ぶるぶるぶる……
「ひゃっ!」
奇妙な物音に現実へと舞い戻る。
机の上―。
広げられた本の下から、一定のリズムを刻み終えた携帯電話がちょこんと顔を出していた。
「あ…。なんだ…」
ほっと胸をなでおろして本を閉じる。
折りたたまれた携帯の小さなディスプレイに“Eメール受信”の文字を確認して、ささっと開く。
差出人は、あずさだった。
“今…”
というシンプルなタイトルのあとに続く本文は。
“なにしてる?”
と、これまたシンプルな内容。
それに応じて、こちらも返事を打っていく。
“RE:今…”
とのタイトルで、状況を文字に起こしていく。
“今はね…。頼んでいた資料が届いて、今、見てるところ。ほら、旅行で寄った学校があったでしょ。そこにね資料を”
と、そこまで親指で打ち込んだところで。
佐織ははたとその動きを止めた。
「え?」
ちょっと待って、私。
心の中で自分に呼びかけてみる。
「もしかして今……私、妄想特急ってなかった……?」
携帯電話をパタンと閉じ、両手を頬に当てて凍りつく。
ちょっと待ってよ、私。
いったいどこへ進もうとしているの???
愕然とする脳裏で、この数日の出来事が蘇った。
「えっと……整理しよう…」
椅子に腰かけて、携帯を机上に置き、佐織はあごに指をかける。
携帯の下で古いストラップが光ったのを見つめながら、佐織は記憶をたどり始めた。
資料を請求したのは………、そう。旅行から戻った翌朝だった。
旅行で訪れた京都で、ひょんなことである人に会って。その人は推定20代前半で、黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白めで、でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じで。結構、頼りがいのありそうな人だった。
「えへへー……」
顔を赤くして、再び両手でほほを包み込む。
………って…あれ?
「あぅ…」
考え始めて数分もたたないうちに脱線したのに気がついて、ガックリとうなだれる。
でも、ここで自己嫌悪に陥っていても仕方がないので…先に進む。
えっと、…そうそう。
その彼との出会いがキッカケで、佐織は観光地とはかけ離れたところへ行くことになった。
その名は京都コンピュータ学院。
略してKCG。京都、コンピュータ、学院だからKCG。
…って、それ自体は、資料請求をする段階になって初めて知ったのだけれど。
その時、つまりひょんなことで校舎の入り口に立った時は、そんな知識はまったくなく。
とりあえず、人々が楽しそうに何かのイベントの準備をしていて、サンタさんの格好をした人がそこにいて、それで思ったのだ。
『楽しそうだなー』
って。
「ん……?」
そこまで振り返ってみて、佐織は首を振った。
ううん、それだけじゃない。
ふと、気になったのだ。何ていうか……気持ちの中にドキドキするような…それでいてちょっぴり緊張するような“何か”が生まれたというか。
そう。
それが何かを確かめたくなったのだ。
飾り付け前の寂しげなツリーに重なったはずのものも―。
…とは言っても。
京都にある専修学校と、内部進学でN大学へ行く自分とは、どう考えても道筋が交わるはずもないけれど。そんな学校に、資料請求するのはいろいろな意味でちょっと後ろめたかったけれど。
確かめたいからこそ、申し込んだのだ。
それが2日前のことだった。
なのに、それがいきなり、“あの学校はここには、ない。電車を何度も乗り継いだ、遠く離れた町にあるのだ―。”ですって?
「なにをぶっ飛んだことを考えてるのよ~~~」
へなへなと膝から崩れ落ちて、向きを変えてベッドに突っ伏す。柔らかい感触と、太陽の匂いがふんわりと顔を包み込んだ。
自分はN大学に行くのだ。
だって、系列の女子高にいるし、地元が好きだし。この街も人々も家族も、みんなみんな大好きだし。
離れる理由なんてない。
…のだけれど。
「あ」
一瞬、心に浮かんだあの景色に、佐織が眼を見開いた。
クリスマスツリーに飾り付けをするあの人と、その周辺にいる人々の笑顔―。
本当に楽しそうで……そしてあの寂しげなツリー―。
「まいったな…」
つぶやいて、佐織は顔を横にした。
自室のドアを見つめながら、しばらく頭を空にして。
「よいしょっと…」
女の子らしからぬかけ声とともに起き上がり、のろのろとベッドに乗り上げる。
「休憩、休憩♪」
いろいろ考えることや、見つけたいことはあるけれど、それもこれもこう疲れていては、たどり着けないはず。
佐織はそのまま横になって、ベッドサイドにあった読みかけの文庫本を開いた。
次回、”ターニングポイント4~へ続く
↓神崎佐織のラフスケッチ(髪型変更前) 藤崎聖・画