はじめまして、KCG~6~

「えっと…」

言葉が出ない。
気付けば、彼は建物の中に消えていて。それで自分たちは、建物を斜め後ろから見る位置にいる。

古いなんて言葉、到底、結びつきそうもない、白亜の建物の前に……。

どう考えても予想外。佐織は呆然と立ち尽くしていた。

「どうしよう…」

対してその横で、目を輝かせているあずさは、本当に対称的で。

「なんだかカッコイイわね♪」

佐織とは正反対に、予定外のことが大好きなあずさ。
なんか興奮で顔を赤くして、片手を握り締めているし。見た感じ、かなりアヤシイ。

『あぁ、どうしたら軌道修正できるんだろ…?』

なんてため息をついていたら。

「ねえ?」

白い息を吐き出しながら、あずさがこちらに視線を向けてきた。

「どうしよっか。記念だし、入ってみる?」

じょ、冗談じゃない。
瞬間、頭の中に浮かんだ、ものすごーく悪い未来を払うように、首をぶんぶん振った。

「な、な、な、何の記念よ? こんな何かわからない建物に、部外者の私達が入るだなんて! 不審人物で通報されたらどうするのよ!」
払ったはずの未来が、蘇る。

新聞の社会面に、太字で書かれた記事タイトル―。

”不法侵入の女子高生、逮捕 ~卒業旅行で浮かれたか?~”

『じょ、冗談じゃない!』

佐織はもう1回、大きく首を振った。

冗談じゃない。
そんな目に遭うために、頑張ってお小遣い貯めて京都へ来たわけじゃない。
だいたい、頑張ってお金貯めて旅行して、そこで不法侵入して社会面に載るだなんて、何をやってるんだって話だ。

佐織は立ち止まり、しっかりと意思表示をした。
…と言っても、ただ立っているだけなんだけれど。

しかし、あずさは引き下がらない。
むしろひらひらと手なんか振っちゃって、ちょっとバカにしてる感じだ。

「ダイジョウブ、ダイジョウブ。佐織ちゃん、悪く考えすぎよー。まあ見た感じ、普通の建物っぽいし。怪しそうじゃないし。そんなにビクビクしないのー♪」

佐織に向かい合い、右肩に手をのせてさらっと言ってのけるあずさに、ちょっと腰砕けになる。

普通の建物っぽいから…って、怪しそうじゃないから…って、それで本当にいいの?

あぁ、やっぱりこの価値観、たまについていけなくなる…いや本当に。
確かに昔からの親友と言っても、基本、やっぱり違う人間なわけだから、慣れない部分があっても当然かもしれないけれど。

―なんて困惑している佐織をよそに、あずさは腕組みした。
何かを考え込んでいるかと思いきや、目の輝きが違う。どうやら怪盗さながらに、建物の側面を観察しているようだ。

「うぅーん。正面入り口とかに回ったら、看板とかあるのかもしれないけどねー。このシャッターが閉まっているところって裏口だよね。建物の側面はガラス張りになっているっぽいけど、どう見たって壁だし。やっぱり入り口はあっちかなー?」

「な、何やってるのよ?」

驚いて、彼女の肩を小突く。

すると先ほどの、まるで何かをロックオンしたような輝きは消え、代わりにいつもの邪気ひとつない、キョトンとした瞳がこちらを向いた。

「何って?」

「…え、それは……。ってか、なんで私が後ろめたくなってるのよ?」

「知らないわ」

笑顔でサラリと言って、あずさは再び、ターゲットを見定める。
まったく、この人には自分ってものが見えていないのだろうか?

どこからどう見ても、あやしいことこの上ないのに。

佐織はここが、この建物の裏口であることを心から喜んでいた。
正面だったらきっと人もいるだろうし、ひょっとしたら本当に通報されてしまうかもしれない。

『そしたら…』

ひきつる佐織の脳裏に、またあの社会面の記事が蘇る。

グルグル回る幻想を、首をぶんぶん振って振り切って、佐織はあずさのコートの袖を引いた。

「ねぇー。もう、帰ろうよ。星はそのへんに置いていけばいいよ。ねぇー?」

「星?」

ふっと、“何それ?”という顔をしてから、あずさは瞬時に状況を思い出す。

「あ、星ね。え、それをそのへんに置くって? ここまで来て道に落としていくの? 流れ星じゃあるまいし、それは不親切ってものでしょうが」

ズバッと言われて、負けそうになりながらもかろうじてつぶやく。

「…ここに来た目的、忘れてたくせに」

…というか、流れ星ってそんなにゴロゴロ、道に落ちてるものだっけ? と疑問に思ったのもつかの間のこと。

あずさは、ポンと手を打った。

「そうだわ、こうしましょう。これだけきちんとした建物なのだから、入り口に守衛さんはいるはず。その方にさっきの彼の特徴を話して、コレを届けてもらえるようお願いして、それで帰りましょう。ね、それならいいでしょ?」

ようやく、こちらの意思を汲むつもりになってくれたらしい。

佐織はホッと、胸をなでおろした。

次回”はじめまして、KCG~7~”に続く

KCGの2008ツリー
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はじめまして、KCG~5~

 「…なんて、張り切ってみたものの…」
 
 そう言いかけて、佐織は口をつぐんだ。
 そしてその代わりに、あずさが情感たっぷりに言葉をつなげる。

 「やっぱ寒いし、知らない人を追いかけるのってアレだよね…。ストーカーに間違われたりしないかなぁ~」
 
 それを聞いて、佐織がハッと立ち止まる。

 「そう? やっぱ、そう思う!?」

 とたんにあずさが冷ややかになった。

 「思わないわよ。佐織ちゃんの心の声を代弁した、それだけ」

 あっさり突き放されて、ガックリうなだれる。
 その姿に、電気屋さんの明るいテーマソングが、まるでBGMのように重なった。

 「まぁまぁ」

 買い物する予定もないのに、いつまでも電気屋さんの入り口に立っているのも迷惑だと判断したのだろう。それにこうしている間も、追いかけるべき(?)あの人が、どんどん遠ざかっていくし。

 あずさは佐織の後ろに回って、その背中を片手で押した。もう片方の手でキャリーバックを引きつつ、歩き出した。

 「早く行こう。見失っちゃう」

 「でもさーでもさー…」

 重い足を進めながら、佐織はぼやき続ける。

 「どんどんお店がなくなるし、人も少なくなってきたし。こんなところ、観光客の来るところじゃないよー。地域住民の生活空間だよー」

 グズグズグズグズ・・・・・・。
 いつまでたっても、ハッキリ言えない佐織。
 びしっと断ることができたら、どんなに楽だろう。

 まあ、もっとも、そこは付き合いの長い親友ですから。佐織の弱音なんて、どういう形になろうとも華麗にかわしてしまうのだろうけれど。

 こうしている今だって―。
 眼鏡を怪しく光らせて興奮しつつ、あずさは説得を重ねる。
 
 「何言ってんの、佐織ちゃん。あのね、観光客の来る場所だなんて、観光客が決めるのよ。せっかくの旅行なんだから、自分が楽しめるところへ行かないと意味ないでしょーが。旅は冒険なのよ♪」

 …あぁ、もぉ・・・。
 どうやら今日のあずさも佐織の弱音より、自分の好奇心を優先するモードらしい。約18年のデータと勘が言うのだから、間違いない。

 その証拠に。

 「あっ、今、あの角を曲がった~。ちょっとペースアップしましょ。ほらほら~♪」

 背を押していた手でポンッと肩をたたいて、歩く速度を上げていってるし。

 こうなった彼女は、もう止められない。
 佐織は重い旅行カバンを持ち直して、それを追いかけることにした。

 「待ってよー」

 
 そんなこんなで角を曲がったり、進んだり、歩道橋を渡ったり、降りたり―。
 そうやって進むこと、約5分ちょっと。
 思いのほか早く、“冒険”は終わりを告げた。

 まあ、彼が車に乗ったり、そのへんに止めておいたバイクに乗ったりすれば、もっとあっさり終わったのだろうけど。

 「これじゃ追いかけられないねー」
 「仕方ないかー」
 
 なんて具合に。

 でも実際には、彼は車なんて探すことすらしていなかったし、バイクなんてそもそも止めてなかったしで。

 「さ、行こ行こ~♪」
 
 あずさはショートカットの髪をサラサラ揺らしながら、イキイキとリーダーシップをとり続けていたし。
 佐織はあきらめきっていたし。
 
 とりあえず、少しふくれつつも、無言であとについていったのだった。
  あずさの赤いキャリーバックについた車輪が、かろやかな音を立てる後を―。

 「…」

 佐織は思った。

 あずさってば、いつだってこうなんだからと。
 昔から、佐織の身に起こる事件というか…イベントには遠慮なく喜び、積極的に参加しようとしてきた。

 “佐織ちゃんって、本当にイベントの宝庫よね。羨ましいわ♪”

 なんてニコニコしたりして。
 当の本人にとってみれば、そんなの嬉しいはずもないのに。
 
 彼女いわく、自分の人生はあまりハプニングがなくて型どおりでつまらないから、佐織のそばにいると楽しいらしい…ってことみたいだけど。
 それでも全然、嬉しくないことには変わりない。ほめられた気もしないし。

 だけど、彼女は弁が立つし、佐織はどちらかというと物事は穏便にすませたがるたちだから。なんだかんだいいつつも、押し切られるように譲歩しつつ、これまでうまくやってきた。

 そう、これまでは―。

 苦笑いしながらも、思っていたのだ。

 『ま、いっか』

 って。

 でも、今回はちょっと事情が違う。

 だって、ここは到着してまだ30分も経っていない、正真正銘、見知らぬ土地だから。それほど旅行経験もない佐織だから、正直、不安で不安でしょうがないのだ。

 ま、目の前をルンルン歩く親友は、そんなことちっとも考えていないみたいだけれど。

 そんなわけで、不安や緊張、その他もろもろの感情に戸惑いながら、佐織は必死で目的地(?)にたどり着くまでの間、あずさのテンションを下げようと話しかけ続けていた。

 「迷ったかなー?」

 とか、

 「なんか疲れない?」

 とか。

 観光に来たんだから、王道の観光ルートをたどるのが、正しい新米旅行者のあり方だと信じて疑っていなかったから。

 …そう思っているだけで、結局、それっぽくない…むしろ裏道のような雰囲気のところを通ったりしながら、……………結局、着いてしまったけれど。

 そんなこんなで2人は見知らぬ土地の、なんだかどこかのドラマに出てくるような白くてピカピカした建物の裏に立ったのだった―。

次回”はじめまして、KCG~6~”に続く

「京都駅よりビックカメラ方面を見る」
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はじめまして、KCG~4~

 一瞬、時が止まったのかと思った。
 それが何故なのか、自分でもよくわからないけれど。
 
 改札口を出たところで、あずさを見送って。それから、あれこれ考えたり、想像したりして時間をつぶしていたら……。
 
 「あぶない!」
 
 そこからは本当に一瞬の出来事だった。

 そして……今。
 座り込んだまま、少しボーッとしている佐織に彼は懸命に詫び続けていた。

 「すみません。ちょっと急いでいたものですから…」

 「は、はぁ…」

 年は20代前半くらいというところだろうか。
 黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白め。
 でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じ。結構、頼りがいのありそうな人だ。

 …って、何、想像してんのよ、私はっ!!!

 一人、赤面。
 女子高育ちであんまり異性に免疫がない上に、少し夢見がちなタイプだから、ちょっとしたことでも結び付けてしまうのだ。この人と付き合えたら、どうなるのかな~、なんてことに。

 こんな自分を、あずさはこう言ってたっけ。

 「妄想特急、佐織号」

 頭の中の声と、現実の声が重なる。

 …って、ん?
 今確かに、声が聞こえたような……?

 「うふふ♪」
 先ほど、歩き去った方向から、あずさが帰ってきていた。 
 この表情は覚えがある。というか、もう見慣れすぎている。“身の回りに楽しいことが起きそう”だと期待している表情だ。
 
 人の不幸ならぬ、人のイベントは蜜の味ってのは彼女の座右の銘の1つなのだ。
 
 ……ホント、性格、悪いんだから…。

 しかし、そんな顔をしたのはほんの一瞬のことで。
 彼女はすぐにそれを引っ込め、いつもの優等生スマイルで彼に話しかけた。
 
 「あの、友人がどうかしましたか?」

 まったくこの人は、本当に外面がいい。ついでにしゃがみこんで、佐織の頭にくっついた綿を取って、素敵な子アピールするのも忘れてないし。

 あと、友に思いやりある声をかけることも抜かりない。

 「佐織ちゃん、どうしたの?」

 眼鏡の奥では、期待に満ちた瞳をしているくせに。
 
 …と、そこで佐織はハッと立ち上がった。

 「あ、別に大丈夫。ケガなんてしてないし!」

 毛糸の帽子に刺さった電飾を抜いて、白い箱に入れる。まるでクリスマスツリーになって、後片付けでもしているみたいだ。気分は、もみの木ってか。

 でもその姿に心からホッとしたのか、彼はニッコリ微笑んだ。

 「良かった。ちょっと時間が押していたものだから、つい焦ってしまって」

 飛び散った飾りを拾い集めながら言う彼を、2人して手伝い始める。

 「これからパーティですか?」

 あずさの問いに曖昧に、彼は曖昧にうなづいた。

 「そうですね。…ま、そんな感じかな?」

 「わー、いいですねー♪」

 微妙に赤面したまま黙々と手伝う佐織の頭上を、会話が素通りしていく。

 「ま、仕事みたいなものですから。個人的に楽しめるかと言われれば別の話になりますけど。…でも」

 「でも?」

 「仲間達と企画したものだから、皆さんが楽しんでくれたらいいなって。そう思います。せっかくやるんだし」

 「そうですか~」

 適度な距離感と、流れるような会話。

 こういうとき、あずさのことが羨ましくなる。
 人当たりがよくて、人望があって、成績だって常に上位組で、ついでに見た目もわりといい。

 それにひきかえ、自分は何でも平均より少しはいいけれど…特にこれと言って目立つこともなくて。いつだって、“あずさちゃんの隣にいる人”、または“あずささんのお友達”、そんなのばかり。

 自分には神崎佐織という名前があって、あずさの付属物じゃないのに。
テンションがどんどん下り坂を疾走しようとした頃、ばら撒かれた荷物は無事、白い箱に収まり、彼は頭を下げて小走りに去っていった。
 
 まともな会話、1つできないままで。

 「ふー…」
 
 自然とため息が漏れる。

 するとあずさが、手帳を開いて今後のルートを確認しようとして…佐織の旅行カバンを指差した。

 「カバンから星が生えてる!!」

 「ほ、星!?」

 驚いてうつむくと、確かにカバンから星が生えて…って、ん?

 「外ポケットに刺さってるだけじゃないの~。もう、ビックリしたぁ~」

 「えへへ~、ビックリしたぁ~~?」

 「「あははははは」」

 笑い声が重なる。

 そしてひとしきり笑って、2人は同時にそれを止めた。

 「って、もしかして!?」

 何故、ここに星が? それも2メートルくらいのツリーのてっぺんに刺すような、ちょっと大きな星が?

 ……。

 沈黙が流れる。理由は考える間でもなかった。

 さっき、彼にぶつかったとき。
 その拍子で箱から飛び出したとき、床に落ちたカバンに偶然、刺さったのだ。それもかなりの奇跡で。
 しかし奇跡といっても、別にこれは嬉しいことでもなんでもなくて。
 
 いやむしろ、彼にとってはちょっとした不幸に違いないだろう。なんたって、てっぺんの星といったら、クリスマスツリーのシンボルといっても過言ではない。

 飾りの王様だ。

 それに彼は言っていた。
 これから始めるパーティは、仲間と企画したものだって。参加してくれる人が楽しんでくれたらいいなと思うって。

 それならば……。

 「届けに行くしかないよね」

 ふいに口から出た言葉に、あずさが待っていましたとばかりに手をたたく。遥か遠くの角を彼が曲がるのが見える。

 そんな初関西旅行初日―。

 2人はこれまでの疲れも忘れて、さくさく歩き始めたのだった。

       
       次回”はじめまして、KCG~5~”につづく

京都タワー&ポルタ入り口
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はじめまして、KCG~3~

 そういえば佐織は今日まで、ガイドブックは熱心に読んだものの、あまり本格的に下調べをしていない。
 あずさが言うに、本に載っていない情報ってそこそこ、ネットにあふれているらしいけれど、そもそも機械系なんて得意じゃないし。その証拠に、誕生日に買ってもらったノートパソコンも、実際に使ったのは数えるほどしかない。

 自分の希望で関西に来ることになったのに―と、佐織は申し訳ない気持ちになった。

 「ありがとう…。なんかごめんね、いろいろと」

 するとあずさはからりと笑って、手を振った。

 「なによ~。それは言わないお約束♪ …それに、方向音痴の佐織ちゃんに任せていたら、最初の乗り換えすらうまくいかなかったわよー」

 からりと笑って手を振るあずさに、佐織はよけいにうなだれた。

 「それってフォローになってないよ…」

 それもそのはず、佐織は方向音痴で。
 ここに来る乗換えといい道すじといい、地図を見ても見なくても関係なしに違う方向へ進もうとしていたのだ。
 それがあんまり続くものだから、ものすごく凹んだりして。のんびりしているように見えるけど、実はこれで結構、気にする性格なのだ。

 「うぅー…」

 さらにうなだれていく佐織の肩をたたいて、あずさが傾きかけたキャリーを立て直した。

 「ま、旅行に慣れていないってのもあるかもしれないし。気にしない気にしない~♪」

 大げさに頭を撫でて、そしてキャリーバッグの持ち手を佐織に託した。
 促されるままに手をかけて、佐織は首を傾げる。

 「え?」

 少し切羽詰っているのだろうか。
 あずさが早口で用件を伝えた。

 「あの、私、ちょっとトイレ行って来るし。佐織ちゃん、ここで待ってて」

 「あ、わかった~。でも早く帰ってきてね。ここ寒いし」

 「…じゃあ、こんな改札そばじゃなくて、どこかのお店に入っていれば?」

 「…この方向音痴の私が見ず知らずの土地で移動し始めて、そう簡単にここへ戻ってこれると思う?」

 雑踏の中、2人の間に沈黙が流れる。
 やがて。

 「じゃあ、ここで待ってて」

 「うん」

 くるっと背を向けて、あずさが去っていく。
 それを見送ってから、佐織はなんとなく辺りをぐるりと見渡した。

 さっきから何となく思ってはいたけれど、京都駅って、ちょっと不思議な作りをしている。
 天井が驚くほどに高くて、でもあまり壁というものが感じられなくて。駅舎なのに、それっぽい気がしない。

 どこか開放的で、建物の中にいるという印象を受けない、というか―。

 だからだろうか、冬の建物特有のよどんだ空気もなく、そのせいかそこにたたずんでいるツリーもひときわ美しくみえた。
 近代的な造りをしているから、古都っぽくない気もするし。

 『京都はお寺の町だとばかり思っていたのに。やはりここも日本なんだなー』

 と、佐織はちょっとだけ安心した。
 そんな思いで、自分の顔にうっすらと笑みがこぼれていくのを感じながら、ツリーを見つめ続けていた。

 『そりゃあいくら歴史の街とは言っても、ここも日本に違いないんだから、同じようにお祝いしていてもおかしくはないよねー』

 とか、

 『逆に”お寺の町だから“と言って、駅前に何十メートルもある仏像様とか置かれても違和感ありまくりだろうし、それはそれで仏様にも申し訳ないよね』

 とか、思いながらニヤけたりして。
 そしてふと、佐織は想像を膨らませ始めた。

 もし自分が京都で暮らしたら、どんなクリスマスを過ごすのだろう? ここと地元は離れているから、きっと一人暮らしになるはず。だとしたらこの町で、やっぱりクリスマスな雰囲気を楽しみながら、ケーキを食べたり、ごちそう食べたり。それから京都だし、お寺回ったりするのだろうか?

 「…って、お寺なら、クリスマスよりお正月って感じだよねー…」

 なんて、少しズレたことをつぶやいた…、その時だった。

 「あぶないっ!!」

 叫び声に振り向くと、その瞬間、白い箱が現れて。

 「?!」

 言葉にならない声が、上がる。
 道行く人々の足が、止まる。
 そんな中で佐織は箱にオデコをぶつけ、持っていたカバンを床に落とし、そのはずみであずさのキャリーも引き倒し…。

 「きゃっ!?」

 床にお尻を激しく、打ち付けてしまった。
 冷たい石のような床に。

 「いたた…」

 と、立ち上がろうとする頭に降り注いだのは、たくさんのきらめき。
 大小、さまざまな大きさにちぎった白い綿、キラキラとした何かに、手のひらくらいの星…まるでオモチャ箱が壊れたみたいに、たくさんの飾りが飛び出してきた。

 そしてそれより何より、佐織を釘付けにしたのは。

 「すみません! お怪我はないですか?!」

 白い箱を床に投げ置き、しゃがみこんでこちらを不安げに見つめる一人の若い男性の姿だった。

次回”はじめまして、KCG~4~”につづく

2008年京都駅のクリスマスツリー

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はじめまして、KCG~2~

 「さむっ!」

 暖房の効いた車内から出ると、冷気が身にしみた。
 地元とは全然違う寒さに、冬の京都に来たことを軽く後悔した。

 まあ、よくよく考えてみれば年末だし、地元の方が南だしで、気温の差があるのは当然なのだけれど。
 そういえば、おばあちゃんもそんなことを言っていたっけ。京都は寒いとか、なんとか。
 確か…盆地…とかいう地形だったかな? そのために寒いのだと、出発前に玄関で教えてくれた。

 「風邪はノドから来るしね」

 と、とっておきのマフラーを3本も渡しながら。
 さすがに1本しか受け取らなかったけれど、今ならその気持ちもちょっとだけわかる気がする。
 
だっておばあちゃんはお年寄りだし、佐織に輪をかけた寒がりだから。冬の京都に憧れているとは言っていたけれど、なかなか出かけていく踏ん切りがつかないのだろう。

 そんなことを思い出しながら、佐織は移動中、旅行カバンにしまっていたマフラーを取り出し、くるんと首に巻きつける。
 服は薄手のセーターを2枚重ねしているし、朝方、さんざん迷って、買ったばかりのスカートから履きなれたジーパンに変更したし。
 大丈夫、寒さ対策は万全だ。
 ダッフルコートの前を閉じる必要もないはず。

 …なんて、今更ながら確認し直していたら、ちっちゃなフードつきの黒いコートが、どんどん遠ざかっていっていた。

 「ちょ、置いていかないでよ!」

 人ごみをぬって、小走りで追いつく。肩からかけた小さなポーチをぎゅっと体に押し付けるようにガードして、もう片方の手で旅行カバンを揺らす。
 誰もお財布が、ポーチに入っていないだなんて思わないだろう。

 スリ対策は、万全だ。

 ようやく後ろに追いついたとき、あずさは手帳を開いて、確認の真っ最中だった。

 「えーっとー…」

 佐織ははぐれないように、思考するのをやめてその背中を追う。雑踏の中、あずさの独り言に耳を傾けた。

 「確か旅館へ行くには、市バスの□□番に乗って…」

 先ほどまでののんびりした姿はどこへやら、ポイントポイントで方向確認をしつつ、さくさく前を歩いていく。そしてキャリーバッグを引いたまま、器用にササッと切符を取り出して改札を通った。

 …と、その流れに見惚れてしまって、何もせずに後を追おうとして佐織は行く手を阻まれてしまった。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

 改札口で挟まれる。

 切符を入れてないから仕方がないといえば仕方がないのだけれど、これって結構、恥ずかしい。しかもこんな年末近くの大混雑した場所だと、それも倍増する…というか。

 「…」

 無言で通りなおして、外へ出る。
 うつむき加減の佐織に、キャリーバックに寄りかかるようにしてあずさがニヤニヤ笑っていた。グレーのワンピースに、少し暗めの茶色いブーツ姿がすごく似合っていて、彼女の可愛さをかもし出しているのに。眼鏡が怪しく光っているせいで、妙にアンバランスに見えた。

 「いつかやるんじゃないかと思ったわ。佐織ちゃんっていつも、肝心なときにボーッとしているから♪」

 いつもながら、ムカつく。

 合いかけた視線をそらして、ついでに話題も変えようと試みる。もっとも、底意地の悪いあずさのことだから、そんなことしても無理かもしれないけれど。

 「ところで、今日泊まる旅館ってバスで行くんだよね?」

 「さっきも言ったけど? ホントにボーッとしてる♪」

 やっぱり無理…か。
 外見は人当たりの良い優等生。いったい今まで、どれだけの人がこの姿に惑わされてきただろう。

 本当は外面がいいだけで、人とあんまり打ち解けたがらなくて、しかも意地も悪い…なかなかクセのある子なのに。

 長い付き合いで知っているからこそ、佐織も遠慮なく言い切った。

 「しつこい!」

 まだ笑いをかみ殺しているしつこいあずさから、思い切り顔を背けると。流れた景色の中を、いくつものきらめきが目に飛び込んできた。

 「あ」

 ゆっくりと視線を戻して、それを探す。
 改札口を出た左手―。
 駅舎の3階部分ほどの高さの位置に、キラキラ輝くクリスマスツリーが見えた。10メートル以上はあるだろうか、洗練されたイルミネーションがとても美しい、大きなツリーだ。

 不快感がさぁっと消え、佐織は頬をゆるませた。

 「わぁ…」

 つられてあずさは振り返り、視線の先を追いかける。おだやかな気持ちが伝染した。

 「あぁー。大階段のクリスマスツリーね♪」

 「大階段?」

 「うん。大きい階段でしょ」

 言われて見ると、改札階からツリーの横あたりを通るようにして高くエスカレーターが伸びている。

 「だから大階段なのね?」

 見たままを口にすると、あずさはネットで見たんだけどと前置きして、記憶を手繰り寄せた。

 「違う違う。私もまだ上ったことがないんだけどエスカレーターの横、つまりクリスマスツリーの裏あたりに階段があるみたいなのよ。まるで劇場の座席みたいに広がりのある階段が…」

 「うぅーん…わかったようなわからないような…」

 腕を組む佐織に、あずさは少し考えて。

 「わかった。じゃあ、時間ができたら、こっちにも来るようにしよう。百聞は一見にしかずって言うし」

 そういえば佐織は今日まで、ガイドブックは熱心に読んだものの、あまり本格的に下調べをしていない。
 あずさが言うに、本に載っていない情報ってそこそこ、ネットにあふれているらしいけれど、そもそも機械系なんて得意じゃないし。その証拠に、誕生日に買ってもらったノートパソコンも、実際に使ったのは数えるほどしかない。

 自分の希望で関西に来ることになったのに―と、佐織は申し訳ない気持ちになった。

次回”はじめまして、KCG~3~”に続く

京都駅の改札口
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はじめまして、KCG~1~

 ゴトン…ゴトン……

 電車が揺れている。
 そのリズムが疲れた体に心地いい。
 思えば今朝は早くから起き出して移動に移動を重ねた上に、あちこち観光していたから。

 駅のコインロッカーに旅行カバンを預けたのが、確かお昼前。それから一緒に来た親友と町へくり出し、怒涛の観光づくし。たこ焼き食べて、お笑いを見て、道端のお店から高そうなデパートまで、たくさんの場所をめぐって…そうそう、お好み焼きも食べたっけ。
 こうして思い出している今もまぶたの裏に、今日見たたくさんのものが浮かんでくる。

 …ん、まぶたの裏?

 「あ、寝ちゃダメ、寝ちゃダメ」

 ハッと目を開け、首を振る。

 ついでに膝にのせていたカバンが足もとに落ちているのを見つけて、佐織は慌ててそれを拾い上げた。旅行用の大きなそれについているネームタグを確認する。

 ”神崎佐織”―。

 間違いない、自分のものだ。と同時に、胸の鼓動が早くなる。佐織は心の中でつぶやいた。

 『ま、まさかスリにでも遭った!?』

 背筋を冷や汗が伝うのを感じながら、思い出した。
 そういえば今朝、家を出るときにおばあちゃんが言っていたっけ。

 『都会にはスリが多いからね。気をつけるんじゃよ』

 って。
 あのときはそんなバカなって笑い飛ばしたけれど…まさか…、旅行1日目にしてお小遣い全額紛失………!?
 お年玉にお手伝いのお駄賃、その他もろもろ…。頑張った日々が走馬灯のように蘇る。
 あぁ、あの時は頑張ったなぁ………って。

 「そうじゃなくて!!」

 カバンを開けて、手を突っ込む。震える指でゴソゴソとかき回してようやく、よく馴染んだ肌触りのそれを見つけて…佐織はホッとした。

 間違いない、お財布は無事だ。

 都会って恐ろしいらしいからね。ちゃんと手元には気をつけないと。
 そんなふうに緊張の糸が切れて、ため息をついていると。

 「佐織ちゃん?」

 さっきまでこちらに寄りかかって眠り込んでいたあずさが目を開けて、こちらを怪しげに見つめていた。

 「何を1人でオロオロしてたのよ。気持ち悪い」

 ドッキーーーン!!!

 変なタイミングで話しかけられて、佐織は心臓が飛び出しそうになる。

 「い、いや、その。…別に…」

 自分で思う以上に驚いたのだろう。顔が真っ赤になるのを感じながら、両手をふる。そしたら、膝の上のカバンがずれそうになったので、慌てて抑えて、今度は右手だけひらひらさせる。

 「ホント、なんにもないの。うん、なんにも」

 説得力ゼロの言葉を放つ親友を、あずさは探るように見た。

 「ふーん…」

 やがてどうでもいいと思ったのか、はたまた眠気の方が勝ったのか、再び夢の中へ引きずり込まれていった。

 「すーすー……」

 肩にもたれて、寝息をたてている。
 その姿を横目に見ながら、佐織はホッと胸をなでおろし……思った。

 そういえば彼女―三倉あずさは、自分とは違って旅慣れている。こうして今、旅している関西だって、年のはなれたお兄さんが仕事でここに住んでいた関係で、何度か訪れたことがあったっけ。
 高校に入ってからは、受験やら何やらでそういう機会もずいぶん減ったようだけど、思えば中学生くらいまでは、そういう話をよく聞いていた。

 …と、そこまで思い出して、佐織は口元を押さえた。

 「あ」

 そうだった。
 あずさにとって、ここは知らない土地ではない。

 むしろ、旅慣れた場所と言った方が正しいかもしれない。

 そういえば、11月の半ば。
優等生で外部受験組のあずさが、内部進学組の佐織に話しかけてきたとき。

 「受験勉強はもう大丈夫だし。気分転換に一足早く、卒業旅行をしてみない? どこか行ったことのないところとかさ♪」

 なんて提案して、それで佐織が関西に行ってみたいと言ったとき。
 一瞬だけ、戸惑ったような顔を見せたっけ。

 「え、関西…?」

 そうか、そういう意味だったんだ。
 それっきり特に何も言わなかったから、つい忘れていた。
 今日だって別につまらなそうにすることもなく、一緒に楽しく過ごしていたようだったから。

 でも旅行が決まる前に、見たいものや行きたい場所を、ほとんど佐織の希望を最優先にしてくれていたし。どこを行くにしてもほとんど迷いなく、というかかつて来たことがあるみたいにスタスタ歩いて、一度も道筋を確認したことはなかったし。

 思い当たるふしは、山ほどあった。

 「そっか…。そうだったんだ」

 心があたたかくなった。

 たくさん歩いて、たぶん、気も遣ってくれて、それで電車に乗ったのだ。しばらく乗り換えもないということもあって、つい、ウトウトしてしまっているのだろう。
 普段は憎まれ口が多いけど、やっぱりあずさって優しい。だからというわけではないけれど、佐織はそんな友情を大切にしなくちゃと思った。

 と同時に、ため息が漏れた。

 「ふぅ」

 そういうことを意識すればするほどに、”時間”というものを突きつけられた気がしたのだ。

 今は12月の末。

 生後3ヶ月からの長い長い付き合い。それもあと数ヶ月で、離れ離れになってしまうということを思い出して、ちょっと落ち込んでしまったのだ。
 地元に残る自分とは違って、あずさはかねがね、別の土地の学校へ進むと公言しているから。

 2人が生まれ育った町に、彼女の学びたい分野はなかったから、自然と早いうちからあずさの目は外へ向いていたのだ。

 「医療に携わりたいの。病気で困っている人の役に立ちたいの」

 昔から賢かったあずさは、いつもこんなことを言っていた。そういうときの彼女は、とても凛々しくて、それでいて厳しくて―それを見ていると佐織は、なんだか自分の知らない人みたいに思えて寂しくなった。

 取り残されたような気がした…というか。

 そんなふうだったから、具体的にどの地域へ行きたいのか聞き出す気持ちにもなれなかったし、あずさはあずさで、まだ迷っているふしがあったので、それ以上、話が進むことはなかった。

 でも、どこへ行くにしても―。
 全国模試で常に上位組のあずさだから、どこを受けようときっと合格するに違いない。

 離れ離れになるのは確実だった。

 「離れ離れ…かぁ…」

 佐織は暗くなっていく自分を励ますようにしてもう一度、深くため息をついた。

 「はー…」

 右肩によりかかるあずさを少し避けるようにして、左を向く。自然と言葉が、口をついてでた。

 「進学…」

 窓ガラスに映った自分はやっぱり結構疲れていて、でもそれ以上に少しだけ大人びた顔をしているような気がした。毛糸の帽子からのぞく瞳は相変わらずちょっと幼くて、髪の毛だってフワフワで…何もかもいつもと同じ。

 18年も見てきた、自分のはずなのに。

 何かが違う。

 あと数ヶ月で、高校を卒業するから?
 地元でこれまでとは違う、新たな1歩を踏み出すから?

 慣れ親しんだN女子高等学校は、こんな都会とは比べ物にならないほどののどかな某県庁所在地にある学校だけど、佐織は本当にその町も学校も好きで。

 だからかもしれない。
 佐織は特に考えることなく早々に、市内にある附属の大学へ内部進学する決意を固めていたのは。

 いや、もしかしたら…人の気持ちなんて複雑なものだから、もしかしたらもっと深い理由があったのかもしれない。今すぐには言葉にできないような何かが。

 ふりはらったはずの重い気持ちが、夜霧のように静かに積もり始めていた。

 「いけない」

 首を振って、すべてを追い出す。

 こんなのダメだ。冬休みが始まったばかりだし、それに今は旅行中なわけだし。せっかくの楽しい時間に凹んだ気分なんて似合わない。
 コツンと窓ガラスに頬をつけて、はーっと息を吐き出す。イヤなことや悩み、ちょっとした物思いなどを全部全部、体から追い出していく。

 そして次の瞬間、窓に映っていたのはいつもと同じ。今を楽しんでいる自分の姿だった。

 「よし、大丈夫」

 小さくつぶやく。
 その声に車内アナウンスが重なった。

 「まもなく京都―、京都。○○線お乗換えの方は△番乗り場から…××線お乗換えの方は…」

 眠り込んでいた親友が、目を覚ます。

 次の滞在地、京都まであと少し。

 運命を変える出会いまで、あと少しだった。

             

次回”はじめまして、KCG~2~”に続く
 

えきです
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プロローグ

別にあの町が嫌いだとか、今の自分に不満があるとか―。
そんなこと思っていたわけじゃない。
生まれ育った土地は大好きだし、そこで大きくなった自分だって…まあ、多少の欠点がないわけではないけど、嫌悪するほどじゃない。
だから何の疑問も持たずにこのまま女子高を出て、お隣の系列大学に行って卒業して、それでそのまま大人になって就職して。
そんなふうにしてこれまでと変わりなく、ずっとこのまま暮らし続けるんだろうなって思っていた。

あの人に会うまでは―。

誰かに出会い、すべてが変わる―そんな夢みたいな出来事が起こったクリスマス・イブ。
降り始めた雪の中で、今まさに彼女の新たな未来が、始まろうとしていた。

 

次回”はじめまして、KCG~1~”につづく

かわ
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