ターニングポイント~9~

 自分自身を落ち着かせるような長い長い深呼吸のあとで―。
 静かな眼差しをこちらに向け、あずさは宣言した。

 「佐織ちゃん。私ね、第一志望を京都の学校にする。京都に行くわ」

 たくさん考えて、悩みもしたのだろう。
 言い切って、もう一度深呼吸したあずさはとても大人びて見えた。

 とりあえず一山、越えてきましたとでも言わんばかりに――。

 対して佐織はというと。

 「京……」

 小さくつぶやくように驚いてから、うつむいて目線を迷わせた。

 「えっと。そ、そうなんだー…。決めたんだ…」

 なんとなくあずさの顔が見れなくて―いや、見たくなくて、カーペットの模様ばかりを眺めていた。

 こういうときは、どうすればいいのだろう。
 笑って、“そうなんだ。頑張ってね”って励ます? 
 それとも純粋に、“びっくりしたわ~”ってオーバーリアクションを取る?

 でも――。
 たとえ、今、その場に相応しい態度がわかったとしても、佐織にはそう振舞う自信なんてなかった。

 頑張ってほしい気持ちはある。
 びっくりしたという思いもある。

 だけど、それ以上に簡単には片付けられない何かが大きすぎて、よくわからなくなっていたのだ。

 『私の気持ち………?』

 そんな時だった。
 階下から、助けともいえる声が響いてきたのは。

 「お姉ちゃん、ご飯だよー」

 それを受けて、佐織は応える。

 「今、行くー!」

 思ったより大きめのボリュームになってしまったけれど、仕方がない。
 首を振って気を取り直して、目前のあずさの肩にふれた。

 「いこう」

 「ええ」

 唇を左右に引いて、あずさは目を細めている。
 その真意がわからなくて、佐織は戸惑いながら立ち上がり、ジーンズの膝を払う。あずさが椅子を机に戻しながら、尋ねた。

 「お夕飯、シチューだってね」

 「みたいね」

 動揺を気取られないように短く答えると、あずさはいつもと変わらぬ口調でおだやかに話し始めた。まるで何でもないことを話すように。

 「今日ね、おばさんに言っておいたの。大事なお話をしたいって。だからかな、シチューになったのって」

 「あ」

 そこまで言われて、ふと、お母さんの作るシチューは、もともとおばさんから教わったレシピだったことを思い出す。

 クローゼットにはめこまれた姿見で、髪の撥ねをチェックしてから、佐織はつとめて明るく振り返った。

 「そっか。進学先のことを報告するんだね」

 佐織の家族は、あずさの家族でもあるから。
 でも今は、ここで話題を広げる気持ちにもなれなかった。これ以上、予想外の話が出てきては困るから。思わぬ反応をして、今の悩みがバレてしまうのだけは避けたい。

 ただでさえ、さっきまで微妙な態度を見せてしまったのだから。

 そんな動揺を見抜けなかったのか、それともあえて見過ごしたのか―。

 「うん。そういうこと」

 あっさりとうなずいて、あずさがドアへと向かった。
 ホッと胸をなでおろして、後を追う。階段を下りながら、佐織はひそかに深く息を吸って、暗い気持ちを追い出して。

 そうして頭の中を整理し始めた。

 佐織には今、気になっている学校がある。それは京都にある、京都コンピュータ学院。IT系の専門学校だ。そしてあずさは、京都の学校へ行きたいと言っている。

 …って。

 『なんで2人とも京都なのよ!?』

 今更ながら、控えめに両手を握り締める。
 前を行くあずさのこめかみをグリグリしたい衝動を抑えつつ、また深く息を吸って、吐いて。

 ようやく冷静になったところで、あずさは階段を折りきって右に折れ、リビングへと入っていった。

 「あ、待って」

 慌てて追いかけていくと、お父さんがリビングのソファに座って、ネクタイをゆるめているのが目に入った。

 「あ。おかえり、お父さん」

 「おかえりなさい、おじさん」

 ほぼ同時に挨拶を受けて、お父さんが目を細めて、背もたれから身を起こした。

 「ただいま」

 いつもと同じ、優しくておだやかなお父さん―。
 でも、佐織の目はある一点にじーっと注がれていた。

 『お父さん、…太った?』

 もちろん、口にはしていない。あくまで心の声だ。
 そもそも、お腹が出てしまったのは、佐織のせいもあるかもしれないし。

 例のシステム手帳のために“ドーナツざんまいの生活”に巻き込んだ自分が、太ったんじゃないって聞くのはあまりに無神経だ。

 そう、わかっていたんだけど。

 「悪かったね、ちょっとメタボっぽくなって」

 少し恨みを含んだ口調で言われて、佐織は慌てて手を振った。

 「え、いや、その、そんなことは…」

 すると、あずさが助け舟を出してくれた。

 「そこまでは思ってないわよね。おなか、じーっと見てたけど」

 え、何それ?
 助け舟じゃないし!
 軽くあずさを睨んでいると、キッチンで鍋をグルグルかき回していたお母さんが振り返った。

 「そんなにいじめないの。ちゃんと今日から、運動するんだから」

 首だけ動かして、お父さんがお母さんに尋ねる。

 「あ、あれ、届いたのか?」

 「ええ。箱から出しておいたから、ちゃんと使ってね。…まったくあんな単純な作りのものに29800円もするだなんて…」

 思い出しただけでちょっとイライラしたのだろう。鍋をかき混ぜるスピードが上がった。手を止めて、もう片方の手で調味料をふって、またグルグルやっている。

 対して、お父さんは実にのん気なもので。

 「そんなにしたかな?」

 再び前を向いて、アゴをさすっている。その小声をお母さんは聞き逃さなかった。

 「しましたよ。しかも代金引換で頼むだなんて。今度からちゃんとお小遣いで先払いしておいてくださいね」

 言葉に棘を感じて、お父さんは振り向いて手を合わせた。

 「うん、わかった。ごめんな、お母さん」

 そのさわやかな笑顔に、お母さんは苦笑いして。

 「もう」

 と、頬をゆるませてしまった。

 さすがはお父さん。
 そしておそるべし、相手を笑顔でKOする神崎家の血筋―。

 なんて感心しかけて、佐織はハテと首をかしげた。

 「あれ。私も同じ血を引いているはずなんだけどな」

 もしかしてまだ開花してないのだろうか、その手の才能が。いや、その手なんて言ったら、ちょっとアヤシイかな。

 『どうなんだろう――?』

 なんて、少しだけ妄想しかけたところへ絶妙なタイミングで、おばあちゃんがやってきた。

 「あらあら、いいにおいがするねえ」

 柔和な笑みに、その場の空気が溶かされていく。さすがはおばあちゃん、癒しパワーが炸裂している。

 「佐和子さんは本当にお料理が上手だねえ。わたしゃ幸せだよ」

 すると、あら不思議。
 半ば苦笑いしていたお母さんの顔が、ほんのり赤くなった。

 「そうですか? もう、お義母さんったら♪ あ、実佐ちゃん、お皿並べてちょうだい。そろそろご飯にするわよ♪」 

 実佐“ちゃん”って………―。
 普段、娘たちのことは呼び捨てなくせに……―。

 実佐がダイニングテーブルに手を着いて立ち上がったのが見えた。

 「お、お母様、お手伝いするわね」

 声も動きも緊張しているのは、ご機嫌がきちんと直っているか確かめるためかもしれない。
 
 離れて暮らしていると、意外な部分で免疫がなくなってしまうのだろうか。目のはしで様子をうかがいながら、そそくさと食器棚へ向かい、扉をスライドさせてお皿を選んでいる。

 なにはともあれ、お母さんのご機嫌は直ったみたい。
 よかった、よかった。
 
 もうすぐ夕ご飯の時間だ。

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       ~次回”迷いの中で~1~”へつづく~

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ターニングポイント~8~

 「やだ、懐かしい~!」

 椅子に座ったまま、あずさが控えめに地団駄踏んでいる。
 顔を赤らめ、ぎゅっとリモコンのふたを握りしめながら―。

 それで佐織は、思わず腰を浮かせて身を乗り出した。

 「え、なに、なに~?」

 伸ばしかけた指を避けて、あずさは時折、ふたに目線を落としてはきゃあきゃあ言っている。

 やがて―。

 「な、なによぉ~…」

 ぷうっと頬を膨らませた佐織を見て、彼女はようやくそれをこちらへ差し出してきた。

 「貼ったの忘れてたわ、こんなの~」

 なんて、照れ笑いしながら。

 それで佐織は受け取りながら、その裏面に目を落とした。

 「まったく、あずさってば………あ!」

 瞬間、遅ればせながら、親友の気持ちを理解する。
 …いや、同じになったという方が正しいかもしれない。

 頬が熱くなるのを感じて、地団駄踏んで―あずさと同じ行動を取ってしまったのだから。

 フタの裏側―。
 つまり電池に面している部分にあったのは、1枚のプリクラだった。

 「わぁ…」

 右隅に書かれた日付は、今から5年前の春―。
 それを裏付けるように、真新しい制服に身を包んだ2人がきりりと唇を結び、すましてポーズをとっていた。

 祝入学、仲良し、etcetc…。
 そんな言葉が縁取りのように彩る中で。

佐織とあずさの中学入学時のプリクラ

 「懐かしい~」

 ため息をつきながら、佐織は何故だか自分の気持ちが少しだけ落ちていくのを感じていた。

 セピア色の世界にいるのは、間違いなく過去の自分で―。
 そう。間違いなく、過去の自分なの…だけれど。

 「…あはは…」

 なんとも言えない違和感に、佐織はそっとあずさに返した。

 「…。や、やっぱりちょっと古いね」

 勘の鋭い親友に悟られないように、目線を落としながら。

 それをどう思ったのか―。
 あずさはうなづきながら電池のはめ込み具合をチェックしつつ、もう片方の手でフタを受け取った。

 「うん。そうだね」

 「ね」

 佐織はあずさの指先を、作業を眺めたあとに、両手を後ろについて天井を仰ぎ見た。

 「………」

 まぶたを閉じると、たくさんの風景が浮かんできた。

 幼い頃のこと。
 物心ついてからのこと。
 中学生になってからのこと。
 
 たくさんの出来事が、時間もバラバラに浮かんでは消えて、また浮かんでくる。

 そして最後に出てきたのは、あのプリクラ―中学生の2人だった。

 あれから、もうすぐ6年―。
 次に来る春、2人は何をしているのだろう――?

 「………ふぅ」

 作業に夢中のあずさに気付かれないように、そっと息を吐く。

 忘れていた寂しさが、焦りが噴き出し始めていた。

 『なんてタイミング…』

 楽しい思い出について、話し合っていたはずなのに。どうしてこうなっちゃうんだろう。

 目頭が熱くなるのを必死に否定しながら、佐織はにっこり微笑んだ。

 泣いちゃダメ。
 悲しくなんかないんだ。
 永久のお別れではないんだから。

 『そう、泣いちゃダメなんだ―――』

 堪え切れなくなりそうな気持ちを懸命に抑え、そらそうとしていたとき。

 「ふう…」

 苦笑いともとれる息を吐いて、あずさがぽつりとつぶやいた。

 「何してんの、変な顔してさ」

 「あ、いや、その……」

 思わず、無理に笑みを浮かべて、前を向くと。

 リモコンを机上に置いたあずさは、おだやかな顔をしてこちらを見つめ返していた。

 「ね、佐織」

 「ん?」

 「思えば私達ってさ。本当に長い付き合いだよね…」

 はかったようなタイミングに、佐織は目を白黒させる。
 あずさの目が、心なしか赤くなっているように思えた。

 「あずさ…」

 短い沈黙が流れていく。
 その間、あずさは何を考えていたのだろう。
 それまでの軽やかな表情も、雰囲気も微塵も感じられなくて…長いまつげを伏せて、うつむいて。

 瞬間。
 せき止めたはずの何かが決壊して、いろいろな思い出が押し寄せてきた。

 数え切れない、18年の思い出が―。

 物心がつく、うんと前から、2人は一緒だった。

 それは佐織が生後3ヶ月のときに、生まれたばかりのあずさが一人ぼっちで退院してきたときから、ずっと。

 2人はともに育てられ、ともに大きくなっていった。
 それぞれのお母さんたちと同じ、仲良く過ごしながら。

 そして今。
 いつものようにここにいる。

 ―――と。

 そこまで振り返って、佐織は考えた。

 これから自分たちは、どうなるのだろう?
 距離が遠く離れても、今までと同じような関係でいられるのだろうか―?

 「………」

 疑問が渦巻いて、あたたかい気持ちがいつしか温度を失っていく。

 すると現実のあずさが髪をかきあげて、大きく笑った。

 「…ん? 何よ。人のこと、じっと見て」

 「あ」

 知らず知らずのうちに、じーっと凝視していたらしい。はたから見れば、眉根を寄せてとても険しい…かなりアヤシイ表情で。

 佐織は視線を惑わせながら、言いよどんだ。

 「い、いや、その…」

 何をやっているんだろう。
 もう、どうかしているよ、私。

 首をぶんぶん振って、暗い気持ちを追い出していると。
 重い空気を振り切るように、あずさが切り出してきた。

 「そういえば」

 「え?」

 引きずられるようにして、いつもの調子に返ると。

 「えーとー…そのー…」

 どうやら話しかけてはみたものの、つなげる話題までは考えていなかったらしい。あずさはしばらく目線を泳がせてから、手をぽんと叩いた。

 「旅行。そうだ。旅行の写真、現像できた?」

 調子をあわせるように、佐織も手を叩く。

 「あ、ああ。うん、出来たよ」

 「じゃあ、見せて♪」

 「いいよ♪」

 立ち上がって、机の隣にある本棚に手を伸ばす。
 カメラ屋さんのロゴがプリントされた袋を、あずさに差し出した。

 「昨日、買い物のついでに、お母さんが現像しに行ってくれたの」

 「あー、ありがとー。わ、こんなに撮ったっけ?」

 「えっと、100枚は軽く超えてたみたいだよ。お母さん、ぼやいてたし」

 「『こんなに現像するなら、自分でカメラ屋さんに行かせてお小遣いから出させれば良かった』って?」

 「そうそう。さすがはあずさ~♪」

 2人、顔を見合わせて、ニヤリとする。
 すぐに笑顔がはじけた。

 「「あははははは」」

 別段、おかしいことじゃないのに、すごく笑える。なんだか止まらない。

 笑って…笑って…笑い転げて。

 そして。

 「あ」

 たっぷり笑って、力が抜けたのだろうか。
 あずさの指から、写真の束が床にすべり落ちてしまった。

 「あ。やだ、私ってば~!」

 人差し指で目のふちをぬぐって、しゃがむ。

 佐織もつられて、膝をつくと。

 コツン…

 互いのおでこが、そっと重なった。
 いや、重ねたのだ…佐織の感傷が伝染った彼女が―。

 「えっと、その…こほん」

 軽く咳ばらいして、あずさは続けた。

 「今更こんなこと言うのもテレるんだけど…。私、佐織ちゃんと知り合えて良かったと思ってる」

 「あずさ……」

 真剣な声色に、言葉を失う。
 目線を写真に落としたまま、あずさは続けた。

 「私さ、こんな性格だし。人にはいつも壁作って、ニセモノの自分を演じて。だけどね、佐織ちゃんは……その、なんて言うのかな…」

 途切れた声に重ねるように、佐織は強くうなづいた。

 「うん、わかってる」

 昔からあずさは、自分を語るのが苦手だった。
 それはもともとの性質かもしれないし、お母さんが彼女を産んですぐに亡くなったという過去のためかしれない。

 いや、もしかしたら、もっとほかに原因があったのかもしれないけれど。

 それを含めての三倉あずさなので、根掘り葉掘り聞く必要はなかった。

 だって自分たちは、かけがえのない親友同士だから。そうである理由なんて必要ないのだ。

 「わ、何コレ~」

 ふいにあずさの指が伸びて、一枚の写真をつまみあげる。
 これは旅行最終日の移動前に撮った写真。ちょっとだけおどけた顔で、京都駅のクリスマスツリー前でVサインをしている2人が映っていた。

 「わ、すごいピンボケー!」

 肝心な顔がぼやけていて、なぜか斜め後ろのポスターにピントがあっている。
 一体、何を撮りたかったんだか。“列車に乗ってカニを食べに行こう”という文字がやけにくっきりと見えた。

 これじゃあ、なんだか…。

 「オマケみたいね、私達」

 ズバリ、あずさに言われて、佐織は目を見開いた。

 「それ、私もそう思ってた」

 「やっぱり?」

 「うん」
 
 答えながら、床に散らばった写真を集め始める。たまにおかしな一枚や、きれいな一枚などを見つけて、そのたびに話題にしながら。

 中断したり、集めたり。

 そしてすべてがもとの固まりに戻ったとき、あずさは長い長い深呼吸をした。まるで自分の中すべてを、落ち着かせるように。

 こちらを見つめた彼女は、とても静かな目をしていた。

 「佐織ちゃん。私ね、第一志望を京都の学校にする。京都に行くわ」

 「京……」

 言葉を失う。
 心の中で、たくさんの気持ちや過去が風のように通り過ぎていく。
 これは何だろう。

 動揺?
 困惑?
 それとも喜び…いや、もしかしてそれ全部?

 「京都……そっか、京都なんだ……」

 意味もなく、繰り返しつぶやきながら落とした目線の先―引き出しの奥にある白いパンフレットが――。

 何かを示しているような気がしていた。

       次回、”ターニングポイント~9~”につづく

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ターニングポイント~7~

 「さて、と」

 1階のやりとりがひと段落したのを確認して、爪先立ちで自室へと戻る。

 ゆっくりと扉を閉めてそこにもたれて、佐織はため息をついた。

 「そっか、実佐が戻ってきたんだ…」

 普段、家を離れて寮暮らしをしている妹。
 だから会えるのは基本的に季節ごとにある長期休暇の間だけだし、それ以外は携帯と実佐のパソコンとでメールのやりとりをするくらい。

 そんなふうな姉妹なのでたまにこうして声を聞くと、ちょっとだけ変な気持ちになるのだ。

 なんというか、くすぐったいようなうれしいような―。

 もちろん、そんなこと恥ずかしくて、誰にも話せないけれど。

 でもまあ正直、日々、暮らしていると、ちょっと寂しくなることもあるのだ。

 たとえば夜、ご飯もお風呂もすませて2階に上がってきて、ふと、こぎれいに片付けられたひと気のない隣室を見たときとか。
 
 アルバムの整理をしていて、実佐と過ごした古い写真が出てきたりしたときとか。

 そのときの心理状況などによってなんだか無性に、寂しくなるときがあるのだ。

 まあ、それも5年も経ったから、もうずいぶん慣れたけれど。

 …いや、ただ慣れたというわけではないのかもしれない。

 たぶん―。

 「あずさのおかげ、だよね…」

 自然と口に出た言葉に、一人、うなずく。

 そうなんだ。
 きっと、彼女のおかげなんだ―と。

 あずさにはこれまで、どんな些細なことでも話してきたし、両親に報告する前のこともいろいろと相談してきた。
 思い返してみれば、秘密というのを持つことも、それほどなかったはずだ。

 …まあ、隠し事をしようとしても、勘の鋭いあずさにすぐに見破られて、口を割らされていた……というのも事実といえば事実なのだけれど。

 でも、それが今―。

 「…隠し事…しちゃってる…のかな」

 つぶやきながら、右手を胸に当てる。

 視線の先―机上には、白いパンフレットが置かれたままだった。正直、自分でもどうしたらいいかわからない、"別の未来"を指し示すパンフレットが―。

 「…」

 左手を上げて、右手に重ねる。
 まぶたを軽く閉じて、熟考しようとしたその時だった。

 トン…トン…トン…

 まずい。
 誰かが階段を上がってくる。
 もたれていた扉から飛びのいて、佐織はあたふたと机に駆け寄った。

 「や、やばいっ!」

 パンフレットやプリントなど、その他もろもろを手に取り、おろおろと左右を行き来する。

 「うわ…わわ……!」

 そしてはたと、そんな自分の混乱ぶりに嫌気がさして、ひとり、突っ込む。

 「何を焦ってるの。…あ、引き出し!」

 焦って、机の一番下にある引き出しに、パンフレットとプリントの束、それからその横にあったゴミ箱から、封筒を取り出した。

 あずさは鋭い。
 変なところで鼻がきくし。
 もちろんそれは、本当に嗅覚が優れているということではなくて、ただ単に勘が鋭いという話なのだけれど。

 それはさておき。

 トン…トン……トン…

 あずさが迫ってくる。
 一瞬だけリズムが落ちたのはたぶん、踊り場を通ったせい。

 「これでよしっと!」

 引き出しを勢いよく閉めて、佐織は、クローゼットにはめ込まれた鏡に自分を映して、深呼吸を繰り返した。

 「すぅーっ、はぁーっ、すぅーっ、はぁーっ…」

 落ち着け、落ち着くのよ、私。
 私は悪いことなんかしていない。だって仕方がないもの、だって、だって―。

 言い聞かせていく視界のすみに、先ほどの引き出しが入り込んで、再び心拍数を上がる。

 封筒の角が、はみ出しているではないか。

 「わ!」

 あたふたと駆け寄り、中へと押し込む。

 直後、鏡の前で、寝ぐせのチェックをしたところで―。

 コンコン

 「き、きたっ!」

 びくっと肩が上がる。

 ノック音に続いて、はずんだ声が尋ねてきた。

 「佐織ちゃん、入ってもいい?」

 「はっ、はいぃっ、どーぞ!」

 反射的にベッドに座って、入ってきたあずさに小さく手を振る。
 この位置なら机も斜め前に見張っていられるし…、大丈夫、引き出し対策は万全――なはずなのだけれど。

 「や、やっほー」

 だめだ。一瞬の沈黙も耐えられずに、いきなり声が裏返ってるし。
 案の定、あずさが眉根を寄せて、怪訝そうにこちらを見つめていた。

 「…どうしたの。佐織ちゃん、何か変」

 「そ、そんなことないよー」

 「そう? ま、いいけど」

 胸の鼓動が高鳴るのと、額にうっすらと汗が浮かぶのを感じている佐織の膝先を通って、あずさは学習机の椅子に腰掛けた。

 「おじゃましまーす♪」

 さきほどのやりとりを思い出したのか、ふいに唇のはしを上げて、目を細めた。

 「ね、聞こえてた?」 

 尋ねられて、あいまいに笑みを浮かべてうなずくと、あずさは上機嫌で続けた。

 「いやー、すごいわよね、おばあちゃんってば。いじけていた実佐ちゃんには悪いけれど、まだまだレベルが違うって感じ。ちょっと感動しちゃったわ」

 笑いながらいったん立ち上がり、背もたれの向きをきちんと後ろ側にして座りなおす。
 自然と、佐織と向かい合うのは、いつもと同じ位置関係だ。

 それでいて、今日はどこかが違う気がする、というか―。

 「そ、そうだね~」

 どこか浮ついた相槌をうって、ふと、思い返す。

 そういえば先ほど、あずさが持ってきたみかん。
 あれは確か、お昼前に届いたと言っていたっけ。
 そしたら、もしかして、あのみかん箱は――パンフレットと同じ車で運ばれてきたのだろうか。

 みかんとパンフレットがそっと寄り添って。

 その図を想像して、佐織はうつむいて笑いをかみ殺した。その風景、なんだかちょっとオモシロイ。

 「ふふふ…」

 予期せず漏れた笑い声に、あずさが、解せないといったようにこちらを見た。

 「何?」

 慌てて佐織が首を振る。

 「別に。ちょっと昨日のお笑い番組を思い出してただけ」

 「…昨日? ああ、あの面白くないって文句ばかり言ってた、あれ?」

 しまった、そうだった。
 アレで思い出し笑いするだなんて、ありえない。

 佐織は自分の“ごまかしスキル”のなさに、苛立ちを覚えた。

 『私のばか、ばか!』

 言葉には出さないけれど、心の中で地団駄を踏んで。

 ―というのも。
 普段は大人しそうに思われがちな佐織だが、こう見えて、お笑いは大好きでなおかつ、厳しいのだ。だからこないだの旅行だって、関西地方にしたわけで。

 つまり、いろいろとアンテナ張って、目も耳も通しているわけなのだ。

 そんな自分だから、見る目も肥えていて、昨日も、家のリビングであずさ相手にあれこれぼやいていたような気がする。

 「ちょっとー…。この質で、期待の新人って字幕はないわよねー」

 とか、

 「始めは良かったんだけど、あとがダルダルでダメねー」

 とか。

 とにかく、酷評ばかりしていたような気がする。

 『駄目じゃない、私!』

 動揺して顔が火照るのを感じながら、両手でパタパタあおいだ。

 「いやー、今日はちょっと暑いわねー。暖房が効きすぎてるのかな?」

 なんて、今更、苦し紛れの言い訳なんかしちゃったりして。

 その真意を察しかねたのか、まじめなあずさは、机の上のリモコンを手に取る。

 「23度だけど…。そんなに暑いかなぁ?」

 なんて首をひねりながら、リモコンの先を暖房へ向けて、何度かボタンを押した。

 しかし、暖房はうんともすんとも言わずに、風を送り続けていた。

 「ん? 電池切れかな?」

 首をひねりながら、あずさはリモコンをひっくり返す。ふたを開けて、電池を取り出そうとしたとき、その顔に笑顔があふれた。

       ~次回”ターニングポイント8”に続く~

 ↓三倉あずさのラフスケッチ(髪型・顔の輪郭等の変更前) 藤崎聖・画

三倉あずさラフスケッチ(髪型変更前
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ターニングポイント~6~

 踊り場でくの字に折れた階段の下では、3人が依然として立ったまま会話を繰り広げている。
 それを見下ろしながら、首をかしげる佐織を残して。

 「あずさ、何でシチューだってわかったんだろ?」

 すると、まるでその独り言が聞こえていたかのようなタイミングで。

 「はい、おばさん」

 あずさが曖昧な笑みを浮かべつつ、手首にぶら下げていた買い物袋を差し出す。その態度を一瞬だけ訝しがった後、お母さんは口元をおさえた。

 「あら、これ…」

 「これ、車庫の前に置きっぱなしにしてあったよ」

 受け取りながら、お母さんは口元の手を頬へと移動させる。

 「やだわ。さっき車から降ろして、そのまま忘れていたのね」

 そういえば―と、階段の手すりに頬杖ついて佐織は思い出す。

 『お母さん、さっきまで外にいたんだっけ。お友達に会って買いものに行くとかで』

 そう、あれは確かお昼過ぎだったろうか。佐織が資料を読み漁っているとき、玄関から声をかけてきたっけ。

 「帰りに夕飯の材料、買ってくるから。あ、今日もドーナツいるー?」

 とか、なんとか。
 それで佐織は、大げさに顔を引きつらせつつ返事したのだった。

 「もういいよぉ~…。これ以上食べたら、ドーナツになっちゃう~!」

 ここ何週間か、ずっとドーナツ屋さんに通っていたから。
 数週間前の学校帰りに、ちょっと足を伸ばして通りかかったお店で、景品として店頭に出たスケジュール帳に一目惚れしてしまって。

 その日からドーナツを食べて、食べて、食べつくして。
 そうやってついには家族まで巻き込んで、ポイントを集めていたのだ。

 そして無事、お目当ての黄色いそれを手にして…気分はまさに感無量。

 『このぶんだと来年はいい年になりそう♪』

 そう思いながら、大事に大事に抱きかかえてお店を後にしたのだった。

 って……あれ―?

 「ん、今何の話してたんだっけ?」

 どうやら何分か脱線していたみたい。
 
 またやっちゃった・・・。
 話を聞くために、こんなにコソコソしているのに―と、佐織は頭をぽりぽりかいた。 

 そして当然のごとく、階下の話題は進んでいた。

 「ちょっと失礼~」

 お母さんの照れ笑いがひと段落したところで、実佐がお母さんの手にある買い物袋を拝借して、中身をチェックしていた。

 直後―。

 「やっぱりね」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、買い物袋を返却した。

 「やっぱり…ないね、ジャガイモ♪」

その言葉を耳にして、佐織はある感想を抱いた。

 『し…しつこい…』

 もう終わった話だったと思っていたのに。どうやらまだ、あきらめていなかったらしい。

 そんな妹の頭のてっぺんに、“買物”の2文字が浮かんでいるように見えた。

 「そうねぇ~…」

 お母さんが困ったようにちらりと、靴箱の上に飾られた時計を見る。

 実佐のカバンはいつの間にか玄関の上がりかまちの隅に、本人の指先はドアノブにかけられていた。
 そのまま体をひねるようにして、上目づかいに輝く瞳を向けてくる。

 「ねーぇ?」

 瞬間。
 佐織は息をのんだ。

 「うわ、久しぶりに来たよ…………!」

 昔から実佐は、甘えん坊で―…おねだり上手だった。
 それもそんじょそこらの女子にはかなわないほどのレベルの―。

 「いこーよぉー、おかーさぁん♪」

 さすがは、実佐。
 町から離れようとも、全寮制の学校へ入れられようとも、ちっとも衰えてなんかいない。

 辺りの雰囲気を変え、自分に注目させ、そして望みを叶えさせる”おねだりスマイル”のパワーは―。

 あーあー……。
 もう、ダメだ。お母さん、ほほがゆるんでいるし。あずさはかろうじて理性を保っているようだけれど、あいかわらず存在感消しているし。

 まあ、“人のイベントは蜜の味”な彼女が、騒動(?)の矢面に立ってくれるとも思えないけれど。

 現に今も。

 「あらら~…」

 なんて、優等生スマイル浮かべてるし。
 そんな親友に佐織は、

 「楽しまないでよ、もう。お夕飯が遅くなるでしょっ?」

 と、注意したいけれど、階段の上と下では聞こえるはずもないし。いまさら、降りていくのもちょっと気まずいというか・・・。

 久しぶりに会う娘の必殺技に、あっけなくやられてしまったお母さんはほうっとため息をついた。

 「もう、仕方ないわねぇ…。30分だけよ? それを越えたら、絶対に帰ってくるわよ?」

 30分?
 あの実佐を連れて?
 ショッピングセンターに行って、帰ってくる?

 そんなの無理無理! 絶対ありえない!

 だけど。
 佐織はうつむいた。

 「ジャガイモ・・・・・・欲しいよね・・・」

 とろけるようなあまーいシチューに、ほくほくのジャガイモがあるのとないのとでは大きな違いがあるわけで。

 お母さんが作ってくれるシチューと聞いたときから、体はもうジャガイモを食べるスタンバイを完了しているわけで。

 「ん~~………どうしよぉ~~……」

 特に意見を求められたわけではないけれど、佐織はひとり、頭をかかえた。

 ここは姉として、妹に注意すべきなのだろうか。
 きっちり、しっかり、たっぷりした尊厳を持って。

 階段を下りながら、

 『実佐、あなたはジャガイモを買いに行ってはいけないのよ』

 なんて、歌劇団ばりの発声で雄々しく、美しく降りていった方が―・・・。

 「……って、何、そのリアリティのないセリフは~~!?」

 考えて考えて結局何も出来なくて。

 「うぅ~・・・・・・」 

 佐織は壁にもたれて、ずるずるとしゃがみこんだ。
 尊厳あるセリフなんて、1個も思いつかない。これでもお姉さんなのだ。 

 久しぶりに会った妹に、そこんとこビシッと言ってやりたい。

 でも、だけど―。

 と、悩みに悩んでいたところへ再び玄関の扉が開いて、また1人、家族が帰ってきた。

 「ただいま戻りましたよ」

 ゆったりした優しげな声は…間違いない、おばあちゃんだ。
 孫の自分が言うのも何だけど、とても優しくてそれでいて厳しい、素敵なおばあちゃんだ。佐織が将来、こんな人になりたいなーって思うくらいに。

 「あら、実佐ちゃん。おかえり」

 シワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして、おばあちゃんが微笑む。

 こちらは名づけて“癒しのスマイル”―。
 年を重ねて得た深みと、慈愛のパワーを持っている。

 その中でたっぷりの愛情を向けられて、実佐は必殺技の最中なのを忘れていつも通りの弾けんばかりの笑顔を浮かべた。

 「ただいま、おばあちゃん♪」

 「あっちは寒くなかったかい?」

 「大丈夫。施設はお金がかかっているみたいだから、山奥の割には底冷えもないし」

 「そう。それは良かったねえ」

 「うん♪」

 のんびりしたやりとりに、辺りがおだやかな空気でいっぱいに……なったところで。

 「あ、そうそう」

 おばあちゃんは何か、ガサガサとビニールの買い物袋のようなものをお母さんに差し出した。

 「はい、佐和子さん」

 「ま、お義母さん、これは…?」

 ガサガサと広げて、お母さんは思わず、あっと声を上げる。おばあちゃんがにこにこと付け加えた。

 「お友達のヨネさんちの畑で取れたらしくてね。おすそ分けしてもらったんだよ」

 「・・・・・・」

 実佐の沈黙が、何かを予感がさせる…。

 どうやら佐織の出番はなさそうだ。ゆっくりとその場から離れて、静かに自室に戻る。

 そっと閉めたドアの向こうから、お母さんの言葉が響いてきた。

 「美味しそうなジャガイモ。さっそく今日の夕飯に使わせてもらいますね」

 こうして、実佐の小さな野望は砕けて散ったのだった。

       次回”ターニングポイント7”に続く

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ターニングポイント~5~

 「たっだいま~♪」

 懐かしい声が、耳に届く。
 思い出しかけたことに蓋をして、佐織はつぶやいた。

 「…あ、実佐だ」

 口にして、それがずいぶん久しぶりなことに気がつく。
 別にケンカをしているわけでも、気まずい仲なわけでも何でもないのに。

 なんだか変な気分―。

 佐織はふと指を折って、数えてみた。

 「私が中学2年…3年…1年…2年……3年…。5年かぁ…」

 実佐が家を出て、約5年。
 佐織は自分が、彼女を抜いた家族4人の暮らしに、すっかり慣れてしまっていることに少しばかりショックを受けた。確かに最初は、さびしいと思う気持ちがあったはずなのに。今はそれすら忘れてしまった、というか―。

 「なんだかちょっと・・・・ひどくない・・・私?」

 妹なのに――。

 ベッドの上でゴロゴロしながら、白い壁に“みさ”と書きながら、かけがえのない妹のことを思い出していた。

 神崎実佐、17歳―。
 彼女は佐織と同じフワフワの毛質で、背中まで届く長い髪を結わえたポニーテールがトレードマークの高校2年生だ。まあ正確には、今、通っている学校では規則上、5年生という扱いになっているらしいけれど、それはおいといて。

 彼女はどちらかといえば保守的な姉とは違って、流行やファッション、それからお菓子大好きのいわゆる“ミーハー”で。付け加えるならば、貯金という言葉を知らない。

 …と、この時点で、姉である自分とはあまり共通の話題がないように思えるわけだけれど、さらに性格も違っていて。

 基本的に甘えん坊で、なおかつ、おねだり上手。
 
 それらの特性を生かして昔から自分の望みを叶えるために、しょっちゅう両親や祖父母の家を回って、お小遣いをおねだりし続けていた。

 そしてしまいには、親戚巡りなんかも始めちゃって。
 そうやって、お金の遣い方をどんどんエスカレートさせていったので、お父さんもお母さんもものすごく焦って、考えたのだ。

 「このままじゃ、とんでもない大人になってしまう…」

 って。

 それでああでもない、こうでもないと策を練り上げた末―。
 2人は、彼女を県境にある全寮制の中高一貫教育校に入れることにしたのだ。

 「制服がすごく可愛いのよ~。ほら、このパンフレット見て♪」

 とか、

 「校舎も改築したばかりでキレイよね~。いいなぁ、カッコイイわ~」

 なんて殺し文句並べて、実佐の気持ちをどんどんヒートアップさせて。

 そうやって頑張って勉強した甲斐あって、彼女はめでたく合格した…のだけれど。

 「う、うそ…」

 入学式のその日、実佐は愕然とした。

 可愛い制服に袖を通した彼女を迎えたのは、確かに真新しくて洗練されたデザインの校舎で。いかにも、実佐の好きそうなドラマに出てきそう…だったんだけれど、周辺は、ひたすら豊かな自然ばかり。

 コンビニ、ショッピングセンター、雑貨屋さんなどなど…。

 実佐の大好きなものはどれも、バスと電車をいくつも乗り継がなければたどり着けない場所へと遠ざかってしまっていた。

 入学してから初めての休みに、実佐が戻ったとき。

 「”深窓の令嬢”みたいじゃない。きっと将来、モテモテになるわよ」

 なんて、お母さんが慰めていたのが忘れられない。目にいっぱい涙をためていた実佐の、ものすごーーく凹んだ姿も。

 「それをいうなら、”深緑の令嬢”でしょ。まわりに家一軒ないのよ。本当に何もない。まるで巌流島よ!」

 あわれ、妹よ…。
 というか、巌流島なんて言葉を知っていたんだね。宮本武蔵と小次郎が対決したあの島の名前を。いつも流行とファッションの話ばかり話題にしているから、そんな名前知らないかと思ってたよ、お姉さんは。

 なんて、もらい泣きしたのも今や懐かしい話で。

 5年目になると要領もよくなってきたのか、最近は図書委員会に入るなどして委員会活動に勤しんでいるらしい。もちろん、人様のために便利な施設を…なんていう大層な考えは微塵もない。

 冬休みだったか、帰省してきたときに言っていたっけ。

 「私が好きな雑誌を図書館に置いてもらったの。でね、貸し出し記録を見て、同じ趣味の子たちと友達になって、サークル作って情報交換してるんだ♪」

 今の環境で出来る楽しみをしっかり見つけ出して、実佐は日々を謳歌している。
 まったくちゃっかりしているというか、なんというか…。

 そんな妹が、冬休みを迎えて家に戻ってきたらしい。

 「あずさお姉ちゃん、久しぶり♪」

 はずんだ声が、数ヶ月ぶりに玄関に響く。
 7箱目の段ボール箱がもたらした重苦しい空気が、一気になごやかなものへと変化した。

 「あら、早かったわねー。お母さん、駅前まで迎えに行って、一緒にお買い物しようかと思ったのに」

 “お買いもの”の言葉に、実佐が小さく歓声を上げ、そのまま即答した。

 「いいよ。行こう」

 カバンを持ったまま、玄関のドアノブに手をかける。もう、今すぐにでもドアを開け放して飛び出して行ってしまいそうだ。

 そのあまりのわかりやすい態度に、お母さんが苦笑いする。

 「言っておくけど、駅前のスーパーしか行かないわよ? ジャガイモ欲しいだけだから」

 すると実佐は露骨にテンションと、ついでにカバンも一緒に床に落としてしまった。

 「えーーー…。ショッピングセンターにしようよー」

 ちなみに駅前のスーパーより、ショッピングセンターは1キロほど遠い。お母さんはきっと車で行くのだろうから、どちらにするかは…まあ、微妙なところだけれど、今回のケースなら、どう考えても前者に決まりだろう。

 なぜって、同伴者が実佐だから。

 久しぶりに町へと戻った彼女がショッピングセンターなんか行ったら、もう大変。自動ドアの向こうに足を踏み入れた瞬間から、ジャガイモのことなんて忘却の彼方にいってしまうこと間違いなし。

 閉店間際まで何時間もうろつくはめになることは目に見えている。

 心の奥底で我慢していた何かを覚醒させて、大喜びで歩き回って―。

 「わーっ。これ、超可愛いーー♪」

 とか、

 「やだ。あれ、カッコよすぎー! 着てみるー♪」

 とかいう具合に、あちこちひたすらウロウロウロウロ。

 そして―。
 そう思ったのは、どうやら、いつの間にかドアに耳をつけて様子をうかがっていた佐織だけではなかったようで。

 「駄目よ。早く買って帰って、夕飯を作らないと。今日はお父さん、実佐に会うために早く帰ってくるって言ってたし。おばあちゃんだって、もうすぐ戻ってこられるはずよ。…あ、あずさちゃんも食べていけるわよね?」

 話をふられて、あずさが答える。

 「ええ。おばさんのシチューって美味しいもの」

 優等生モードで、この場にふさわしい回答をするあずさ。どうやら無難なことを言って、この場から存在感を消す作戦に出たようだ。
 
 …もちろん、お母さんは赤ちゃんの頃からあずさを見てきたわけだから、それも見抜いているはずで。

 「ありがとう。そう言って貰えると、作りがいがあるわ」

 妨害されないと確認して、余裕たっぷりに笑っている。

 それを聞いて、佐織は小さく手を打った。

 「やった。今日はシチューかぁ♪」

 お母さんのレシピはかつて、あずさのお母さんが作ったというとっておきのものだ。ちなみに、すごーくまろやかで程よい甘さで・・・何よりすっごく美味しい。

 それを思い出して気分が上がったついでに、佐織はなんだか様子が気になって、ついにドアをゆっくりと開けて、手すり越しにこっそりと下を見、首を傾げた。
 
 『あれ…、そういえば。お母さん、今日の献立がシチューだって言ってたっけ?』

 踊り場でくの字に折れた階段の下では、3人が依然として立ったまま会話を繰り広げていた。

       次回、”ターニングポイント~6~”に続く

KCGウェブ小説ログイン(神崎美佐)
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ターニングポイント~4~

 その日の夕ご飯前―。

 「こんにちは、おばさん♪」

 「あら、あずさちゃん。いらっしゃい」

 階下で、2人の話し声が聞こえてくる。
 耳になじんだはずの声が、一瞬、誰だかよくわからなかったのは、たぶん、意識がハッキリしなかったせい。

 現実なのか、それともまだ夢の中なのか―?
 どこか虚ろな気分のまま、佐織は寝返りをうった。

 「ふわぁ~、あずさが来はのね~」

 自然と出たあくびに包まれて、奇妙なつぶやきを漏らしてしまう。
 あぁ、ほんのちょっと休憩するつもりだったのに、なんだかウトウトしてしまったみたい。

 ころんと寝返りを打った視界に机上の携帯電話が飛び込み、ふと佐織は先ほどのメールに、まだ返事を送っていないことを思い出した。

 “今…なにしてる?”

 という、短い内容に対する返事を。
 
 まあ正確には、一度メールを打ちかけたんだけれどね。そこでいろいろなことに気がついて、あわてて取りやめて。それでそのままになっていたのだ。

 ――と。

 そこまで振り返って、佐織は一瞬、今すぐにでも起き上がってメールしようかと身構えた。

 …のだけれど…。

 それだとちょっと変。…というか、慌てて返事をしたのがまるわかりだ。今、すぐそこに迫っているから、とりあえず返事だけしましたよって―。

 さて、どうしよう――?

 再び横になって、ころころと寝返りを打って。

 「うん」
 
 佐織は一人、小さくうなづいて結論を出した。

 「とりあえず、放置」

 さっくりと声に出して言いきったら、意外とスッキリしてしまった。これで一件落着、みたいな―。
 
 そんなふうに納得してしまったので、佐織はもう少しごろごろすることにした。別に心配することはない。メールの返信が遅れたからって、気まずくなる間柄でもないし。

 玄関から2階が吹き抜けになっているからだろうか。聞くともなしに、階下のやりとりが耳に入ってきた。

 「兄がみかんを送ってきたので、おすそ分けに来ました」

 ドサッと何かを置くような重い音がして、段ボールのこすれる音がする。お母さんのちょっと控えめな歓声が続いた。

 「あら、みかん。今度は敬一郎さんかしら? 確か今回はまだ、送ってきていなかったわよね?」

 だんだん声のトーンが下がっていくのは、正直言って、あまり嬉しくないから。

 どうやらあずさは、みかんを箱ごと持ってきたようだった。

KCGウェブ小説ログイン(三倉あずさと佐織母)

 「うへぇ~~…本当に?」

 ガックリと枕に顔を埋めたのは、2階の自室にいる佐織。やっと終わったと思った日々が、また戻ってくると思ったら…愕然としない方がおかしいだろう。

 それはお母さんも同じらしく。

 「あらあら・・・」

 困惑以外の何物でもない言葉を発している。
 すると、持ち込んだあずさ自身も、その反応は予想済みだったらしく、パチンと手を合わせて懇願した。

 「ごめんなさい、おばさん。これで全員だから…。協力して、ねっ?」

 「もお…」

 沈黙と一緒に、微妙な空気が流れていく。

 …というのも、先日。
 つまり、2人が旅行に出ていた間のこと。
 家人のいない三倉家の代わりに、お隣の神崎家には特大サイズのダンボール箱が次々に届けられていたのだ。

 その数、なんと6箱。

 差出人はすべて、あずさのお兄さんたちだった。ちなみに彼らは全員で7人いるから、あずさが家を留守にした間に、そのほぼ全員がこぞって送ってきてくれたことになる。

 その理由は――あずさが推測するに、こういうことらしい。

 「旅行前の電話でね。『風邪が流行ってるから気をつけて』って言われたの。それで私、『大丈夫。風邪予防にみかんを食べているから』って答えたの。柑橘系、好きだし。で、たぶん、こうなったんじゃないかなーと…」

 旅行から戻った当日のこと。
 出迎えてくれた段ボールの山に圧倒されつつ、苦笑いするあずさの解説を拝聴して、佐織は納得したのだった。

 「また、このパターン…ですか………」

 …と、カバンを取り落としながら。

 まあ、別に珍しい話ではないんだけれどね。

 というか、日頃から、こういうことはよくあった。

 『元気にしているか?』

 『何か欲しいものはないか?』

 『どこか行きたいところはないか?』

 などなど…。数え上げればキリがない。
 ほとんど家にいないお父さんと暮らす妹のために、お兄さんたちは常に妹を気遣い、その望みを叶えようとしてきた。

 …なんて、それだけ言うなら、よくある美談で終わってしまうかもしれないけれど、三倉家の場合はちょっとレアなケースで。
 
 お兄さんは7人。 
 だから、贈り物も7つ届けられるのだ。

 そういうわけでこうして、贈り物がかぶってしまうことも少なくない。…というか、かなり多い。
 まあ、完全なるご厚意なわけだから、贈られるあずさはいつもニコニコと受け止めているけれど…余波を受けることになる身としては、ちょっとくらいやんわりと断ってくれたらなーと思わないわけでもない。

 実際、言えないけれど。

 誰も言わないのなら、何かが勝手に変わるということはあり得ない。

 そういうわけで、時代は流れ続けて…それが今回は、みかんだったと―。そういうわけなのだ。

 「ふう…」

 ごく近い未来を想像しつつ、げんなりしながらもあずさの解説を聞いたあと。佐織は落ちたカバンを玄関の上がりかまちに移動させて、2人並んで靴を脱いだ。

 「いつもと同じだね」

 「そう。同じよね…」

 言葉とは裏腹に淀んだ瞳のままで―。

 『あぁ、どうするのよ…みかんって、熟すの早いのに!』

 なんて抗議したい気持ちを抑えて、顔を上げ、段ボールのふたをあけて中身をのぞきこむ。
 無意識のうちに声が漏れた。

 「あぁーーー…、ちゃんといっぱい入ってるぅー……」

 というわけで、今回も、戦いが始まった。

 佐織が旅行の荷物を片付け、いったん家に戻ったあずさも共にすることになった夕食の前―。
 
 ダイニングテーブルで、お母さんが電卓で計算したノルマは、1人15個だった。もちろん、トータルではなく1日の量である、念のため。

 「多っ!!」

 思わず悲鳴を上げた佐織に、お母さんが壁にかけられたホワイトボードを指し示す。
 
 普段は買い物リストとか、ちょっとした用事が書いてあるのがすっかりキレイにされて、代わりにはぎっしりとご近所さんの名前と、渡す数が記されていた。

 「さすが…。おばさん、仕事が早い…」

 目を丸くしているあずさに、お母さんが腕まくりして微笑む。

 「ありがとう。こういうときのために、ちゃんとリストを作っているからね。お裾分けする人とその個数の比率と。計算が出来上がってるから、すぐに数が出せるのよ」

 「さっすがー!」

 「うふふ♪」

 すっかりその気になっているお母さんに、佐織は挙手した。

 「先生、質問」

 「はい、神崎さん。どうぞ」

 「…って、お母さんも神崎さんじゃない。ま、いいや。ねえ、この計算が完璧なのはわかってるけど…その…やっぱり、1日15個って多くない…?」

 「多くないわよ」

 ズバッと切り捨てるお母さんに、佐織はなおも食い下がる。

 「せめて10個にしない? いや、出来たら5個とか……もっと出来たら1個とか…。その、ねぇ…?」

 上目遣いで手を組み合わせて、祈るように見上げる。なぜって、佐織は柑橘系が苦手だから。
 まあ、食べれないことはないんだけどね。好んで口に入れるほどでもない。幼稚園児だった頃、冬のとっても寒い日にお風呂に浮かんでいた柚子をかじって以来、ちょっと苦手になってしまったのだ。

 そしてそれは、ここにいる2人も知っている………はずなのに。

 「15個にしましょう。あずさちゃん?」

 「そうしましょ、おばさん」

 「え、え、え?!」

 動揺する佐織を置いてけぼりにして、ホワイトボードの隅に書き込んでいく。

“家族は1日15個ずつ、食べること”

 「ひどいーーー…」

 涙目になる佐織をよそに、食後、みかんはきっちり15個、それぞれの前に配られたのだった。

 それから数日後の今日―。
 ようやく食べきり、配りきり、なんとかみかんバトルから生還した神崎家に、またもや新たな箱がもたらされた、と。

 つまり、そういうことなのだ。

 「あははははー・・・。ね、お願い。おばさん♪」

 あずさの苦笑いが、階下の空気をさらに微妙なものにする。

 その足元にはおそらく、段ボール箱があるはずだ。みかんがいっぱい入った7箱目の。
 
 「えーっと・・・」

 お母さんが半ば、うなるようにしてつぶやいている。
 そりゃあ、いくら柑橘系が好きだからって、正直うんざりするだろう。いや、うんざりを越えて、もはやしんどいと言ってもいいかもしれない。

 でも、あずさの家には、ほかに食べる人がいないから。お父さんは仕事で留守がちだし、お兄さんたちは独立してそれぞれの場所に住んでいるし、それにお母さんは―。

 「…あ」

 ベッドから体を起こして、壁にかかったカレンダーを確認する。
 一昨日はあずさの誕生日。そして明日は…確か―。

 「おばさんの…」

 思い出しかけたことを、階下の物音が吹き飛ばす。
 玄関のドアが開いて、数ヶ月ぶりにあの子の声が響いたのだった。

 「たっだいま~♪」

       次回、”ターニングポイント~5~”に続く

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ターニングポイント~3~

 ぶるぶるぶる……

 「ひゃっ!」

 奇妙な物音に現実へと舞い戻る。

 机の上―。
 広げられた本の下から、一定のリズムを刻み終えた携帯電話がちょこんと顔を出していた。

 「あ…。なんだ…」

 ほっと胸をなでおろして本を閉じる。
 折りたたまれた携帯の小さなディスプレイに“Eメール受信”の文字を確認して、ささっと開く。

 差出人は、あずさだった。

 “今…”

 というシンプルなタイトルのあとに続く本文は。

 “なにしてる?”

 と、これまたシンプルな内容。

 それに応じて、こちらも返事を打っていく。

 “RE:今…”

 とのタイトルで、状況を文字に起こしていく。

 “今はね…。頼んでいた資料が届いて、今、見てるところ。ほら、旅行で寄った学校があったでしょ。そこにね資料を”

 と、そこまで親指で打ち込んだところで。
 佐織ははたとその動きを止めた。

 「え?」

 ちょっと待って、私。
 心の中で自分に呼びかけてみる。

 「もしかして今……私、妄想特急ってなかった……?」

 携帯電話をパタンと閉じ、両手を頬に当てて凍りつく。

 ちょっと待ってよ、私。
 いったいどこへ進もうとしているの???

 愕然とする脳裏で、この数日の出来事が蘇った。

 「えっと……整理しよう…」

 椅子に腰かけて、携帯を机上に置き、佐織はあごに指をかける。
 携帯の下で古いストラップが光ったのを見つめながら、佐織は記憶をたどり始めた。

 資料を請求したのは………、そう。旅行から戻った翌朝だった。

 旅行で訪れた京都で、ひょんなことである人に会って。その人は推定20代前半で、黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白めで、でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じで。結構、頼りがいのありそうな人だった。

 「えへへー……」

 顔を赤くして、再び両手でほほを包み込む。

 ………って…あれ?

 「あぅ…」

 考え始めて数分もたたないうちに脱線したのに気がついて、ガックリとうなだれる。

 でも、ここで自己嫌悪に陥っていても仕方がないので…先に進む。

 えっと、…そうそう。
 その彼との出会いがキッカケで、佐織は観光地とはかけ離れたところへ行くことになった。

 その名は京都コンピュータ学院。
 略してKCG。京都、コンピュータ、学院だからKCG。
 …って、それ自体は、資料請求をする段階になって初めて知ったのだけれど。

 その時、つまりひょんなことで校舎の入り口に立った時は、そんな知識はまったくなく。

 とりあえず、人々が楽しそうに何かのイベントの準備をしていて、サンタさんの格好をした人がそこにいて、それで思ったのだ。

 『楽しそうだなー』

 って。

 「ん……?」

 そこまで振り返ってみて、佐織は首を振った。

 ううん、それだけじゃない。
 ふと、気になったのだ。何ていうか……気持ちの中にドキドキするような…それでいてちょっぴり緊張するような“何か”が生まれたというか。

 そう。
 それが何かを確かめたくなったのだ。
 飾り付け前の寂しげなツリーに重なったはずのものも―。

 …とは言っても。

 京都にある専修学校と、内部進学でN大学へ行く自分とは、どう考えても道筋が交わるはずもないけれど。そんな学校に、資料請求するのはいろいろな意味でちょっと後ろめたかったけれど。

 確かめたいからこそ、申し込んだのだ。

 それが2日前のことだった。

 なのに、それがいきなり、“あの学校はここには、ない。電車を何度も乗り継いだ、遠く離れた町にあるのだ―。”ですって?

 「なにをぶっ飛んだことを考えてるのよ~~~」

 へなへなと膝から崩れ落ちて、向きを変えてベッドに突っ伏す。柔らかい感触と、太陽の匂いがふんわりと顔を包み込んだ。

 自分はN大学に行くのだ。
 だって、系列の女子高にいるし、地元が好きだし。この街も人々も家族も、みんなみんな大好きだし。
 離れる理由なんてない。

 …のだけれど。

 「あ」

 一瞬、心に浮かんだあの景色に、佐織が眼を見開いた。

 クリスマスツリーに飾り付けをするあの人と、その周辺にいる人々の笑顔―。
 本当に楽しそうで……そしてあの寂しげなツリー―。

 「まいったな…」

 つぶやいて、佐織は顔を横にした。
 自室のドアを見つめながら、しばらく頭を空にして。

 「よいしょっと…」

 女の子らしからぬかけ声とともに起き上がり、のろのろとベッドに乗り上げる。

 「休憩、休憩♪」

 いろいろ考えることや、見つけたいことはあるけれど、それもこれもこう疲れていては、たどり着けないはず。

 佐織はそのまま横になって、ベッドサイドにあった読みかけの文庫本を開いた。

       次回、”ターニングポイント4~へ続く

↓神崎佐織のラフスケッチ(髪型変更前) 藤崎聖・画

神崎佐織ラフスケッチ(髪型変更前)
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ターニングポイント~2~

 トン…トン…トン…
 
 降りたときとは、まるで真逆―。
 そんなゆっくりした足取りで、階段を上がっていく。
 
 できるだけ自然に、いつも通りに聞こえるように。それでもってなおかつ、早く自室に戻れるように…。

 胸に抱いた封筒に、ぎゅっと力をこめて。
ソロソロ上がって、踊り場を経て、またソロソロ上がって。

 そんなゆっくりした動作を経て、佐織は自室の扉の前に立ち、そして後ろ手にそれを閉める。
 無意識のうちに、ため息がもれた。

 「ふぅ~~、危なかった~~!」

 ようやく自分だけのテリトリーに来て、ほっと力が抜けていくのを感じていた。

 そりゃあ確かに資料を請求したときは、自分以外の人が受け取るかもしれないなーって思ったりしたけれど…まさかそれが本当になるだなんて。

 久しぶりに血の気が引いたというか、心臓が飛び出しそうになったというか。とにかく、佐織はかなり焦っていた。

 というのも、12月も残すところあと数日の今日―。

 今のところ佐織を知る人すべてが確実に、彼女は系列の大学へ進学するものと思っている。

 いや、佐織自身もそう思っている。

 けれどあのときから、どうしても気になったというか、引っかかったというか…。自分の中に、そう簡単には解せなさそうな何かが浮かんできたから。

 それを確かめたくなったのだ。

 まあ、あのとき、呆然と立ち尽くしている佐織を見つけて、パーティ(?)の関係者らしき学生さんたちが話しかけてきてくれたから…、あのときそこにとどまれば、その“何か”が見えてきたかもしれないけれど。
けれど、そこから先へ進むことができなかったから。確かに何かを感じたのだけど、それが何かわからない以上、先に進むのが怖かったから。

 だから思わず、頭だけ下げて帰ってきたのだ。
 目的だった、星を渡すことも忘れて。

 それで星は今、自分の机の上に置いてある。もうクリスマスは終わってしまったから、ここに飾ってあるのもおかしな話なんだけど。

 「さて、と」

 引き出しからハサミを取り出す。
 封の隙間にそっと差し込むと、中には思いのほか、いろいろなものが入っていて、傷つけないように切るのに少しだけ時間がかかった。

 パチン…

 端まで切って、中を開く。
 少し厚めの冊子が2冊に、薄いのが1冊。それからプリントのようなものが何枚かと、ハガキが1枚。

 「わぁ」

 あまりにたくさんあったものだから、ひとつずつベッドに並べてみた。

 「へえ~。結構、あるじゃない」

 つぶやいて、一番分厚い冊子を手に取る。

 真っ白い表紙が、あの建物を思い出させた。

 「さーて、何が書いてあるのかな?」

 一文字一文字、きちんと目を通していく。根っからの文系だからIT用語なんて、あんまり知らない。というか、実は苦手意識の方が強い。
 でも、あの日、あの人とあの学校に初めて出会って。それで気になってしまったから。
 
 そのモヤモヤした気持ちをクリアーにしたい。

 その一心で、机のそばにあるノートパソコンの電源を入れる。
 ごくたまにネットサーフィンするくらいにしか使ってないから、検索サイトにたどり着くにもそれなりに時間はかかったけれど、それも楽しい。
 そうやって1つずつ1つずつ、わからないことがわかっていくのが心地よかった。

 その動作を繰り返しながら、どんどん読み進め、そして―。

 ベッドに広げたすべてをサイドボードに積み上げた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。

 封を開いたのはお昼過ぎだったのに。

 椅子から立ち上がりながら、佐織は頭をかいた。

 「これでちょっとは、IT専門家に近づけたかな?」

 ちょっとテレて、窓を開ける。暖房で火照った体に冷たい風が心地よい。そのゆるやかな外気に身をまかせながら、佐織はつぶやいた。

 「どうしよう・・・」

 目前に広がる、18年間暮らした景色。
 これまでもこれからも変わらずそばにあり続ける、そう思って疑わなかった景色が、今、そこにあった。

 ふと、佐織の顔から笑みが消えた。

 「…。どうするんだろう、私…?」

 見慣れた町並み、道、家々―。
 ずっと遠くには、今通っている学校もある。これまで通った中学校も、小学校も、幼稚園も。みんなこの町の中にある。そしてこれから通おうとしている大学も。

 だけど―。

 佐織はため息をついた。

 あの学校は…ここには、ない。
 電車を何度も乗り継いだ、遠く離れた町にあるのだ―。

 今日の午後からずっと資料を読み続けて、そこがどういう学校なのかということはわかった。KCGというのが、京都コンピュータ学院の略称ということから、学科のこと、キャンパスライフのこと、その他いろいろなこと ―それから…。

 そのKCGが、なぜだか、どんどん気になる存在になってきているということも。

 『けれど…』

 佐織はうつむく。
 自分には未来があった。
 誰もが信じて疑わない、自分の未来が。文字通り、目の前に広がっていた。

 それを投げ打って、まったく予想もしてなかった未来へ…進めるのだろうか?

 パソコンのパの字も知らない自分が?

 つい最近まで、電源の入れ方も切り方も間違えていた自分が?

 それが遠く離れたITの学校へ行く?

 「うぅーん…どうしよう………」

 ダメだ、想像もつかない。
 心のモヤモヤがふくらんで、なんだか押し潰されてしまいそうだ。

 でも自分には、時間がない。

 年が明けて新学期になったら、内部進学の締め切りが来る。進路を変えるなら、…未来を変えるなら、それまでに担任の先生に頼んで、休み前にしておいた申し込みを取り消さなければならない。

 「どうしよう…」

 目を閉じる。

 旅行から帰って、3日。
 迷いの中で何かが、大きく変わり始めていた。

       次回”ターニングポイント~3~”に続く

KCGウェブ小説挿絵1回目

       イラスト・藤崎聖

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ターニングポイント~1~

 ブロロロロ…

 旅行を終えた数日後。
 閑静な住宅地に立つ神崎家の前に、一台のトラックが止まった。

 「今日こそ!」

 と、部屋の窓を開けて、外を見下ろす。
 車体の側面に、宅配便の文字と可愛らしいキャラクターが走っているのを確認して。

「よし!」

いてもたってもいられずに窓を閉め、階段を駆け下りる。

 ダダダダダダ…

 連打に近いリズムを経て、無事、玄関に着地…っと……あれ?

 「さ、佐織…」

どうやら、自分で意識しているよりも、かなりな勢いで来てしまったらしい。お母さんは伝票にかざしたハンコをそのままに、一時停止しているし、お兄さんはお兄さんで、箱を持ったまま、ほほを引きつらせているし。

 完全に2人を凍りつかせてしまったみたいだ。

 これはちょっと、まずい。佐織は遅ればせながら、笑顔を付け加えてみた。ついでに小さく片手を振ってみたりして。

「ど、どうも~」

その一言に、場の空気が氷解して。
お母さんがほうっとため息をついた。

 「佐織。何をそんなに急いでるの。家でも壊す気?」

 「お母さん、ごめんなさい。ところで…」

 ハンコを片手に軽く睨まれたので、軽く頭を下げ、一息にしゃがみこむ。床にひざをついて、そこに置かれた段ボール箱の伝票に目線を走らせながら、先ほどの勢いを復活させつつ、たずねた。

 「その荷物、どこからっ!?」

 動揺する脳裏に、2日前の出来事が蘇る。

 あれから―旅行から戻ってからさんざん迷って、考えて。
 それでようやく部屋の机にある、めったに使わないパソコンの電源を入れてあちこちグルグル回りながら、やっとたどり着いたホームページで、またさんざん迷って、考えて。
 
 そうやってようやく、申し込みのボタンを押したのだ。
 
 ドキドキしない方がおかしい………と思う。

 そして今。
 
 「すぅ…」

伝票を前に、佐織はまぶたを軽く閉じて、深呼吸をする。
それから、床に置かれた段ボール箱のてっぺんを確認した。

 “△△通販サービス”

ガッカリの4文字が、脳天を突き抜けていった。

 違う、これじゃない!
 これは一昨日の夜、お父さんがテレビショッピングを見て一目惚れした健康器具だ。あの、何て商品だったっけ…確か1日15分続ければたるんだお腹も元通りっていう…あの…うぅーん、思い出せない。

 あのシリーズ、全国的にも流行っているらしいしね。そういえばあずさのお父さんも、出張中にあれで体を鍛えたりしてたって言っていたっけ。

 小さいとはいえ、仕事先まで持って歩くのはそれなりに大変だと思うけれど。

 …というか。

たっぷり1分くらい静止しつつ、脱線して、佐織はようやく気がついた。

 違う。
 今、待っていたのはそれじゃない。

 さくっと頭を切り替え、前を見据えて、扉に手をかけたお兄さんに詰め寄っていった。

 「今日の荷物、これだけですかっ?!」

 そのあまりのド迫力に、お兄さんがオロオロと手を振った。

 「今のところはそうですけど。もしかしたら別の時間で配達があるかもしれません。夕方とか夜間とか…」

 「えぇー……」

 思わずへたりこむ佐織にホッとしたのか、お兄さんはお母さんに向かって会釈して、コソコソと扉の向こうへ去っていった。

 「まったく…もう…」

 うなだれて立ち上がる我が子を見て、お母さんは頬杖をついて首をかしげた。

 「変な子ねぇ。昨日からそればかり。何か待っているものでもあるの?」

 聞かれて、思わず心臓が飛び出しそうになる。

 「い、い、いや、そ、そんなこと、ちっとも、ない、よ!」

 どう聞いても、“ちっともないことはない”声…。佐織は心の中で、自分に駄目出ししていた。

 絶対にバレたくないのに、何やってんのって。

 『だって…』

 声に出さずにつぶやく。

 だって、この件はまだ誰にも言っていないから。気持ちとか考えとか、その他イロイロ。
とにかく自分でもどう感じているかあまりわからなかったから、きちんと整理しておきたかったのだ。

 人に思いを伝える前に。

 と、その決意を新たにしたところで、勢い余って靴箱を叩いた…はずだったが。

 「ん?」

 何か柔らかい。

 いつもの天板の感触じゃない。恐る恐る目を向けたとき、ちょうどキッチンに行ってしまったお母さんから声が届いた。

 「そういえばー。さっき、あなた宛の宅配便が届いてたわよ。京都なんたらなんたらって所から」

 「えっ!! な、な、な、な、なんで教えてくれなかったのよ!!」

 驚きと緊張のあまり、変なキレ方をすると、お母さんはのんびりと返してきた。

 「だってあなた、さっき、焼きいも屋さんのクルマを追いかけていったでしょう、あのお気に入りのおじさんの。今年はまだ食べてなかったーとか言って。そのときね、今とは別の宅配屋さんから届いたのよ」

 「えーーーーーーーーー!!!」

 思わず声を張り上げる。申し込みをしてから2日、かなり玄関での動きには注意を払っていたのに、油断してしまった。

 たった3本のお芋が、こんな事態を招いてしまうだなんて。

 「後悔、大後悔…!!」

 なんて悶絶をし、一人、片手を空に向かって震わせていると。

 「何?」

 いぶかしげにキッチンからお母さんが顔を出してきた。

 「あ、あ、いや、何でも! ところでお母さん、これ見た?」

 「見るわけないでしょう、あなた宛よ。いちいち娘への届け物をチェックするほど、お母さん、暇じゃありません」

 「そ、そうだよね~~。あ、あはは~~~」

 顔を出すお母さんと目が合いそうになって顔をそむける。そそくさと上がりかまちに上ると、パンパンに膨らんだA4封筒を抱きしめて、佐織は足音をひそめて階段を上がっていった。

 「お騒がせしました~~」

 なんて、静かに謝りながら。

 その様子を再び階段のそばまでやってきて、見送ったお母さんはふとまゆをひそめた。

 「なぜ今、専門学校に資料請求なんかしたのかしら…。進学先は決まっているのに…」

       次回”ターニングポイント~2~”に続く

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はじめまして、KCG~7~

「うん、そうしよう」

建物の横道を通って、先へ進む。
広い通路はちょうど普通車が行き交うことのできるほどの広さで、よく見るとその端のフェンス越しに電車が走っている。

『そっか。駅から歩ける距離だもんね。近いんだ』

頭の中で地理関係を整理して納得したとき、頭にカサリと何かが落ちてきた。

 「えっ、な、何!?」

 驚いて振り払うと、ひらひらと何かが指の先をかすめて、路面に落ちていった。

 黄色くて、小さな穴がぽつりと開いた葉っぱ―。

 いかにも秋の色を思わせるそれは、どうやら頭上から降りてきたようで。
 
 「?」

 気になって見上げた先には、その主だったと思われる枝が伸びていた。
 12月も後半まで、季節の流れに身をまかせて、芽吹いて、葉を育て続けて―。
 そうやって時を過ごした葉は、…そしてクリスマスイブになって、ようやく地に戻る決意をして。
 
 佐織はいつしか、地元の校庭に並ぶ木々と、目の前の数本の木々を重ね合わせていた。
 いったいこの木々は、どういう種類なのだろう?
 背の高さや枝ぶりからみんな同じものだろうし、それにたぶん……知っている種類のような気がするのだけれど。

 思い出したいのに、思い出せない。
 その不思議な歯がゆさに、佐織はちょっとだけ悔しくなった。

 枝だけの居姿で名前が判別できるほど、木にはくわしくないから、名前の切れ端も出てこない。
 本当にサッパリ出てこなかった。 

 『でも―』

 佐織は思った。

 これがたとえば、季節が変わればわかるだろうか?

 たとえば冬を過ぎて、春になったとして。
 寒い日々を乗り越えて、あたたかい季節になったとして。
 新緑が萌え、花が咲いたら。

 この木々の名前を思い出すことができるのだろうか。

 なじみある、この木々の名前を―。

 「佐織ちゃん?」

 あずさの呼びかけが、広がり始めた意識を押さえ込んだ。

 「え、な、何?」

 「……また妄想特急ってなかった? もう、しっかりしてよね」

 辺りに人気がないせいだろう。
 あずさの口ぶりも、態度も、思いっきりそっけなかった。まったく、本当に外面がいいっていうか……。

 背を向けて歩き出した後姿に、舌を出して。

 「あ」

 視界のすみに飛び込んできた景色に思わず、笑顔があふれた。
 あずさのキャリーにも、さっき佐織に降りかかってきたのと同じような黄色い葉が1枚、乗っていたのだ。

 こんなところでおそろいだなんて。

 佐織はうつむいて、小さく笑った。

 と、目線を上げようとしたとき、佐織は視界の端に何かが映ったような気がした。ひと気のないと思われていた1階できらめく何かが。

 「?」

 立ち止まる。

 丸見えになっているガラス張りの向こうには、学校の会議室なんかに置いてあるような長机がいくつかあって、何か冊子のようなものがいくつか積み上げられている。

 そしてそれより、佐織の注意を引いたものはその奥。おそらく、正面入り口に向かいあう位置にそびえ立っていた―。

 「もしかして…」

 つぶやき、歩みを早める。

 瞬く間にあずさとの距離は縮まり、追い越し、建物を1棟過ぎた辺りで左に折れた。

 「佐織ちゃん?」

 驚く声をよそに、正面入り口に立つと、そこには―。

 「あ」

 白を基調としたロビーの中央から、吹き抜けるようにしてまっすぐ階段が伸びていて。
 その隣に、そっと寄り添うように1本のクリスマスツリーがたたずんでいた。
 高さはおそらく、佐織の身長の2倍くらい…3メートルくらいだろうか。先週、お母さんと買い物に出かけたスーパーの売り場で見たものと同じくらいだ。

 いや、でも何かが…何かが違う。
 どこか、妙に寒々しい…というか、寂しいというか…―。

 あ、そうだ。
 まだ、最後まで飾りつけがすんでいないんだ。

 深い緑色が、ロビーの照明を受けてしっとりと輝いているけれど―。
 あるはずのものをきちんと纏っていないからか、少し寂しそうにたたずんでいた。

 『そっか、それで…』

 浮かんだ感想をそのままに、まるでとらわれたように目前を見つめ続ける。ふと、そんなツリーの姿に、何かが重なったような気がした。

 何か、大切な何かが―。

 どうしちゃったんだろう。
 よくわからないことばかりが頭に浮かんで、その残像をとらえることすらできずにいる。

 ロビーの中を、10人近い人々がせわしなく行きかっているというのに。
 トランシーバーで連絡を取り合ったり。
 みんなそれぞれに笑いあったり、時に真剣に話し合い。
 長机でプリントのチェックをする人々も、そのそばで何やら最終チェックをする人々も、おなかがすいたのかカレーの味見をしているサンタさんの格好をした人も―。

 みんなみんな―。
 柔らかな雰囲気の中でみんながみんな、楽しそうにそれぞれの役割をこなしているというのに―。
 
 それなのに―。

 「ちょっと…。いきなり走り出すだなんて、どうしたのよー」

 先を越されて、ふくれっつらのあずさが追いついてきた。と、同時に。

 「あれ、階段の上…」

 あずさが控えめに差した指が、その人を捉えていた。

 ロビーの真ん中を吹き抜けるように位置する、階段の上から。
 白い箱を抱えて、何人かの男性たちと話しながら下りてくる彼は、間違いなくあの人で。

 年は推定、20代前半くらい。
黒のふちがついた眼鏡に、肌はちょっと白め。
でも体型はほっそりしているわけではなくて、ちゃんと筋肉ついてますって感じ。結構、頼りがいのありそうな―。

 つまり、京都駅で出会ったあの人に間違いなかった。

 なんて偶然だろう。
 いや、もしかしてこれって運命?

 「佐織ちゃん、佐織ちゃん? おーい?」

 視界に手のひらをかざして、スライドし続けるあずさの声が遠くに聞こえる。
 頭に、ほほにと、かすめ始めた薄片の冷たさも、どこか遠い。

 そんな中で。

 佐織はもはや、自分が彼を追いかけてここまで来たということも忘れて、立ち尽くしていたのだった。

 これが佐織と彼、それから京都コンピュータ学院との初めての出会い。

       次回”ターニングポイント~1~”に続く(1月第2週更新予定)

KCG2008クリスマスツリー

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