「…なんて、張り切ってみたものの…」
そう言いかけて、佐織は口をつぐんだ。
そしてその代わりに、あずさが情感たっぷりに言葉をつなげる。
「やっぱ寒いし、知らない人を追いかけるのってアレだよね…。ストーカーに間違われたりしないかなぁ~」
それを聞いて、佐織がハッと立ち止まる。
「そう? やっぱ、そう思う!?」
とたんにあずさが冷ややかになった。
「思わないわよ。佐織ちゃんの心の声を代弁した、それだけ」
あっさり突き放されて、ガックリうなだれる。
その姿に、電気屋さんの明るいテーマソングが、まるでBGMのように重なった。
「まぁまぁ」
買い物する予定もないのに、いつまでも電気屋さんの入り口に立っているのも迷惑だと判断したのだろう。それにこうしている間も、追いかけるべき(?)あの人が、どんどん遠ざかっていくし。
あずさは佐織の後ろに回って、その背中を片手で押した。もう片方の手でキャリーバックを引きつつ、歩き出した。
「早く行こう。見失っちゃう」
「でもさーでもさー…」
重い足を進めながら、佐織はぼやき続ける。
「どんどんお店がなくなるし、人も少なくなってきたし。こんなところ、観光客の来るところじゃないよー。地域住民の生活空間だよー」
グズグズグズグズ・・・・・・。
いつまでたっても、ハッキリ言えない佐織。
びしっと断ることができたら、どんなに楽だろう。
まあ、もっとも、そこは付き合いの長い親友ですから。佐織の弱音なんて、どういう形になろうとも華麗にかわしてしまうのだろうけれど。
こうしている今だって―。
眼鏡を怪しく光らせて興奮しつつ、あずさは説得を重ねる。
「何言ってんの、佐織ちゃん。あのね、観光客の来る場所だなんて、観光客が決めるのよ。せっかくの旅行なんだから、自分が楽しめるところへ行かないと意味ないでしょーが。旅は冒険なのよ♪」
…あぁ、もぉ・・・。
どうやら今日のあずさも佐織の弱音より、自分の好奇心を優先するモードらしい。約18年のデータと勘が言うのだから、間違いない。
その証拠に。
「あっ、今、あの角を曲がった~。ちょっとペースアップしましょ。ほらほら~♪」
背を押していた手でポンッと肩をたたいて、歩く速度を上げていってるし。
こうなった彼女は、もう止められない。
佐織は重い旅行カバンを持ち直して、それを追いかけることにした。
「待ってよー」
そんなこんなで角を曲がったり、進んだり、歩道橋を渡ったり、降りたり―。
そうやって進むこと、約5分ちょっと。
思いのほか早く、“冒険”は終わりを告げた。
まあ、彼が車に乗ったり、そのへんに止めておいたバイクに乗ったりすれば、もっとあっさり終わったのだろうけど。
「これじゃ追いかけられないねー」
「仕方ないかー」
なんて具合に。
でも実際には、彼は車なんて探すことすらしていなかったし、バイクなんてそもそも止めてなかったしで。
「さ、行こ行こ~♪」
あずさはショートカットの髪をサラサラ揺らしながら、イキイキとリーダーシップをとり続けていたし。
佐織はあきらめきっていたし。
とりあえず、少しふくれつつも、無言であとについていったのだった。
あずさの赤いキャリーバックについた車輪が、かろやかな音を立てる後を―。
「…」
佐織は思った。
あずさってば、いつだってこうなんだからと。
昔から、佐織の身に起こる事件というか…イベントには遠慮なく喜び、積極的に参加しようとしてきた。
“佐織ちゃんって、本当にイベントの宝庫よね。羨ましいわ♪”
なんてニコニコしたりして。
当の本人にとってみれば、そんなの嬉しいはずもないのに。
彼女いわく、自分の人生はあまりハプニングがなくて型どおりでつまらないから、佐織のそばにいると楽しいらしい…ってことみたいだけど。
それでも全然、嬉しくないことには変わりない。ほめられた気もしないし。
だけど、彼女は弁が立つし、佐織はどちらかというと物事は穏便にすませたがるたちだから。なんだかんだいいつつも、押し切られるように譲歩しつつ、これまでうまくやってきた。
そう、これまでは―。
苦笑いしながらも、思っていたのだ。
『ま、いっか』
って。
でも、今回はちょっと事情が違う。
だって、ここは到着してまだ30分も経っていない、正真正銘、見知らぬ土地だから。それほど旅行経験もない佐織だから、正直、不安で不安でしょうがないのだ。
ま、目の前をルンルン歩く親友は、そんなことちっとも考えていないみたいだけれど。
そんなわけで、不安や緊張、その他もろもろの感情に戸惑いながら、佐織は必死で目的地(?)にたどり着くまでの間、あずさのテンションを下げようと話しかけ続けていた。
「迷ったかなー?」
とか、
「なんか疲れない?」
とか。
観光に来たんだから、王道の観光ルートをたどるのが、正しい新米旅行者のあり方だと信じて疑っていなかったから。
…そう思っているだけで、結局、それっぽくない…むしろ裏道のような雰囲気のところを通ったりしながら、……………結局、着いてしまったけれど。
そんなこんなで2人は見知らぬ土地の、なんだかどこかのドラマに出てくるような白くてピカピカした建物の裏に立ったのだった―。
次回”はじめまして、KCG~6~”に続く