鮨の五大基本要素-(1)鮨飯

 世界で最も鮨が美味いのは,言うまでもなく日本は東京の築地界隈である。あちこちから上質の魚が届き,それを新鮮なうちに食べることができる。日本の江戸前の握り鮨は材料のコンビネーションのハーモニーなので,それぞれの材料に徹底して拘らないと美味いものができないのだが,まずもって最も重要な五大基本要素がある。

(1)鮨飯(すしめし)
鮨飯をシャリというのは,仏舎利を扱うように丁寧にしろという意味で,鮨職人の符牒であり,客が使う言葉ではない。
 鮨は飯がまず基本であって,いくら新鮮な魚があっても,飯が駄目なら全部駄目になる。日本の米は世界で最も美味いと思うが,新米だとベタベタしてしまうので,さらりとした鮨飯にするために,ある程度水分が飛んでしまった小粒の古米(昨年収穫された米)を使う。ただ,職人によっては,季節に応じて,新米とブレンドすることもある。表面が固くて,中が軟らかいように炊くのが良いと言われる。
 米を炊く水も徹底して選ばなくてはならない。水道水では硬度が高いので,美味い井戸水や山水を使う。日本は世界でも類まれな軟水の国であり,北へ行くほど水の硬度が下がるのだが,江戸前の握り鮨には,中部以北の水が良い。外国で鮨が不味いのは,多くは米と水に大きな原因がある。日本の米に日本の自然の軟水でなくてはいけない。
 塩と酢も上質のものを使う。筆者は海水から作る天日干しの赤穂の塩を推する。酢は酒粕から作った赤酢でなくてはならない。砂糖はさらりとした和三盆の方が良いと思う。それら酢と塩と砂糖を,酢1升に対して塩500g,砂糖200~250gくらいの割合でかなり塩辛い味になるよう混合して,徹底して泡立つまで攪拌する。
 炊き上がった熱々の飯を,木桶の中でしゃもじで切るようにしながら,上述の合わせ酢を混ぜて味を調える。握り鮨のための塩梅は江戸っ子の感覚で,間違っても関西系のはんなりとした甘酢にしてはいけない。京都の鯖寿司と大阪の箱鮨,奈良の柿の葉寿司など,関西の鮨飯は酢と砂糖を多い目にするが,江戸前はあくまでもさっぱりと塩ベースである。 満足行くまで食べた後に喉がカラカラに渇くくらい鮨飯を塩辛くしておくと,魚の味が透き通って舌の上に踊る。
 鮨飯は,鮨種と合わせてちょうど一口で食べられる量に握る。人によって口の大きさは異なるので,客の顔を見て調節するのが良心的職人である。飯の上に乗せる鮨種を必要以上に大きくするのは女郎鮨と言って,下品な鮨であるとされる。飯と魚とのバランスが重要なのだ。
 握る強さは,適量の空気を含むように,鮨種の種類によって調節する。鮨種を咀嚼するときに,米が同時に崩れていくような握り方にすることが大事である。握り鮨を数える単位のことを「カン」という。

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鮨屋の基礎知識

 江戸前の鮨屋は握ってもらった鮨を即座に食べる場所である。鮨を調理する人のことを,料理人とは言わずに職人という。コックではなくて,テクニシャンである。目前で握ってくれる職人は板前と言う。鮨は作ると言わずに「つける」と言う。元々,新鮮な海産物を酢や塩に漬けたことから,つけると言うらしい。板前が鮨を握るところを「つけ場」と言い,その前の客が座るところを「つけ前」と言う。
 鮨屋では,「おまかせ」「お好み」「お決まり」と,三種類の注文の仕方がある。「おまかせ」は,板前にその日の鮨種の選択を全て任せるもので,「お好み」は客が勝手に選んで注文することを言う。「お決まり」は,その鮨屋で,松,竹,梅や,金,銀など,値段と内容が確定された定番を言う。「お決まり」は,その時々で値段の安いものをアレンジして,全体で採算が取れるようにして価格を一定にしたものである。「お決まり」に入っている鮨種を,「お好み」で注文すると値段が跳ね上がることがある。
 「おまかせ」にするときは,電話で予約を取るときに,好き嫌いや総額の支払いをあらかじめ伝えておけば良い。お土産を家族に持って帰りたいときは,最初にその旨を伝えておくと,間合いを見計らって作ってくれるので,帰り際までに用意しておいてくれる。
 生ものを扱う鮨屋は,店の前にも酢の匂いが漂っているくらい清潔でなくてはならない。すし店では,例え裏口であろうと,魚の腐臭の微塵も漂わせてはいけない。

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鮨とは何か-その歴史

 歴史を遡ると,鮨とは,西南中国からインドシナ半島にかけて,魚肉を飯といっしょに漬け込み発酵させた,水田耕作民の始めた保存食のことである。今では,琵琶湖の鮒鮨や和歌山のなれ鮨などに,その伝統が残っている。
 すしは,鮨,鮓,寿司,寿し,など様々な漢字が当てられるが,各々に歴史がある。古来の「鮨」は,西南中国からインドシナ半島にかけて古くから分布する,魚を飯と塩で漬けて発酵させた食べ物のことである。 飯と塩で魚を漬け込み,発酵させた食品を意味する「鮓(サ)」は中国の戦国時代に「鮨(シ)」と混同して使われだしたまま,日本に伝わったという。 「寿司」は江戸時代に縁起を担いで当てた字である。
 時代が下がって,炊きたての飯に酢と塩を混ぜ合わせ具を添えるという,発酵食品であった鮨の簡易版が考案された。これが現在一般に普及している鮨という料理方法の原点であると考えられている。腐敗を防ぐためにも押し鮨が一般的であった。これは全国に普及し,各地で様々な料理が考案され,現代に伝わっている。大阪の押し寿司,九州の寿古寿司などもその類である。
 江戸時代文政の頃(1818~1830年),江戸(東京)の両国にあった「輿兵衛鮨」の花屋輿兵衛という主人が,炊きたての飯に酢を合わせ,さらに東京湾の豊富な生魚を乗せてすぐに食べるという,江戸前握りを始めた。江戸文化の華やかな頃で,天麩羅やうなぎの蒲焼などが普及し始めたときでもある。それから四半世紀後に記された「守貞漫稿(1853)」には,すでに江戸には押し鮨の店はなくなり,大阪にも江戸風の握り鮨を売る店が増えたと書かれている。
 ファストフードとして町の屋台で供される鮨は,魚の新鮮さを保つためにも,調理時間の短いことが重要であった。鮨屋の威勢の良さは,魚を新鮮なうちに美味く食べさせるために仕事を急ぐところに由来する。江戸時代から明治の文明開化を経て,多くの鮨屋の栄枯盛衰を経ながら,本当に美味いものを追求する粋人の情熱と,それに応えようとする鮨職人の心意気に支えられて,江戸前鮨は連綿と続いて洗練されてきた。これは,新鮮な魚を美味く食べるために,最も合理的な技術や手法を追求し続ける,日本的な技術向上心の結晶たる食べ物である。発酵させたり,煮たり,あるいは急いで運んできたりしながら,食材が本来持つ美味さをさらに磨き上げて供するところに,鮨の真髄がある。当然のことながら,単なるレシピの伝授には終わらない,文化的意味の諸々を含むので,以下に総体としての日本の鮨を記述していく。
 ここでは,伝統的な「鮨」という字を用いることとする。ただし,京都の鯖寿司は,祝いの意味を含有するので「寿司」という字を当てる。
(参考;石毛直道 食いしん坊の民俗学 平凡社 1979年)

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鮨の本質を論じる

 機械が握った米の塊に粉ワサビを擦り付け,解凍した魚を乗せて,ベルトコンベアに乗って回っている食べものが,世界中でSushiとして流行しており,美味い健康食だと信じられている。それにより,大量の海産資源が冷凍されて流通し消費されており,鮪のように,漁獲高が削減された例もある。また一説には,あと50年ほどで海産資源が枯渇し,人類は魚を食べることができなくなるという報告もある。
 本来,江戸前の握り鮨は,手近にある材料を,新鮮なまま,あるいは保存のために多少の手を加えて,それを最も美味く食べるために編み出された料理の一手法であって,日本人が考え出した,世界に誇る日本の技術文化である。これは手当たり次第に,冷凍の魚を大量に消費するような,現状のSushiとは本質的に異質なものである。
 筆者は,世界中で圧倒的大量に消費されているような冷凍の海産魚よりも,たとえ養殖でも,新鮮で冷凍されていない鱒や鯉のほうが,よほど美味いと思う。ここでは,海産資源を守る立場から,筆者なりの鮨の本質を論じてみたい。

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