各種鮨種について-縞鯵(シマアジ)

縞鯵(シマアジ)
 天然ものは脂が乗っていても軽くてコリコリしてほのかに甘い。これは黒潮に乗っている30cmくらいのが一番美味いと思う。6月から8月の夏が旬である。確実に天然ものだと確信できるときは食べたら良い。しかし,いくら天然ものだとはいえ,冷凍されたものは駄目だ。冷凍すると脂と筋肉が完全に分離してしまうからである。最近は養殖ものが標準化されて,脂っこく臭いのが増えた。養殖ものは,ベタついてなにやら家畜のような臭いがする。ハマチと同様に,養殖ものの普及で本質が失われたように思う。

comments

各種鮨種について-鯵(アジ)

鯵(アジ)
 真鯵である。夏が旬と言われるが春先と秋でもそれぞれに美味いと思う。これも季節と産地でかなり味が異なる。相模沖のものは,身がとても軟らかく,脂もほどほどに乗っている。身と脂とは溶け合って別の次元で融合し,口中で全てが混然一体となり米とともに溶けていく。握り鮨とたたきにするならば,相模ものが世界で一番美味い。また,九州から玄界灘のものは,相模のアジとは別物で,あっさりとしており,身が引き締まっている。和歌山沖から瀬戸内の近畿圏のものは,焼き魚にしたら出汁が溢れ出てくる。
 20cm超くらいのサイズのもので,片身で握り1カンになる程度が鮨には丁度良い。これを三枚におろし,皮をはいで骨を抜いてから,生姜を漬け込んである酢に一瞬だけくぐらせる。この酢に入れる時間はせいぜい30秒。砂糖の入ってない二番酢で,生姜を漬けてある酢でなくてはいけない。この,一瞬酢に入れるのがコツなのだが,30秒と1分ではかなり変わってくる。そして,握りにしてから,新鮮な細い葱(わけぎやあさつき)とおろした生姜を載せ,醤油をちょっとつけて口に入れる。葱は,あさつきくらいの細さのものが良いようで,芽葱になると繊細すぎ,いわゆる万能ねぎでも下品になり,白葱では強大すぎる。葱は葱自身を主張する程度に,瑞々しく香り立ちながらも,出しゃばり過ぎることなく,繊細なアジを引き立てなくてはならない。裏の畑で取ってきたばかりの新鮮な葱が必要である。
 30cm以上の大き目のアジも,切り身で握るとそれなりに美味いが,一口大の相模ものに勝るとは思えない。相模近辺に行ったら,アジばかり集中的に食べることにしている。

comments

各種鮨種について-鯖(サバ)

鯖(サバ)
 親しみ深い魚だが,産地によってかなり味が変わる。揚がる港をブランド化してしまった有名な関サバのように,韓国済州島から対馬海峡近辺のサバは身が締まっている。他方,京都の鯖寿司に使われる小浜湾のサバは,身がはんなりと軟らかく脂がたっぷり乗っている。それぞれに美味いが,新鮮でなくては駄目なのは言うまでもない。江戸前の握り鮨にするのには,あまり脂もなく,さっぱりめの関東の太平洋側のサバを,酢ではなく塩で締めたのが良い。秋サバはなんとかに食わすなといわれるように,秋から美味くなってきて,旬は冬である。鯖折りという言葉があるように,頭を上に折って活け締めにすると美味くなる。
 近年,ノルウェー産の鯖が国内で幅を利かせていて,焼いたりあるいは煮たりするとそれなりに食えるが,脂が乗りすぎている上に臭いが強く,冷凍後の身がバサバサしてかなり不味い。

comments

各種鮨種について-子肌(コハダ)

子肌(コハダ)
 これこそ店主の腕の見せどころ,ヒカリものの最高峰である。鮨屋でもしコハダが売り切れていたとしたら,画龍点睛を欠くように思える。春から初夏に出る5cm以下の小さいものを新子という。新子は季節を楽しむものでもあるが,あっさりしているのでこちらを好む人も多い。秋に少し脂が乗って美味くなる12cmくらいのサイズのものがコハダで,旬は春と秋の二回ある。いずれも酢漬けにする加減が難しい。この漬け具合は好みによるが,上手に漬けて4~5日経つと少し発酵してきて,上質のチーズのような香りがほんのり立ち昇る。筆者はこれを最高だと思う。
 ちなみに,16cmくらいからは,ナカズミ(ナカスミ)と呼び,20cmを超えるとコノシロという,大きさで名前が変わる出世魚である。コノシロは韓国で多く養殖されているので輸入ものも多い。

comments

各種鮨種について-鮪(マグロ)②

鮪 大トロ
 大トロは,脂が多く腐りやすいこともあって,元々はあまり食べなかった部分なのだが,冷蔵技術の進化発展とともに,好んで食されるようになってきた。津軽海峡の本マグロの大トロは,脂が多いわりにさっぱりしてしつこくもなく,口の中で溶けて米ときれいに混じり合う。しかし,これも個体差や部分差が大きくて,鮨屋の眼力を超えたところの至高の一品に当たるかどうかは,運次第である。脂が歯にからみついて先に流れ落ち,舌に繊維ばかり残るのは,冷凍ものである。藁を噛みながら解凍した脂を舐めているだけのようなものである。

鮪 中トロ
 大トロよりも実は中トロに本質が宿る。切り身の半分が赤身で半分がトロで,色が徐々に変わっているようなところが一番美味い。腕の良い職人がしっかりと選んで,「今日のは今年最高の近海もの!」などと言ってくれるようなのは,さっぱりとして滋味溢れ出て,こればかり食べたくなる。もちろん,冷凍ものならば食べない。

鉄火
 マグロの質によって左右される上に,海苔の質によるところも大きい。美味いマグロを使って,きちんと巻くと良いのだが,鮨飯とマグロの量の比率がどうも難しい。マグロが大きければよいというわけでもなく,海苔とマグロと飯の割合に黄金比がある。山葵の加減も難しい。材料選びと握りが上手な職人でも,細巻きが上手だとは限らないようである。切り身を巻くのは邪道で,こそぎ落とした身を巻くのが本来の鉄火である。賭博場を鉄火場というが,その鉄火場で身を崩すという意味から来ているという説がある。また別に,鉄砲の銃身のようでもあるから,鉄砲の火という意味であるとの説もある。マグロは博打という言もあることから前者が正解かと推測される。

ネギトロ
 葱の新鮮さとトロの部位の調和が大切で,本当に美味いと思えるものに出会える確率は低い。美味い鮨屋でも,ネギトロが上手とは限らない。手巻きは量的なバランスを曖昧にできるから,一種の誤魔化しである。細巻きの鉄火と同様に,トロの良し悪しと海苔の味,それに加えて葱の清らかさが,全体の調和に対してそれぞれ独自に主張するので,かなりバランスの難しいものである。

comments

各種鮨種について-鮪(マグロ)①

 江戸前鮨は,新鮮な魚を美味く食べるために,醤油に付けたり,煮たりしたものが基本であり,煮たり焼いたりすることを,職人の符牒で「仕事をする」という。生の魚を切っただけのものは,仕事をしたとは言わない。
 これから列挙していく鮨種については,旬の順に書くべきか,類別に論じるべきか迷ったが,旬が春秋二度あるものや,白身,赤身,光りものなどの伝統的分類に入れ難い新規の鮨種もあるので,まずは鮪から始めて,以降は「お好み」ということで順不同に論述していくことにする。

鮪(マグロ)
 赤身。冬が旬だが,近海物や若魚は夏から秋にかけてが旬。狭義でマグロとは,クロマグロ(本マグロ,シビマグロとも言う)のことである。クロマグロの60cm程度の小さいものはメジマグロ,それより小さい幼魚はヨコワと呼ばれる。近海産のクロマグロが最高で,青森県北部の大間と北海道の戸井,松前,噴火湾に揚がる,津軽海峡の本マグロが一番である。青森側は一本釣り,北海道側は延縄で獲るのだが,この漁の仕方で味が変わる。小船で漁に出る一本釣りは,海に漬けたまま船で引いて帰港するので魚を傷めない。他方延縄は,数十キロの縄に無数の針をかけて何匹も捕らえるので,針にかかった魚が暴れ,痛む。しかし,水揚げごとに活け締めにされるので味が保持される。どちらの漁の方法も,一長一短である。二番目は紀伊勝浦に揚がるものである。四国沖で,延縄で獲るもので脂身が少ない。ニューヨークで食べるボストン沖のクロマグロも美味いが,どうも泳いでいる水の味に影響を受けているようで,やはり日本近海ものには勝てないと思う。
 広義では,他にミナミマグロ(インドマグロ),メバチマグロ,キハダ,ビンナガ(ビンチョウ),を含めてマグロは5種類となる。和歌山県の勝浦漁港に揚がるメバチマグロは繊維質がしっかりしていて歯ごたえもあって美味いものだ。インドマグロは脂が濃くて,クロマグロの次に珍重されるが,漁獲高からみると2%程度であり,その大半は冷凍されたものである。
 マグロは種類も複数ある上に,同じ場所で獲れた同類同種の同じ群れの個体でも,それぞれピンからキリまであって,まったく違う味であったりする。漁港や卸市場で並んでいる中から,良いマグロかどうかを見極めるのは高度な職人芸で,漁港の仲買人は,一匹で100万円損することもあるという。マグロは博打だとも言われる所以である。さらに切り身になって卸市場に並んでいても,質を見極めるのは至難の技である。マグロを食べるとある程度は鮨屋の力量がわかる。しかし,本当の最上級のマグロに出会えるかどうかは,鮨屋の力量の上に,さらに時の運も大きい。
 江戸時代は,マグロは下魚とされていたが,天保15年(1844年),江戸・馬喰町の恵比寿鮨が,大漁で値下がりしたときに醤油漬けにして売り出したところ,それが爆発的に江戸の鮨屋に普及した。マグロは締めてから一日から二日で熟成して食べ頃になる魚である。江戸の海で獲れたマグロを醤油とともに保存し熟成させて,数日の間に食べるというのが,マグロの「ヅケ」の始まりである。脂の少ない赤身の良いところを醤油や煮きりに漬けるのだが,この漬け加減が難しく,うまく仕上がるかどうかは職人の腕次第である。上質の赤身の短冊を,上手に仕上げた煮きりに15分程漬けたヅケは,醤油が染みて余分な水分が抜けており,「日本万歳!」とでも叫びたくなる。
 日本人はマグロが好きで,冷凍マグロがビジネス街の定食屋や繁華街の居酒屋から,山中の温泉宿などでもよく出てくるが,多くは細胞膜が完全に潰れていて弾力に欠け,まるで駄目である。あまりにも多くの人たちが,マグロ神話に乗せられて,マグロなら美味い,マグロなら高級であると信じ込んでいるから,しなびた冷凍ものの流通が定着してしまった。
 日本市場に供給されるマグロは年間約58万トンで,半分以上は冷凍であり残りの大半は冷蔵である。冷凍とは,氷点下50度以下で急速冷凍したものを,氷詰めにしたもので,3ヶ月くらいは持つという。業界で言う生(生鮮)マグロとは,摂氏零度前後の冷蔵状態で供給されるものを指す。空輸対象となるのはこの生マグロで,港で水揚げされてから一週間程度で販売される。
 しかし,真に美味いのは,魚を氷詰めにして,氷が解けないうちに運ばれてきた,本当の「生」である。冷凍していない近海ものの,本物のクロマグロを食すと,高く支払っても,本当に美味いマグロをたまに一口食べるだけでいいと思うようになるだろう。

comments

鮨の五大基本要素-(5)茶(ちゃ)

(5)茶(ちゃ)
 実はお茶も,鮨にとっては大切な要素である。日本の軟水で出すお茶は極上である。江戸前の鮨には静岡の茶が良い。食べている最中にも頻繁にお茶で舌を洗いたい。冷めれば遠慮なく取り替えてもらえばよい。鮨屋で出されるお茶は,湯を入れるとすぐに出るという理由で,粉茶か芽茶が一般的である。「上がり」というのは鮨屋の符牒で,「客が一丁上がり」という意味なので,客が使うべき言葉ではない。
 江戸前握りは,本当はお茶だけで食べるのが筋である。筆者は刺身も鮨も,好みの日本酒で舌を湿らせる程度にして食べるのを好むが,しかしアルコール類は,魚の味を消してしまうものである。ビールやワインは論外である。「酒は蕎麦屋に行け」と言われるくらい,鮨屋で酒に溺れるのは無粋なこととして嫌われる。酒をともにするとしても,せいぜい1合程度にして,あくまでも粋に,茶で口中を洗いながら,生姜でリフレッシュして,それぞれ異なる美味い鮨をさっさと食べて,さっさと帰ることを目指そう。鮨屋は,長居するところではない。

 以上,飯と山葵と生姜と醤油とお茶の五大要素がきちんと揃っていないと,どんなに鮨種が美味くても駄目である。地方の漁港近辺の鮨屋などに行くと,地の魚だけは新鮮で滅法美味いのに,山葵がパックに入ったようなもので,飯がベタベタしていて,醤油が大量生産工業品,などということが多々ある。筆者はそんな鮨屋に当たったら,刺身と焼き魚でなんとか誤魔化し,地酒を飲んで帰ってくるようにしている。

comments

鮨の五大基本要素-(4)醤油(しょうゆ)

(4)醤油(しょうゆ)
 鮨の付け醤油は,本醸造の上質なもので,少し濃い方が良い。職人の符牒は,その色から,「むらさき」という。銚子あたりで良いものが作られている。関西式薄味醤油などはもっての他である。江戸前の鮨飯は十分塩が効いているので,香り付けにちょっと付ける程度にする。握り鮨を手で持ったら,ちょいとひねって身の表面の端っこに少し付ける。軍艦巻きや細巻きは,海苔の下の方に少し付ける。軍艦巻きを傾けると崩れ落ちるならば,醤油差しで上から少し垂らしても良い。いずれも,醤油はあくまでも香り付けである。鮨飯を醤油に浸して小皿に飯粒が崩れ落ちるような食べ方は行儀が悪い。
 醤油に味醂,出汁,酒などを加えてひと煮立ちさせたものを「煮きり」という。平目,コハダなど,鮨種全般に塗るものである。筆者は多くの場合,すっきりと醤油とワサビだけを好む。
 さらに,穴子などの煮汁を煮詰めたものを「ツメ」と言う。醤油ベースの,味醂や砂糖でとろりと甘くしたタレである。穴子や煮蛤には,きちんと作ったツメが欠かせない。
 醤油の文化的起源は中国だが,伝統的な日本の醤油は,日本独自のものとして完成しており,食卓調味料の世界最高峰の一つである。

comments

鮨の五大基本要素-(3)生姜(しょうが)

(3)生姜(しょうが)
 新鮮な新生姜の皮を丁寧に剥き,塩で揉んでから,魚を漬けた二番酢に漬け込んでおく。生姜は塩と酢だけで,決して砂糖を入れてはいけない。あまりにも多くの鮨屋で砂糖を入れているが,決して砂糖など入れないのが本筋である。生姜は和歌山産が良い。後述するが,生姜の漬け酢は鯵の握りなどにも使用する。
 北大路魯山人はヒネ生姜の酢漬けを好んだそうだが,筆者は新生姜を塩と酢だけで漬けたものを好む。ヒリヒリと辛い,ひとひらで汗かくくらいのほうが,江戸前鮨を引き立てるのだ。職人の符牒は,「ガリ」という。作るとき,食べるときにガリガリ音がするからだそうだ。
 この新生姜を塩と酢だけで漬け込むのは家庭でも簡単にできるので,冷蔵庫に常備しておくと良い。カレーの薬味としても最上である。

comments

鮨の五大基本要素-(2)山葵(ワサビ)

(2)山葵(ワサビ)
 山葵の本来の効用は,酢や塩と同様に消毒である。しかし,その香り立つ味わいは,もはや鮨にも刺身にも欠かせない。職人の符牒ではサビという。
 伊豆の天城山の清流で育ったものが最上である。緑が鮮やかで大ぶりなものが良い。鮫の皮でおろすと,山葵はほんのり甘く,上質の香りが立ち昇る。山葵は金属と電荷反応して甘みが消え,辛みが刺々しくなるので,金属のおろし金は禁物である。ただし,合わせるものによっては,切り立つ鋭さをかもし出す,金属でおろす山葵のほうが良い場合もあるので一概には言えないところが難しい。握る毎におろしたてを使わなくてはいけないのは言うまでもない。
 刺身を食べるときは,切り身の上に山葵を適量乗せて,身の下のほうを醤油に浸して食べる。そうすると,山葵の持つ甘さと香りが失われずに,刺身と醤油との調和に華やかな彩りが添えられるのだ。刺身醤油に山葵を溶くと,せっかくの香りが消えてしまうので,これは無知で無粋で下品な食べ方である。
 最近増えているビニール袋から搾り出すワサビは偽物が含有されていて不味いので避けたい。外国のホースラディッシュと化学薬品でできているような,水で練る乾燥粉末ワサビは論外である。

comments