古い日本語の翻訳

台湾に居る中学校時代からの親友から、

日本語翻訳の依頼が来た。

親友は小説家を目指しているが、デビューしていない。

その片手間に、歴史関連のエッセイや旅行記などを書き、

投稿しながら、どうにか食っている状態です。

今回は日本統治時代の歴史に関するエッセイを書いているようで、

そのために色々文献を調べたら、

台湾に派遣され、台湾で勤務している日本人が書いた文章を見つかり、

雰囲気的にエッセイの中に入れたい…ということで。

その日本語の中国語訳を依頼してきた…ということですね。

で、届いたのはこんな文章です:

あくれば作業に鍬鎌とりて,帰れば学の師ともなり,不意の兇徒の警めに,夢もまどかに結び得ぬ

海抜五千の奥山住居,昼の半は霧立こめて,夜は月澄む影ひとつ,一人ながむる淋しさよ

ラジオに響くジャズの音よりも,慣れて恋しやあの鹿の声,唯蕃人に幸あれと,指導の辛苦誰か知る

正直言って、ぉぅぇぃからしてみれば、こんな古い日本語はとても難しいです(´・ω・`)

何度か読み直して、訳してみましたが、

私の日本語力では、正しく理解出来ない…のような気がするのですね。

そこでお嫁様にも参戦してもらって、

色々推敲して、とりあえずこの難しそうな日本語の文章を、

現代文風に解釈してみました。

日が明ければ、鍬鎌を取って作業をするために出かける、
仕事から帰れば蕃人(原住民)の教師にもなる。
いつ現れるか分からない悪いやつらに警戒し、
夢の中でも穏やかに過ごせない。

海抜五千メートルの山の奥の住居は、
昼の大半は霧がたちこめる。
夜は月が澄んで自分の影ひとつだけ、
その中、1人で夜景を眺めていると、なんだか寂しいね。

ラジオに響くジャズの音よりも,
聞きなれたあの鹿の声が愛しい
ただひたすら蕃人が幸せでありますように頑張るが、
指導の苦労誰か知る?

そこの君、そうそう、

その「この解釈はおかしい!」と思う君、

是非↓のコメント欄に、あなたが思う正しい・良い解釈を書いてください!

お手数で申し訳ございませんが、
ヨロシクお願いします_(._.)_

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