(5)茶(ちゃ)
実はお茶も,鮨にとっては大切な要素である。日本の軟水で出すお茶は極上である。江戸前の鮨には静岡の茶が良い。食べている最中にも頻繁にお茶で舌を洗いたい。冷めれば遠慮なく取り替えてもらえばよい。鮨屋で出されるお茶は,湯を入れるとすぐに出るという理由で,粉茶か芽茶が一般的である。「上がり」というのは鮨屋の符牒で,「客が一丁上がり」という意味なので,客が使うべき言葉ではない。
江戸前握りは,本当はお茶だけで食べるのが筋である。筆者は刺身も鮨も,好みの日本酒で舌を湿らせる程度にして食べるのを好むが,しかしアルコール類は,魚の味を消してしまうものである。ビールやワインは論外である。「酒は蕎麦屋に行け」と言われるくらい,鮨屋で酒に溺れるのは無粋なこととして嫌われる。酒をともにするとしても,せいぜい1合程度にして,あくまでも粋に,茶で口中を洗いながら,生姜でリフレッシュして,それぞれ異なる美味い鮨をさっさと食べて,さっさと帰ることを目指そう。鮨屋は,長居するところではない。
以上,飯と山葵と生姜と醤油とお茶の五大要素がきちんと揃っていないと,どんなに鮨種が美味くても駄目である。地方の漁港近辺の鮨屋などに行くと,地の魚だけは新鮮で滅法美味いのに,山葵がパックに入ったようなもので,飯がベタベタしていて,醤油が大量生産工業品,などということが多々ある。筆者はそんな鮨屋に当たったら,刺身と焼き魚でなんとか誤魔化し,地酒を飲んで帰ってくるようにしている。