ナニチューブを抜く

パジャマ

母親が購入した問題のパジャマ。

入院を告げると,これを機にゆっくり休めば良いとよく言われる。この時点では,休んでいる感じは全く無い。体の全リソースを,治癒へ割いている感覚。体の異常が,様々な辛いアラートとしてあがってくる。数日経てば変わるのだろうか,今はそんな予感ゼロ。

重症部屋でも少し余裕が出てきて,自分がパジャマを着ている事に気づく。パジャマは,手術に必要な物としてリストアップされている。前開きでないと,様々な業務に支障が出るからであろう。だがパジャマなんて,もう長い間着ていないので家には無い。急遽,数着買ってきてもらう必要があった。その一つが冒頭の画像であるが,オカンよ,これ女性モノじゃないか。妙に衿とかポケットのディティールが可愛いなと思ったんだ。ボタン掛けていて,右前留めになってる事で気付く。でも,サイズがぴったりだったので気に入る。

こういう時は,母親のセンスが酷いものでなくて良かったと思う。もし,ペイズリー柄や英字新聞柄なんて買ってこられていた日には大変だ。手術が終わって,ペイズリー。重症部屋で大人しく横たわるペイズリー。ナースステーションでは,看護士さんの話題はペイズリーでもちきり。アッペ(虫垂炎の医療専門用語)のタカギサンのパジャマ見たー? そうそう,ペイズリー柄ー。ミトコンドリアが手術受けていたのかと思ったっつーの。ミトコンドリアに虫垂なんてねーよ。超ウケるー。そこからあだ名はペイズリーマンかミトコンマン。10日以上小学生レベルのあだ名を欲しいがままにする俺。他のパジャマにも着替える事になるから,きっと次のペイズリーの登場はいつになるか,掛けの対象になる。ペイズリー賭博。ペイズリーの動向に一喜一憂する皆。考えるだけで,ぞっとする。しかも,その着替えたパジャマが英字新聞。それ,背中の記事読めねーだろーウヒャヒャー。ああ,良かった。持つべきは最低限のパジャマセンスを満たす母親。

夕方近くになり,やっと一般病棟へ移動する事になった。つまり,手術後の私を完全体たらしめていたナニにぶっ刺さってるチューブ,これを抜くビッグイベントが到来。担当の方は,リアディゾンを頂点とする顔面ヒエラルキーというくだらない一側面で評価するならば,平均を下回ってしまう看護士さん。挿管時は麻酔が効いていて意識が無いが,今は平常時だ。痛みはどれぐらい伴うのかを尋ねると返答は,違和感がある感じですね。嘘だ!! 絶対,嘘だ! 激痛に違いない!! そんなの,一般的な成長を遂げてきた男なら誰だって解かる! 騙されないぞ! そうだろ,そうだろ! と詰め寄る前に,チューブをスルスルと手繰り寄せる看護士さん。あうあう。この時は,ベッドをかなり起こしている体勢なので,服の隙間からチューブが出ているのが見える。何故,こんなの出てるんだ俺と感傷に浸る暇もなく,作業は容赦なく,かつ躊躇することもなく,一気に終わった。結果から言うと,少し痛い程度。注射レベル。チューブは想像してたより長い。人体の不思議。

なんだ看護士さんの話は本当だったんじゃないか。と思ったが,後に他の経験者から聞くところによるとやはり激痛のようだ。また,抜いた後もトイレが激痛という話を聞いたが,私の場合はまったく問題無し。よく分からんが良かった良かった。

こういう期待の裏切られ方なら大歓迎。

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重症部屋の一日

天井

天井に点在する謎の噴射口。定期的にシューシュー。

重症部屋の一日も一般病棟の一日も同様に流れる。ただ,同室の方々はさすが重症部屋というコンディションの様子。始終ぐったりして過ごす。この時はまだ電動ベッドの操作に慣れていないので,ほぼフラット状態。

一日に何度か,布製でベルクロ(Wikipedia)によりお腹に巻き付けられている腹帯を外し,ガーゼ交換が行われる。腹帯は,おそらく汚れやガーゼのずれ防止の為に使われているのであろうと思われる。今回の入院にはこいつが3セット必要。ガーゼは毎回惜しみなくふんだんに使われる。フラットに寝ているので,作業および患部は見えない。大き目のピンセットによる,ステンレストレイへ廃棄ガーゼを運ぶ途中を見る限り,かなりドバドバと液体が出ている印象。腹に突っ込まれたドレンチューブから出ているのか。実感無し。同時に,縫い跡の消毒も行われる。赤チン(Wikipedia)風消毒液を撫でるように塗ってくれるが,そこには見なくても間違いなくデカい傷があるのが実感できる。味わったことの無い違和感と痛み。しかし,容易く想像出来る感覚。そう,その感じです。イテテテ。

この重症部屋は一晩だけという話であったが,一般病棟に戻るのは午後になるのを聞かされる。思ったより長くここに滞在する事になるようだ。移動のその時までは,部屋内を流れる負のパワーとの闘い。気掛かりなのは,このナニにぶっ刺さってるであろう,チューブの事。一体いつ抜くのだと思ってると,この事に関する説明がある。一般病棟へ移る頃には,自分で動けるようなりますよーという話。ナニチューブはここで抜き,病棟では自分でトイレに行くんだそうな。

私:
– 動けない場合は,どうなるんですか?
看:
– (尿瓶を見せながら)これです。

私:
– (絶対動けるようにならないと,と心に誓う)

ピクリとも動かず大人しくしているが,解熱剤も切れていて辛い。そこで担当医が登場。ああー貴方も座薬かよーと一瞬たじろぐが,痛み止めの飲み薬を数日分貰う。解熱効果もあるようで,これで楽になる。最初からこれをどっさり出してくれれば良いのにと,子供みたいな事を思う。先生にお腹を見てもらい,再度ガーゼ交換と消毒。消毒は何度してもらっても慣れなく,全身に緊張が走る。

ここで,水を飲んでも良いとお許しが出る。ただ,点滴のおかげか,喉の乾きはほとんど無い。ママゴトで使うかのような,小さな急須型水入れを受け取り,久しぶりに水を口にする。飲んで良いといっても,ゴクゴク飲んではいけないので,大人しくちょっと飲む。喉の渇きが無い事もあってか,水道水は美味しくない。土曜日という事で親が面会に来ていたので,ミネラルウォータを買ってきてもらう。500mlもあれば1週間くらいやっていけそうな気分。点滴とナニチューブのおかげで,ベッドから動かなくても良いというまさしく完全体。尿意が無いということにもすぐ慣れる。とても不思議だ。あれ。ちょっと待て。便意も無い。ま,まさか!! 一瞬青ざめるが,単に絶食してるからじゃないかと気付き一安心。

びっくりした。死ぬかと思った。

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手術終了し重症部屋へ

術後

重症部屋にて父親撮影。

入院二日目に,あっという間に終わった手術。

気付いた時には,通常のベッドで移動中。思ったより頭はすっきりしている。起き上がればフラフラするのかも知れないが,横たわっている限りは明瞭。そして,今夜は重症部屋と呼ばれる病室で一晩過ごすことになる。

この部屋,ナースステーションの隣にあり,酸素が出る実装がされている。部屋に到着するなり,酸素マスクを装着。全身麻酔後は呼吸機能が低下しているので,使うという話なのだが,これが全然楽にならない。小さなマスクが,とても息苦しく浅い呼吸を繰り返す事になる。マスクから出ているチューブが軽く突き刺さってるだけなのだが,これが抜け落ちているのに気付く事が数度。チューブが抜け落ちてる時もそうでない時も,気付かないぐらい全然一緒。気休め?

そして体調。強烈に辛い。手術前よりずっと辛い。ベッドの上で微動だにしなくても,お腹が痛い。内側と外側共に。そして,まだ高熱が続く。空調が万全なのに,あぶら汗ダラダラ。手術後は体温調整機能が低下している為,ベッドには電気毛布が敷かれている。寒気が凄いので,強くしてもらい寒さを和らげる。また,喉に挿管されていたからか,喉に少しの違和感を感じる。話に聞いていた,ヒリヒリするという事は無い。だが,ちょっとした咳払いをしようとすると,激痛に襲われる。なんだこれは。少しでも,腹圧を掛けると激痛。小さな咳払いでこんなに痛いなんて。想像以上。今,大きなクシャミをしたら多分死ぬ。映画プライベートライアンの冒頭の上陸銃撃シーンみたいに腸がどばーんて飛び出て。それぐらい痛い。

痛みについては積極的に取り除いていきますので,遠慮なくおっしゃってくださいとの事なので,言う。遠慮なく。肩に鎮痛剤の注射を打ってもらう。収まるが,完全に痛みがなくなるという訳ではない。我慢出来ないのが,出来るようになる,そんなレベルの話。高熱が続き頭がぼーっとするので,氷枕も貰う。至れり尽くせり。その後,数時間経ち消灯時間。お母さん風看護士さんに,高熱の為辛い事を告げる。遠慮ないぜ。すると,了解を取る事もなく間髪いれず座薬投薬。ああ言わなければ良かった。

ほんとに微動だに出来ないないなあ,トイレどうすんだトイレ。ん,トイレ? 頻繁に訪れる看護士さんに,妙な動きがある事に気付く。何か液体を移し変えている。まさか。全身麻酔の説明で,尿道に管を入れると言っていたのを思い出す。ええー!! じゃ,なんだ,今まだ挿管中なのか!! 驚愕。全くそんな感覚はない。少し妙な違和感は感じるが,痛みはない。どうりで尿意が無い筈だ。え,尿意が無い? その管,一体どこまで入ってるんだよ。
だよ…

病室の天井を眺めながら途方にくれる。

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