イクラと筋子(スジコ)
イクラもスジコも,北海道産を北海道で食べるに限る。地元の味を知っている人が仕込まないといけない。もちろん旬は秋である。道産のサケから採れたものだけがイクラ,あるいはスジコである。醤油漬けというのもあるが,これも道産子が道産鮭のそれを漬けたものに限る。これと海苔と山葵があれば,いくらでもご飯が進む。北海道で食べる新鮮な北海道産は,世界中の如何なるところで食べるイクラ・スジコよりも,軟らかく,香り高く,美味である。
以前,世界で誉れ高いキャビアを数種類買ってきて食べ比べてみたが,イクラのほうが圧倒的に美味いということがよくわかった。キャビアを山葵と海苔と醤油で食べると,はっきりと,なにか頼りないことが分かるのである。一方イクラは,キャビアのようにレモンやサワークリームを添えても,しっかりと香り,しっかりと舌に広がるのであった。よって,イクラをもって世界三大珍味の一つとしたい。
最近,アラスカやヨーロッパ産のものもあるが,それぞれ匂いが異なり,その卵は変に生臭い。さらに最近は合成の偽物イクラが,「魚介加工品イクラ」などと紛らわしい名前で売られているが,ゼラチンで作った皮が歯に残る上に,たぶん北欧のサバが原料なのだと思うが,変な魚臭があって食べられたものではない。他には,自分で釣ったキングサーモンの卵を塩漬けにして食べたことがあるが,脂っぽくて不味かった。やはり北海道産のものが一番である。
各種鮨種について-蛸(タコ)
蛸(タコ)
タイと同様に,瀬戸内の明石の真蛸に限る。流れの速いところで吸盤も鍛え上げられているタコが一番。冬から春に美味くなる。味のあっさりした江戸前も人気があるが,筆者は明石から淡路のものが好きだ。このあたりのタコは,噛むほどに滋味やら出汁やらがジュバジュバ湧き出てくる,その度合いが他のものと比べて遥かに違う。
日本では,マダコとミズダコとイイダコの3種類がよく知られている。国産でもミズダコは名前の通り水っぽくて美味くない。冷凍アフリカ産など,たこ焼にも入れないで欲しいと思うくらい,もっての他である。冷凍すると,繊維質と旨みが分離してしまう。
イイダコは煮物。鮨ネタというよりは酒のつまみだが,頭の中に飯のような子がたくさん詰まっているものを煮て食べるとやみつきになる。マダコの子も煮物にしてつまみで出してくれるときがある。タコの子はすぐに腐るしあたることがあるので,生ではあまり食べないようにする。足の先に,イソギンチャクの毒が溜まっている個体があるので,生の足先は食べないこと。あたると点滴しながら3日入院という憂き目に会うことがあるそうだ。
各種鮨種について-烏賊(イカ)
烏賊(イカ)
スミイカ,スルメイカ,ヤリイカ,アカイカなど,色々種類があるが,江戸前にはスミイカ(コウイカ)が一番。それも小さめで手のひらに乗る程度のサイズが良い。旬は冬である。煮烏賊といって,ヤリイカなどを軽く軟らかく煮て握りにするのもある。アカイカという大きなのは,一度冷凍すると旨みが出てくるという不思議なイカである。スルメイカを細く切ってイカそうめんにして,軍艦巻きで生姜醤油というのも良いか。
イカは,種類で味わいがかなり異なり,スミイカの次にはヤリイカなどと比べながら食べたくても,たいていの鮨屋では,「今日のイカは○○で」,などと言われて選択肢がない。どうして十把一絡げに一種のイカだけになってしまうのだろう? 以下は,そう思う人のための一手である。
子供の頃大阪の鮨屋で,紋甲烏賊(モンゴイカ=カミナリイカ)の切り身を海苔で細巻きにして,縦に並べた上にウニを乗せる,「ウニのイカ巻き」というのがあった。ねっとりと甘いモンゴイカが最上だが,軟らかいイカならなんでもいいから,なじみの鮨屋で特別オーダーしてみたらいい。ウニとイカのマリアージュであるが,比率が難しい。あまり細かく比率について注文すると嫌がられるので,大将がよほど機嫌の良いときに限る。
各種鮨種について-鱧(ハモ)
鱧(ハモ)
おそらくこれが,江戸前アナゴの関西進出を阻んでいる最右翼かと思われるのだが,鱧は関東では全く見られない。細かい骨があるので,ハモの骨切りという独特の技術を要する。骨切りは,皮を残して身を細かい骨ごと,約1mmの幅に薄く切っていく。身が全て皮に付いたままで湯に落とすと,皮が縮んで身が一斉に開いて華やぐ。氷で冷やしたところを梅肉か酢味噌で食べるのだが,その料理法を「鱧落とし」という。これをそのまま握り鮨にしても良い。昔は大阪湾で揚がったものを京都に運ぶ道中で,骨切りをしていたらしい。夏の京料理として有名ではあるが,実は,ハモは淡路島で新鮮なのを食べるのが最高である。厚い皮の弾力と,真っ白くて瑞々しい身が見事な対比を示す。冷酒とともに,梅肉をちょっとつけてモグモグ食べていると,淡く繊細な味わいの中に大海原の百花斉放を感じて,一匹分くらい軽くいけてしまう。真夏の夜のハモ。
各種鮨種について-穴子(アナゴ)
穴子(アナゴ)
東京湾羽田沖の穴子が,軟らかくて嫌味なく,世界で一番美味い。旬は冬から春。神戸から明石の関西式焼き穴子も美味いが,こちらは,小ぶりのものを固く焼いて食べるので,鮨種としては別分類にすべきであろう。
江戸前は,煮て下ごしらえしたものを,軽く炙って香りを立たせ,熱いところを握って食べる。つけるのは穴子の骨の出汁をベースにした甘いツメ。江戸前の穴子の身は厚く,軟らかく,口の中でホロホロと崩れて米と混じり合って溶けていく。これ一点,何も比べる対象がなく,咀嚼している間は他の一切を忘却の彼方に押しやるので,毎度々々感動する。
穴子は,鮨屋の腕前によって味がピンキリに変わる。焼かずに蒸すだけの蒸し穴子にする場合は,よほど上手でないと匂いがこもるように思う。関西人の好みの味だと思うのだが,関西には決して伝わらない,江戸前の究極の一つである。
各種鮨種について-白魚(シラウオ)
白魚(シラウオ)
江戸前では昔から欠かせない一品で,春の魚である。小さくて綺麗でほのかに苦くて甘い。食せば,まるで水のように淡く流れ去るようである。河川を遡上する魚なので,河口より上で網をかけるらしい。軍艦巻きにするのが一般的だが,海苔は少なめにしたほうが良いと思う。
各種鮨種について-クエ
クエ
海の子豚肉というべきか。しっかりとした肉は,もはや魚の内にいれていいのかどうか迷うくらいである。魚の概念を超えている。鍋がベストかと思いきや,鉄板バター焼きなどという一風変った洋風料理でも美味い。刺身では薄造りにする。鮨にすると,しっかりと噛みしめることができる。そもそも捕れる数が少ない上に個体が大きいので,冷凍する場合が多いようだが,冷凍ものと生とではかなり違うので注意が必要。本場は和歌山有田から白浜,そして南日本からシナ海に分布するそうだ。似て非なる冷凍輸入ものが横行しているが,こちらは臭くて食えない。
各種鮨種について-キンキ
キンキ
新鮮なのはオレンジ色で,古くなると赤くなってくる。分布しているのは樺太,千島から駿河湾までの太平洋側だそうだが,北海道で食べる炭火焼が最高である。鮨にしても美味いが,脂肪分とゼラチンが多いので,炭焼きで皮の側をパリパリに焼いたら,比較対象のない絶品の一つになる。煮ても美味い。鮨にする場合は,そのままでも良いが,表面をバーナーで炙って,ミディアムレアにするのも良い。しかし,キンキもサンマと並んで,やはり焼き魚が最上であると思う。
各種鮨種について-伊佐木(イサキ)
伊佐木(イサキ)
鮨にしても脂があって滋味溢れ出て美味い。しかし産地でかなり味が違う。播磨灘と南紀と外房では,それぞれに個性が違っている。塩焼きにするとこれ一匹で何もかも満足できるくらい,たっぷりとした旨みに包まれる。残った頭と骨には湯をかけて吸い物にすると,濃い出汁が出る。サンマは後味が脂っぽいが,イサキはいつまでもさわやかに快い余韻が残る。
各種鮨種について-秋刀魚(サンマ)
秋刀魚(サンマ)
生で握り鮨にするよりは,酢で締めて棒寿司にしたほうが美味いと思う。日本海のサンマは引き締まっていて脂も少なく,鮨や刺身には抜群である。しかし,やっぱり,サンマは秋の太平洋の脂の乗ったのを,庶民的に炭火で塩焼きにするのが最高である。これほど美味い焼き魚はないと思うくらい,独自の世界である。これは,内臓まで食べてやっと理解できる世界であるから,すだちと大根おろしをたっぷり用意しておいて,七輪で丸ごと焼いて,全部一人で最低2匹は食べることである。炊き立ての白飯も欠かせない。そうすると,年に2回程度食べるだけで満足するので,貴重な海資源を養殖魚に回してあげることができるかもしれない。