと?
「???」
あずさは傾げた首をもう片方にかたむける。
確か、受検のときに会った大人は、ダンディ風味な先生だけだったとか言っていなかったっけ?
別の人だったのだろうか?
イマイチ、話の輪郭がつかめないあずさを残して、秋月先輩と佐織の会話は続く。
「香坂先生かー。あの人、積極的だもんなー。先生らしくないっていうか、砕けすぎっていうか。まあ、それがあの人のおもしろい所なんだけれど」
「へぇー」
「そういえば前にさー、こんなことがあったらしくて…」
「え、何ですか~?」
と、場の空気がふわりとなごみかけたところで、なつみさんがふいに大声を出した。
「あーーーっ、思いだした!」
巻き髪ちゃん……じゃない、ミオさんに人差し指を突き付けて、なつみさんはこう続けた。
「思い出した! ピーマン嫌いのみおぴーだ!」
突然のあだ名プラス嗜好の発表に、たまたま口をつけたジュースをむせ込む佐織ちゃんと、意外な展開にときめくあずさと、ただオロオロする秋月先輩を横目に、ミオさんは赤面してなつみさんを睨みつけたのだった。
「もう嫌いじゃないもん! 余計なこと言わないでよね、このベッタリなつみぃぃぃ!!!」
次回”あずたん、アワードに行く~6~”につづく