愛しい彼女

人生色々,卒業生たち(クリックで全文表示します)

KCG3

京都コンピュータ学院は,近年は相対的に女子が少ない。80年代には,女子のコンピュータオペレーターブームがあって,半数以上が女子だった学科もあったのだが,21世紀になってからは,男子のほうが多いのが普通である。
当たり前だが,少ないほうがモテる。さらに当然だが,モテる女子はさらにモテることになる。クラスや所属クラブで人気者だった彼女を,長い間かけてゲットした,ある少年の恋物語。

山陰のある地方都市出身のO君が入学したのは,4年課程の情報学科。一回生(京都では,一年生のことを一回生ということが多い)のときに,軽音楽部に入部した。同期で,大阪から通学するEさんという可愛いコがいた。どちらも新入部員ということで,入部早々にお互い名前を覚えたが,O君は,どこから見ても,エヴァの綾波レイにそっくりな彼女に,ほとんど一目惚れだった。その笑顔は,O君の心に焼きついてしまった。まるで,頭の中に大容量のROM(Read Only Memory=書き換え不可能な記憶装置)ができたようであった。

O君は,ギターをもっと上手に弾けるようになりたかったから,リードになった。Eさんは子供のころからピアノを習っていたので,キーボードの担当になった。軽音楽部は,それぞれの音楽の方向性や,担当の楽器やボーカルをできるかどうかなどにより,数名でバンドを組む。O君は,Eさんと同じバンドになることを願った。そして,Eさんが自分の音楽的方向性を語るのを横で聞いていて,自分も迷うことなく,その方向で行くことに決めたのだった。

入部(ログイン)がほぼ同時期だということもあって,うまくO君はEさんと同じバンドになった。しかし,ライバルがとてつもなく多いということに,ほどなく気づくのであった。

朝の通学時には,駅のホームからか,それとも電車の中からなのかわからないが,すでに数名の男子がEさんといっしょになっていて,皆で登校してくる。
授業中は,Eさんの周りに数名の別の男子が座っている。
昼休みは,お弁当を持ってきているEさんの周囲に,朝コンビニでパンや弁当を買ってきている男子が取り巻いている。
放課後,部室に行くときも,別の部員がいっしょにいる。
クラブ活動が終わって,帰宅するときも,大阪の方面に帰宅する男子が二人,いっしょにいる。
学校行事に関することは,すべて,誰か数名が彼女の周りにいるのである。まるでサーバにぶら下がるクライアントマシンのように,数名の男子が取り巻いているのである。コンピュータ概論の授業で,「サーバが高性能だと,クライアントが多くても,処理速度はさほど落ちない」ということがわかったけれど,どうすれば彼女をゲットできるのかは,授業を聞いていただけでは,よくわからなかった。

市内の学生マンションに暮らすO君は,彼女といっしょに通学することもできず,結局二人だけで話す機会など,まったく無いまま,日々が過ぎていった。

彼女の取り巻きの中で,ひとり,目立っている男子がいた。5月の連休の前に,その彼とEさんが付き合っていること(ピアツーピア)を知って,落胆したO君は,しかたがないからあきらめて,音楽一筋で行こうと思ったのだった。(スタンドアロン)

夏休みが終わり,皆が学生生活に慣れてきた頃,彼女は最初の彼氏と別れたという話を聞いた。これはチャンスかもしれないと,再度,恋心に燃え上がるO君であった。しかし,やはり彼女の周りには取り巻きがたくさんいて,告白するチャンスはまったく,無かったのである。

後期入学の半年後輩が入ってきた。彼はギターが上手だったので,O君は,ボーカルに転向した。そして,バンドが採択する歌をほとんど自分が歌うことになった。そこで,O君は,できるだけキーボードの彼女の目を見つめながら歌うようにした。部室で練習しているときはもちろん,学院祭のステージのときも,できるだけ,キーボードの方を向いて,彼女の目を見つめながら歌う。

しかし,そんなことをしても,誰も,O君の視線に気づかなかった。キーボードの彼女は,間違えないようにと一所懸命,楽譜を見ているから,ボーカルの方を見ることなどめったに無い。確率・統計の授業で,O君は,視線が合う確率が極めて少ないことがわかったのである。でも,同じ授業で,極めて少ない確率でも,当たることはあるということもわかった。O君はめげずに,毎日の練習で,Eさんを見つめていた。

冬が来て,年が明けて春の兆しを感じる頃,O君のバンドは,演奏も上手になっていた。その頃,Eさんは3人目の彼氏とつきあっていた。O君は,やっぱり,ひとりだった。

実家を離れて一人暮らしをする少年にとって,夕食は面倒なことである。その日も,O君は,UFOを夕食にすることにして,カップに湯を注いでいた。M先生は,焼きそばはぺヤングだと言うけれど,O君は,UFOが好きなのだった。カップの湯を捨てて,ソースをからめているとき,O君は,ソースソース,,Source,英語の時間に覚えた単語を思い出した。そして,ひとつ思いついたのだった。Sourceである。プログラミングの授業でも,ソースという言葉がよく出てくる。

「そうスカ。」O君はつぶやいた。

音楽ソースの歌詞の中には,愛しているよ,とか,I love youといった意味のフレーズが多い。それで,歌詞が,愛してる,とか,好きだよ~,というような意味のときに,O君は,彼女を見つめながら,その部分を歌うことに決めたのだった。

窓の外には,春一番が吹いていた。

ズンズビダバヅゥビダバ~♪,テレ~レ~レレ~♪
チャンチャンチャラロリロリ~♪,ルンルンルル~ルン~♪
                                   ( -_-)♪~♪♪ … (愛しい彼女②へ続く)

愛しい彼女
愛しい彼女②
愛しい彼女③
愛しい彼女 終章

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禁断の師弟愛?

人生色々,卒業生たち(クリックで全文表示します)

F君はKCGの4年課程を卒業して,新任一年目の助手として母校で働いていた。高校時代はどちらかというと口下手だったのだけれど,KCGに学ぶうちに,人前で話す仕事をしてみようと思うようになったからだ。助手としてついた先生が担任をしていた最終学年のクラスに,一歳下のTさんがいた。

Tさんは,先生の紹介によって,京都大学の名誉教授が経営するバイオ系の研究機関で,秘書として働くことが決まっていた。KCGの先輩には,京大に秘書や助手として就職した人が多い。F君に言わせると,Tさんは,新世紀エヴァンゲリオンの葛城ミサトを,すこし妖艶にしたような美人で,大阪の短大を卒業してからKCGに入学したから,在学中はクラスの中では少し大人っぽかったという。ちなみに,Tさんのことをエヴァの葛城ミサトに似ているなんて言う人は,F君の他には誰もいない。

卒業パーティの二次会で,F君は偶然Tさんのとなりに座ることになった。ほとんどの参加者は,かなり「出来上がって」いた。F君ももちろん,かなり出来上がっていたから,思っていたことをスラスラと話せたのかもしれないし,酔ってたから,思っている以上のことも言ってたのかもしれない。そして,その日がきっかけで,二人は,つき合いはじめたのである。

誰からも好かれるTさんにとってF君とは,担任の助手で,教壇で何を言っているのかよくわからない人。でも,真面目そうで,私のことだけを見てくれそうだったから,いいなと思ったのだそうだ。Tさんにとっては,自分だけを一生愛してくれる人が一番だった。それは母から教えられた女の生き方の方法論でもあった。それに,F君の言っていることを理解できるのは,世界中で自分だけのような気がしたのだそうだ。

ついこの間まで,担当していたクラスの学生だった彼女をデートに誘うのは,F君にとっては,とても勇気がいることだった。「教師として,そんなことをしていいのか」と上司の先生に尋ねる訳にもいかず,悩みながら,それでも彼は彼女に夢中になっていった。天真爛漫な彼女は,「もう卒業したんだからいいんじゃない?」とひとこと言って,後はなにも気にしなかった。彼はひとりで長い間,「いいのかな?」と一抹の不安を持って,気を揉み続けていたらしい。

5月の連休に,某クラブのOBの集まる飲み会で,「女子高校で,先生がかつての教え子と結婚するという話はよくあるらしい」という話を聞いて,F君は「それってかなり微妙。」と思ったそうだ。

7月のビアガーデンで学科長の先生に聞いたところでは,男女共学のKCGでも,かつての教え子との恋愛は,過去にはいくつかあったようで,**先生の奥さんも,働き出してすぐの教え子だったのだそうだ。その話を聞いて,心の中で,「いいのか・・。」と,妙に納得したF君であった。でも,学科長には,Tさんのことは言えなかった。

担当クラスの同窓会をかねたクリスマスパーティに,F君とTさんは二人連れ立って参加した。
かつてのクラスの仲間たちは一瞬一様に驚いたけれど,すぐに皆で乾杯で祝福してくれた。料理が運ばれてくると,二人に関して詮索することもなくなり,杯が進むと二人の空気は話し声にかき消されて,それぞれが勝手に移動して椅子も乱れ喧騒に包まれて,二人の座る場所もあちらとこちらに離れてしまった。大勢の同窓生の間には数多くの話題がある。誰が誰とつき合っているかという話も,そのうちの,ほんのひとつに過ぎないのだった。Tさんをエスコートする自分は,この日のパーティのスターになると予測していたのに,F君はすこし当てが外れた。
そもそも,クラスの全員は,授業を持っていないF君のことを,最初から「先生」だとは思っていなかった。担任の先生の助手であった「副」担任の「先輩」の「Fさん」が,こんどはクイーンTさんのシモベになったんだなと思っていた程度だった。

それから何年か経って,F君は今,KCGでの経験を生かして,東京のあるソフト会社で自社製品のチーフインストラクターとして,働いている。
もう人前で話すことに,それなりの自信を持っている。自分が,他の人たちと少し違う世界を観ていることに気がついた。高校時代,口下手だったのはそれが原因だった。それがわかった後,F君はそこを逆手に取って,それを自分の長所だと考えるようになった。そして,例の研究機関を3年で辞めたTさんと結婚して,子供もひとりできた。

二人の住むマンションの部屋の本棚の上には,ウェディングドレスとタキシードを着た二人の写真が飾ってある。写真の中で微笑む二人をとり囲んでいる卒業生の仲間たちの,それぞれの顔は酔っぱらって興奮して大笑いしている。誰かの結婚式で同窓生が大勢集うと,主役は集まる理由か酒の肴となり,皆で騒ぐことが本当の目的になることも多い。そのときも,皆が集まった理由は,皆が来るから,ということだったのかもしれない。

でも,今でもF君は,結婚式の日に,KCGの大勢の卒業生が来てくれたことを,とても誇りに思っている。自分ひとり,世界観が違うのかもしれないけれど,それはそれで,いいことなんだ。F君は,そんな自分を受け入れてくれた,KCGの友人たち(奥さんの取り巻き)に,感謝している。

ズンズビダバヅゥビダバ~♪,テレ~レ~レレ~♪
チャンチャンチャラロリロリ~♪,ルンルンルル~ルン~♪
                                   ( -_-)~ フゥ…

<目次&リンク>
KCGに入学してきた人々,卒業していった人々。=KCGの学生さんの様々なパターン
デジタルネイティブ=今では普通になった,ネットで生きるフリーのプログラマーのはしり
20才で大人になった不良上がり=暴走族やヤンキーが当たり前だった80年代初頭の話
ゲームプログラマー =ゲームプログラマーの話
想い出のあのコ=高度専門士が無かった頃の話。大卒かKCG卒かが問題だったときのこと
卒業生同士の結婚 =卒業生同士で結婚に至る場合
洛北エンジニアリング =KCG伝統の洛北校,別名萩原学校。KCGの最高峰でメカトロニクスに夢中の学生さん
ああ女神様っ!=ベルダンディ-みたいな美人の先生に恋した話
禁断の師弟愛? =先生?と女子学生の恋愛と結婚
K君のRPG=母子家庭の長男が,RPGを作成し,大手ゲームメーカーに転職するまで
 
妹の遺骨=在学中に妹を亡くした情報処理科の寮生。広島の大手ソフト会社No.1,のSE

愛しい彼女4部作  
 一年から卒業するまで同じ軽音楽部だった彼女をずっと愛し続け,卒業の前にやっとゲットして,卒業後,結婚に至った話
愛しい彼女
愛しい彼女②
愛しい彼女③
愛しい彼女 終章
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ああ女神様っ!

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一年生のコウイチ君が,最初の学期で選択したある情報系の科目の担当は,非常勤の若い女性だった。京都大学の博士で,才色兼備のやさしい素敵な先生だった。コウイチ君は,ひそかに,「ベルダンディ-先生」とあだ名をつけて,その先生の授業だけは欠かさず出席し,教室の最前列に座っていた。

中間試験が近づいた頃,コウイチ君は,あるひとつの作戦を思いついた。何か質問をしにいくという名目で,先生の研究室を訪ねようという企みである。教科書をよく読んで,引用文献を探し,その文献に書かれていることの意味を聞きに行って,一時間くらいは相手してもらえるような,質問を探した。

教科書を読めば読むほど,わからないことがわかってきて,疑問は減っていった。参考文献を読めば,ますます理解が深まった。そうこうしているうちに,中間試験の当日になってしまって,コウイチ君は,満点を取ってしまった。

次の週,ベルダンディ-先生は,そんなコウイチ君を褒めてくれた。舞い上がったコウイチ君は,ますます教科書を読むようになった。やはり,質問は見つけられず,読めば読むほど,理解してしまうのだった。

そうこうしているうちに,梅雨があけて,夏になった。コウイチ君の想いは募る一方だったけれど,おかげで勉強もはかどる一方だった。時々行われる小テストも,全部満点だった。

そして,期末試験がやってきた。

コウイチ君は,そのとき,勇気を出して,白紙答案を出した。先生に叱られてみたかったのである。試験は,試験担当の先生がつくから,ベルダンディ-先生ではない。あとから,呼び出しをくらうことを,ひそかに期待していた。

しかし,期末試験の結果は,夏休み中,夏の終わりに知らされる。期末試験の終わる頃にそれを知って,コウイチ君はすこしショックだった。

そして夏休みの間に,ベルダンディ-先生は,九州の某県立大学に移っていった。噂では助手として採用されたのだということだった。コウイチ君は,その科目を落としはしなかったけれど,中間テストと小テスト6本が満点で,期末が0点だったから,ギリギリ最低の成績だった。ほとんど完璧に理解したというのに・・・。

ズンズビダバヅゥビダバ~♪,テレ~レ~レレ~♪
チャンチャンチャラロリロリ~♪,ルンルンルル~ルン~♪
                                    ( -_-)旦~ フゥ…

<目次&リンク>
KCGに入学してきた人々,卒業していった人々。=KCGの学生さんの様々なパターン
デジタルネイティブ=今では普通になった,ネットで生きるフリーのプログラマーのはしり
20才で大人になった不良上がり=暴走族やヤンキーが当たり前だった80年代初頭の話
ゲームプログラマー =ゲームプログラマーの話
想い出のあのコ=高度専門士が無かった頃の話。大卒かKCG卒かが問題だったときのこと
卒業生同士の結婚 =卒業生同士で結婚に至る場合
洛北エンジニアリング =KCG伝統の洛北校,別名萩原学校。KCGの最高峰でメカトロニクスに夢中の学生さん
ああ女神様っ!=ベルダンディ-みたいな美人の先生に恋した話
禁断の師弟愛? =先生?と女子学生の恋愛と結婚
K君のRPG=母子家庭の長男が,RPGを作成し,大手ゲームメーカーに転職するまで
 
妹の遺骨=在学中に妹を亡くした情報処理科の寮生。広島の大手ソフト会社No.1,のSE

愛しい彼女4部作  
 一年から卒業するまで同じ軽音楽部だった彼女をずっと愛し続け,卒業の前にやっとゲットして,卒業後,結婚に至った話
愛しい彼女
愛しい彼女②
愛しい彼女③
愛しい彼女 終章
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洛北エンジニアリング

人生色々,卒業生たち

京都コンピュータ学院の本校である洛北校。KCGの最初の4年課程である情報工学科は,京大工学部の情報工学専攻を超えることを目指して,萩原宏先生がカリキュラム設計を行ったことから,「萩原学校」という呼び方もある。
(萩原宏先生は,京都大学名誉教授,KCG情報工学研究所長,情報処理学会会長,学術会議会員を歴任された後,京都情報大学院大学の初代学長に就任された御大である。)

その情報工学科4年課程(高度専門士)を頂点にした洛北校は,KCGグループの中で最も伝統があり,数々の伝説が残る,殿堂中の殿堂である。

90年代の後半のこと。
洛北情報工学科に,S君という秀才がいた。
二足歩行のロボットを製作していて,それに夢中になっている,ものつくりの好きな学生だった。
人間関係の細かいことや,面倒くさいことは「苦手」か「嫌い」だけど,機械いじりやプログラミングは楽しくてしょうがない,そんな学生の典型である。
彼は背も高く,俳優にしてもおかしくないくらいのイケメンで,学生間では男女を問わずモテていたから,ことさら印象に残っている。
他の多くの学生が,わからないことがあれば彼に教えてもらっていた。
そういった友人に対しては,彼はいつも嬉しそうに,そして丁寧に手ほどきしていた。
彼は,自分の興味ある分野でサポートをしてくれる先生たちとは仲良かったけれど,関係のない科目の担当の先生には知らん顔をしていた。

卒業式の夜,パーティの二次会。他の卒業生が学生時代の想い出や就職していく会社のことを話している中で,彼は,二足歩行ロボットの重心移動の仕組みとそのプログラミングと,ロボットの脚腰のアルミ合金の材質について,長々と語っていた。このように書くと,うざいオタクな奴,などと想像されるかもしれないが,彼はいつもさわやかに熱心に話をする。したがって,周りの誰も彼の悪口を言わない。

彼の就職先は,京都の有名なソフト会社で,自分は倉庫管理システムを担当する予定だと言っていた。二足歩行ロボットとは違う分野だけれど,ものつくりという意味では,同じようなものだと思うから楽しみだ,とも。

理工系への進学志望が減り,若者の理系離れが叫ばれて久しい。しかし,彼のように,技術立国日本の柱となりそうな学生は,少なからず存在し,今も,洛北校に集う。そして,洛北校の卒業生には,多くの企業から「学科指定」や「本人指名」で求人が来るのである。KCGの本家本元,他の追随を許さない,洛北エンジニアリングである。

ランランリランショウビダバ♪,ラリ~リラ~ラリ~♪
ランランリランショウビダバ♪,ルンルンララーラ~♪
                                ( -_-)~♪ ~♪

京都コンピュータ学院
京都情報大学院大学

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卒業生同士の結婚

人生色々,卒業生たち

京都コンピュータ学院在学中から恋愛関係になって,卒業後結婚するカップルも多い。
18歳そこそこでKCGに入学し,クラスやクラブ,同好会などで知り合い,つき合い始めて,卒業し,職を得た後,結婚するという,理想のパターンのひとつである。こういった恋愛結婚は,話を聞くだけでも嬉しくなる。

もちろん,お互い相手が最初の異性という場合もあれば,そうでない場合もある。同じクラブに相手の元彼女や元彼がいたりすることもある。しかし,卒業式のときには二人で列席し,卒業パーティのときも,二人でいっしょにいる。そんなカップルは,結構多い。

毎年,何百人もの若者を見ていると,当然のことながら,若い男女で付き合ったり別れたりしているのを見る。そして,毎年少なくとも2~3組くらいは,結婚まで至ったカップルの話を聞いたり,ときには結婚式や二次会のパーティに招かれたりする。

色々なカップルを見ていると,「ピッタリ合う男女」というのは,なんとなくわかる。学生時代の付き合い方を見ていると,「この二人は結婚に至るだろうな」,と予測できたりするのである。男女の相性というものは,外からある程度は見えるものだ。
・・・なんて書くと,「自分たちはどうなのか」と質問が殺到しそうなので,以下に回答を書いておこう。

大切なのは意思である。若い日に知り合って,対等な付き合いをしていて,互いに相手を尊重し,互いにその相手と人生をやっていく意思が,若くとも少なからず,見えてくるような男女は,まず間違いなく,卒業後も結婚している。そして,ほとんどが,いわゆるおしどり夫婦として,結婚後もうまくやっている。

「まだ若いのだから,先のことはわからない」とか,「とりあえず今は相手が好きだけれど,まだ他にも選択肢があるだろう」,などと考えているようでは,駄目だろう。「あっちが良いか,こちらが良いか」などとあちこち目移りしているのは論外である。

お互いまだ若いのだから,いくらでも,変化するし,変化しながら成長していく。その成長の方向性を共有して,二人で互いに相手を導きながら,同じ方向を向いて歩いていくようなカップルは,結婚にまで至る,ということだ。

青少年から大人になっていく間を,その相手といっしょに学生時代を過ごして,二人で人生観や人生哲学を創っていく。二人互いに相手を創るという意味で,大人になっていく人格形成も,共同作業である。そういった付き合い方をしているカップルは,見ていて微笑ましい。

そして,卒業してから数年経って,そういったカップルの結婚の知らせを聞くと,実に嬉しいものである。勉強よりも,資格よりも,就職先よりも,もっとずっと大事なことを,KCGで見つけてくれたのだから。

ランランリランショウビダバ♪,ラリ~リラ~ラリ~♪
ランランリランショウビダバ♪,ルンルンララーラ~♪
                                ( -_-)~♪ ~♪

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京都情報大学院大学

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想い出のあのコ

人生色々,卒業生たち

学生時代の友人は,生涯の付き合いになる人もいるけれど,卒業して数年たち,なにかのきっかけでそれきりになってしまう人もいる。特に,女性の場合,結婚してしまうと,疎遠になってしまうことが多い。

彼女は僕よりもひとつ下で,同じクラスだった。KCGを卒業して大学に行くのだと言って,受験勉強をしていた。彼女は国家試験の一種(今のソフ開レベル)に合格したあと,合計3年在学したけれど,結局KCGは卒業せずに,大阪の公立大学に進学した。そして,20代の後半までは,僕たちは時々連絡をとりあっていた。

あるとき,久しぶりに電話したら,彼女は「私,結婚するの」と言っていた。祝福を伝え,引越し先が決まって落ち着いたら,また電話を頂戴と言って,そのときは話が終わった。その後,しばらくは新しい生活に忙しかったのだろう,電話がかかってくることもなく,まもなく僕も引越してしまったから,それきりになっている。

当時は,KCGに在学しながら,大学を再度受験する,というパターンのことを,「仮面浪人」と言っていた。専門学校の学生を仮面として,実は大学浪人,というわけだ。KCG在学中は一年目に国家試験に合格しておいて,その後は大学の受験勉強をして,卒業と同時に,中堅どころの大学に進学して大卒学歴を得る,というのがひとつの定番コースだった。そうすると,文系の大卒でも,コンピュータの技術を持っているということで,就職が良かったのだ。
大学に在学しながら,コンピュータの専門学校に通うというダブルスクールが流行ったのはその後のことだ。これも,大卒学歴とコンピュータの技術の両方を得て,社会に出るということにそれなりの意味があった。

今は,KCGの4年課程を卒業すると,高度専門士となり,大卒の学士と同等の学歴になる。大学院もできたから,修士号を得て大学院卒にもなれる。
もう,あのときの彼女のように,受験勉強に苦労して大卒学歴を目指す必要もなくなった。
時代は変わった。KCGの社会的な評価や卒業生の地位は,あの頃からずっと,上がり続けている。

ダンドゥビダバダバダバ~♪,タラ~リ~ラーララ~♪
ドゥドゥディラリララララ~♪,ルンルンララーラ~♪
                                ( -o-)y-~~~

京都コンピュータ学院
京都情報大学院大学

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ゲームプログラマー

人生色々,卒業生たち

元々は花札やトランプの印刷会社であった任天堂が,コンピュータゲームの業界に進出したとき,京都コンピュータ学院の卒業生を大量に採用した。初期の頃の任天堂のコンピュータゲームプログラマー,SEは,全員が京都コンピュータ学院の卒業生だったという。今では古典となったマリオブラザーズなども,KCGの卒業生たちが製作したものだ。

70年代から80年代後半にかけて,パソコンゲームやファミコン,アーケードゲームなどが急速に台頭していった。それに伴って,在学生の中で優秀な者は,在学中からゲーム会社の下請けのバイトをしはじめていた。中には,3ヶ月のアルバイトで500万円稼いだ,とか,学生でありながら半分正社員となり月収が50万円などという猛者も多く出現した。

NEC98が国内を席巻していた80年代半ばあたりからは,小学校の頃からパソコンに夢中になっていたといういわゆる「パソコン少年」が大量に出現する。KCGにも,もちろん,そういう学生がたくさんいた。ゲーム業界に巣立っていった猛者たちの多くは,そういった人たちだった。

70年代から80年代というのは,世の中が急速に情報化されていったときで,ゲームに限らず,KCG在学中に様々なコンピュータ関係業界で正社員として採用されていった人たちが多い。いまでも学内に少なからずいるその手の猛者たちにとっては,卒業するのが常識になっているが,当時は,KCG中退がエリートの一種だった。当時は,今のように,専門士や高度専門士の制度が無かったから,ことさら卒業資格が必要ということはなかったのである。従って,過去の元学生たちの中で看過できない存在として,「優秀であるがゆえの中退生」が多数いる。これは数千名を数えると思う。

多くのソフト会社でも同様だが,特にアミューズメント系のソフト会社では,技術者の流出を防ぐために,社内のプログラマーの誰がどのような技術を持っているのかは,最高機密である。
従って,KCGの卒業生や中退生の誰が何をしているのかを掌握するのは簡単ではない。当の本人から,「内緒だけど・・」と言う前置きで話を聞かされるのが大半である。

そこで,ある「80年代初頭の(優秀な)中退生」から聞いた印象に残る話。

あるゲームプログラムのある部分には,その担当のプログラマーだけが知っている関数がある。
例えば,(あくまでも例である)主人公のキャラがトコトコと走ってきて,ピョ-ンとジャンプする。
そのとき,ゲームを操作している人間が,「どのタイミング」で,「どれだけの時間ボタンを押」せば,「どのような放物線を描くか」を決定するように関数を作らなくてはならない。
それを見ている人間が最も自然に感じるような,そして楽しく感じるような動きをさせるための関数は,当のプログラマー本人が,様々にテストして編み出すものなのだ。これは,かなり難しいもので,その放物線を描いてキャラがジャンプする,という部分のサブルーチンは,その人しか書けないという。また,それを編み出したプログラマーは,その秘儀を他人に教えないという。

80年代から90年代にかけて著名だったゲームの,ごく一部分の話であるが,同じことは現代のゲームにもあてはまる。ゲームプログラミングの世界では,そのようなスーパープログラマーが何人もいて,しかも,各企業も,そういった人たちの存在をひた隠しにしているのである。

筆者はゲームはあまり好きではないが,よく出来たコンピュータゲームがそれなりに面白いことくらいは知っているし,FFやバイオハザードなどのRPGも,数ヶ月毎晩それに没頭して,最後まで行ったこともある。

人を夢中にさせるゲームには,多くの知性が参加しているが,その中に,その人しかできない,知性の結晶のような職人仕事がある,というのは興味深い。日本の誇る,職人気質,職人文化のひとつだと思う。

ランランリランショウビダバ♪,ラリ~リラ~ラリ~♪
ランランリランショウビダバ♪,ルンルンララーラ~♪
 
                                 ( -o-)y-~~~

京都コンピュータ学院
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20才で大人になった不良上がり

人生色々,卒業生たち

ずいぶん昔,KCGの学生だったときのこと。

山口県の日本海側の海辺の町から入学してきた不良の3人組がいた。
当時の不良は,決まってリーゼントで,ヤンキーと言われたのだが,その典型だった。クラスの中でも,最後尾に座り,斜に構えて威張っていた。

ボス格のAは,漁師の次男坊で,Bは三男坊。もうひとりのCは何人兄弟か忘れたが,末っ子だった。
三人とも,父親の仕事は長男が継ぐから,コンピュータを勉強して,都会で働くのだ,と言っていた。
高校時代から煙草やシンナーをやっては,補導されたりもしていたという。

Aは,車が好きで,スカイラインの中古を買って,嬉しそうに乗り回していた。
Bは,ロックが好きで,矢沢の永ちゃんやクールスをコピーしてギターを弾いていた。
Cは,あまり印象に残ってないが,いつも彼らといっしょにいた。
3人とも,見かけは不良だが,純朴で,素直な奴らだった。

最初はその3人組に睨みをきかされていたが,こちらのほうがすこし年上だったからか,一度,一緒に飲んだら,すぐにうちとけて,「○○君,また飲もうね~」なんて言ったりして,先輩扱いしてくれた。結構可愛い奴らだった。

Aはその後,なにか問題を起こして,自主退学していった。しばらくは,どこかのゲームセンターでバイトしていたが,その関係なのかなにか知らないが,うまくゲーム関係の会社に就職した。BとCは卒業して,どこか大阪のソフトハウスに就職していった。その後は,連絡が途絶えて,今はどこでどうしているのか,知らない。探そうと考えたことは何度かあったけれど,そのままになっている。

地方の海辺の町で育ち,口減らしに二年間分の学費だけを親にもらって街に出され,京都でそれなりに勉強して,大人になっていった奴ら。高校時代は不良だったのに,それなりに勉強して,道を見つけていった。

当時のKCGには,そんな人たちがたくさんいたと思う。高校時代は不良でも,20歳になったら,経済的に独立して,きちんと大人になる。そんなことが当然の時代だった。
定職に就かなくても生きていける時代である今,ああいった不良上がりで20歳で本当の意味で成人するような人たちは,あまり見かけない。

ランランリランショウビダバ♪,ラリ~リラ~ラリ~♪
ランランリランショウビダバ♪,ルンルンララーラ~♪
( -o-)y-~~~

京都コンピュータ学院
京都情報大学院大学

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デジタルネイティブ

人生色々,卒業生たち

中高校生の間で,引きこもりという言葉が普通になってきて,フリーターなどという言葉が一般化してきた頃から,人付き合いが苦手で,組織に属するのが嫌いで,自由を尊んでいるのか,「一人で仕事をして,生きていく卒業生」が増えてきたように思う。

フリーターなどと言う不安定な生き方とは少し違う,独り立ちの人生である。昔ならあまりなかった現象なのだが,多様化の時代といわれる中で,生き方も多様化してきたのだろう。

90年代の前半に,一人,その先駆けのような卒業生がいた。
彼は学生時代,学内でいつも一人で,授業のときは前から数列目で真面目に受講していた。話しかけると,微笑みながら受け答えしてくれた。しかし,友達との付き合いは希薄なようで,クラスでは仲良く話はするけれど,決してべったりにはならないような,あっさりしたタイプだった。

卒業前の秋になって,就職はどうかと聞いたら,「決まってない」という。就職活動もあまりしていない様子だった。年が明けて卒業式の日に会うと,「就職はしない」と言っていた。一体,どうするつもりなのか,家がよほど裕福なのかと疑問に思っていたら,彼は,「ネットで仕事を探して,家でする」のだと言っていた。

卒業して数年経って,校友会(同窓会)のパーティのときに,彼はやはり一人でやってきた。どうしているのかと聞いたら,「ネットでKCGの先輩たちから仕事をもらって,なんとかやっている」という。最近も久しぶりに会ったのだが,やはり同じように,家で一人で仕事を請けて,それなりにやっているという。

名刺はフリーのプログラマーで,Webサイトの構築などもしているらしい。近隣の零細企業を尋ねて,仕事を請け負うこともあるのだそうだ。

一人であることが,自由だから良いのだ,と,決して強調することなく,決して後ろめたさを感じるわけでもなく,飄々として,そう言う。経済的にも困窮しているわけでもないように見えた。

KCGの卒業生のネットワークにアクセスすると,そうやって,仕事をもらうことが簡単にできる。一人で個人営業の事業所として,食べていくくらいはできるのだ。

「一人で」と言うけれども,仕事を融通しあう卒業生ネットワークの中にいるわけだから,あながち孤独でもあるまい。そういう生き方も,選択肢の中にあるのは,歴史のあるコンピュータの学校であるからこそか。

近年では,毎年必ず,そういう卒業生が数名はいる。企業への就職だけが,人生ではない。デジタルネイティブとしての,生き方のひとつである。

ランランリランショウビダバ♪,ラリ~リラ~ラリ~♪
ランランリランショウビダバ♪,ルンルンララーラ~♪
( -_-)~♪ ~♪

京都コンピュータ学院
京都情報大学院大学

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KCGに入学してきた人々,卒業していった人々。

人生色々,卒業生たち

偏差値でピラミッド構造になっている大学では,個性が様々なのはトップクラス大学だけで,あるレベルの大学のある学部に行くと,同じようなタイプの学生ばかりという現象が生じる。偏差値も同程度で,同じ学部学科で志向性も同じだからだ。その学部の内部にいると,いろんな個性があるように思うのだが,外から見ると,割と類型化できるものである。就職先企業のタイプも,かなり特定される。

そういった一般の大学に反して,KCGには,昔から,実に様々なタイプがいる。コンピュータの学校だから,コンピュータ志向ばかりというわけではない。好きでもないが,それが必要であると考える人もいる。社会経験でその必要性を知る人もいる。以下は、毎年必ず存在するパターンである。

・コンピュータが子供の頃から好きで,将来プログラマーやSEになろうとしている保守本流。

・ゲームが好きで,ゲームとともに育ってきた,ゲームプログラマーの卵。

・インターネットの住民で,古くはネチズン,今の言葉ならデジタルネイティブ。

・芸術・アートの世界で働くことを狙って,コンピュータアート系に学ぶアーティストの卵。

・なんとなく,近所の学校で通いやすいから来たという,無頓着派。

・実は大学進学を狙いながら,とりあえずコンピュータの勉強もしている仮面浪人の末裔。当然,狙っている大学の偏差値も学部も多様である。

・親や進路部の先生に言われて,とある大学に行ったけれど,失望して中退。同様に,中退した大学の偏差値も学部も多様である。

・もちろん,とある大学を卒業して,晴れて好きなことをするために,KCGへ,というパターンも多い。歴代の出身大学は東大,京大,阪大,神戸大,早稲田慶応,関関同立から,ほぼすべての有名大学と近畿圏のすべての大学から多数,他の地方からも様々である。当然,様々な学部,様々な年齢。

・一度社会に出て,技術が必要であると痛感して,コンピュータを学びに来る20代後半。

・結婚して,離婚して,転職して,そして最先端技術で人生のリベンジを狙う30代。

・人生の最後の転機だと考えて,妻子の同意を得て,起業を目指す40代。

・所属していた企業の早期退職制度に乗っかって,人生さらに向上しようという50代。

・定年退職して,再度学生となり,一からコンピュータ・ITを学ぼうとする60歳。

色々な人がいるが,そういった人たちが皆,同じクラスで,結構仲良くなっている。

そして,先輩・後輩の仲が良い。年上・年下も,仲が良い。普通に友達として,対等に付き合っている。

一般の大学のように,年下でも学年が上なら先輩で,頭が上がらないとか,学部や学年が違うと付き合いが無い,というような,なんらかのバリアで他の人と接することが少ない,というようなことが一切無い。

KCGの釜の飯を食ったら,皆,友達だというような,気さくな仲間意識を持つことができて,クラスでも気軽に,新しい友人ができる。

様々な人間模様の中で,18歳の高卒ホヤホヤも,切磋琢磨されていく。

色々いるから,面白い。
人生様々,人色々。

ランランリランショウビダバ♪,ラリ~リラ~ラリ~♪
ランランリランショウビダバ♪,ルンルンララーラ~♪
 
                                 ( -o-)y-~~~

京都コンピュータ学院
京都情報大学院大学

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