各種鮨種について-鮪(マグロ)①

 江戸前鮨は,新鮮な魚を美味く食べるために,醤油に付けたり,煮たりしたものが基本であり,煮たり焼いたりすることを,職人の符牒で「仕事をする」という。生の魚を切っただけのものは,仕事をしたとは言わない。
 これから列挙していく鮨種については,旬の順に書くべきか,類別に論じるべきか迷ったが,旬が春秋二度あるものや,白身,赤身,光りものなどの伝統的分類に入れ難い新規の鮨種もあるので,まずは鮪から始めて,以降は「お好み」ということで順不同に論述していくことにする。

鮪(マグロ)
 赤身。冬が旬だが,近海物や若魚は夏から秋にかけてが旬。狭義でマグロとは,クロマグロ(本マグロ,シビマグロとも言う)のことである。クロマグロの60cm程度の小さいものはメジマグロ,それより小さい幼魚はヨコワと呼ばれる。近海産のクロマグロが最高で,青森県北部の大間と北海道の戸井,松前,噴火湾に揚がる,津軽海峡の本マグロが一番である。青森側は一本釣り,北海道側は延縄で獲るのだが,この漁の仕方で味が変わる。小船で漁に出る一本釣りは,海に漬けたまま船で引いて帰港するので魚を傷めない。他方延縄は,数十キロの縄に無数の針をかけて何匹も捕らえるので,針にかかった魚が暴れ,痛む。しかし,水揚げごとに活け締めにされるので味が保持される。どちらの漁の方法も,一長一短である。二番目は紀伊勝浦に揚がるものである。四国沖で,延縄で獲るもので脂身が少ない。ニューヨークで食べるボストン沖のクロマグロも美味いが,どうも泳いでいる水の味に影響を受けているようで,やはり日本近海ものには勝てないと思う。
 広義では,他にミナミマグロ(インドマグロ),メバチマグロ,キハダ,ビンナガ(ビンチョウ),を含めてマグロは5種類となる。和歌山県の勝浦漁港に揚がるメバチマグロは繊維質がしっかりしていて歯ごたえもあって美味いものだ。インドマグロは脂が濃くて,クロマグロの次に珍重されるが,漁獲高からみると2%程度であり,その大半は冷凍されたものである。
 マグロは種類も複数ある上に,同じ場所で獲れた同類同種の同じ群れの個体でも,それぞれピンからキリまであって,まったく違う味であったりする。漁港や卸市場で並んでいる中から,良いマグロかどうかを見極めるのは高度な職人芸で,漁港の仲買人は,一匹で100万円損することもあるという。マグロは博打だとも言われる所以である。さらに切り身になって卸市場に並んでいても,質を見極めるのは至難の技である。マグロを食べるとある程度は鮨屋の力量がわかる。しかし,本当の最上級のマグロに出会えるかどうかは,鮨屋の力量の上に,さらに時の運も大きい。
 江戸時代は,マグロは下魚とされていたが,天保15年(1844年),江戸・馬喰町の恵比寿鮨が,大漁で値下がりしたときに醤油漬けにして売り出したところ,それが爆発的に江戸の鮨屋に普及した。マグロは締めてから一日から二日で熟成して食べ頃になる魚である。江戸の海で獲れたマグロを醤油とともに保存し熟成させて,数日の間に食べるというのが,マグロの「ヅケ」の始まりである。脂の少ない赤身の良いところを醤油や煮きりに漬けるのだが,この漬け加減が難しく,うまく仕上がるかどうかは職人の腕次第である。上質の赤身の短冊を,上手に仕上げた煮きりに15分程漬けたヅケは,醤油が染みて余分な水分が抜けており,「日本万歳!」とでも叫びたくなる。
 日本人はマグロが好きで,冷凍マグロがビジネス街の定食屋や繁華街の居酒屋から,山中の温泉宿などでもよく出てくるが,多くは細胞膜が完全に潰れていて弾力に欠け,まるで駄目である。あまりにも多くの人たちが,マグロ神話に乗せられて,マグロなら美味い,マグロなら高級であると信じ込んでいるから,しなびた冷凍ものの流通が定着してしまった。
 日本市場に供給されるマグロは年間約58万トンで,半分以上は冷凍であり残りの大半は冷蔵である。冷凍とは,氷点下50度以下で急速冷凍したものを,氷詰めにしたもので,3ヶ月くらいは持つという。業界で言う生(生鮮)マグロとは,摂氏零度前後の冷蔵状態で供給されるものを指す。空輸対象となるのはこの生マグロで,港で水揚げされてから一週間程度で販売される。
 しかし,真に美味いのは,魚を氷詰めにして,氷が解けないうちに運ばれてきた,本当の「生」である。冷凍していない近海ものの,本物のクロマグロを食すと,高く支払っても,本当に美味いマグロをたまに一口食べるだけでいいと思うようになるだろう。

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鮨の五大基本要素-(5)茶(ちゃ)

(5)茶(ちゃ)
 実はお茶も,鮨にとっては大切な要素である。日本の軟水で出すお茶は極上である。江戸前の鮨には静岡の茶が良い。食べている最中にも頻繁にお茶で舌を洗いたい。冷めれば遠慮なく取り替えてもらえばよい。鮨屋で出されるお茶は,湯を入れるとすぐに出るという理由で,粉茶か芽茶が一般的である。「上がり」というのは鮨屋の符牒で,「客が一丁上がり」という意味なので,客が使うべき言葉ではない。
 江戸前握りは,本当はお茶だけで食べるのが筋である。筆者は刺身も鮨も,好みの日本酒で舌を湿らせる程度にして食べるのを好むが,しかしアルコール類は,魚の味を消してしまうものである。ビールやワインは論外である。「酒は蕎麦屋に行け」と言われるくらい,鮨屋で酒に溺れるのは無粋なこととして嫌われる。酒をともにするとしても,せいぜい1合程度にして,あくまでも粋に,茶で口中を洗いながら,生姜でリフレッシュして,それぞれ異なる美味い鮨をさっさと食べて,さっさと帰ることを目指そう。鮨屋は,長居するところではない。

 以上,飯と山葵と生姜と醤油とお茶の五大要素がきちんと揃っていないと,どんなに鮨種が美味くても駄目である。地方の漁港近辺の鮨屋などに行くと,地の魚だけは新鮮で滅法美味いのに,山葵がパックに入ったようなもので,飯がベタベタしていて,醤油が大量生産工業品,などということが多々ある。筆者はそんな鮨屋に当たったら,刺身と焼き魚でなんとか誤魔化し,地酒を飲んで帰ってくるようにしている。

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鮨の五大基本要素-(4)醤油(しょうゆ)

(4)醤油(しょうゆ)
 鮨の付け醤油は,本醸造の上質なもので,少し濃い方が良い。職人の符牒は,その色から,「むらさき」という。銚子あたりで良いものが作られている。関西式薄味醤油などはもっての他である。江戸前の鮨飯は十分塩が効いているので,香り付けにちょっと付ける程度にする。握り鮨を手で持ったら,ちょいとひねって身の表面の端っこに少し付ける。軍艦巻きや細巻きは,海苔の下の方に少し付ける。軍艦巻きを傾けると崩れ落ちるならば,醤油差しで上から少し垂らしても良い。いずれも,醤油はあくまでも香り付けである。鮨飯を醤油に浸して小皿に飯粒が崩れ落ちるような食べ方は行儀が悪い。
 醤油に味醂,出汁,酒などを加えてひと煮立ちさせたものを「煮きり」という。平目,コハダなど,鮨種全般に塗るものである。筆者は多くの場合,すっきりと醤油とワサビだけを好む。
 さらに,穴子などの煮汁を煮詰めたものを「ツメ」と言う。醤油ベースの,味醂や砂糖でとろりと甘くしたタレである。穴子や煮蛤には,きちんと作ったツメが欠かせない。
 醤油の文化的起源は中国だが,伝統的な日本の醤油は,日本独自のものとして完成しており,食卓調味料の世界最高峰の一つである。

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鮨の五大基本要素-(3)生姜(しょうが)

(3)生姜(しょうが)
 新鮮な新生姜の皮を丁寧に剥き,塩で揉んでから,魚を漬けた二番酢に漬け込んでおく。生姜は塩と酢だけで,決して砂糖を入れてはいけない。あまりにも多くの鮨屋で砂糖を入れているが,決して砂糖など入れないのが本筋である。生姜は和歌山産が良い。後述するが,生姜の漬け酢は鯵の握りなどにも使用する。
 北大路魯山人はヒネ生姜の酢漬けを好んだそうだが,筆者は新生姜を塩と酢だけで漬けたものを好む。ヒリヒリと辛い,ひとひらで汗かくくらいのほうが,江戸前鮨を引き立てるのだ。職人の符牒は,「ガリ」という。作るとき,食べるときにガリガリ音がするからだそうだ。
 この新生姜を塩と酢だけで漬け込むのは家庭でも簡単にできるので,冷蔵庫に常備しておくと良い。カレーの薬味としても最上である。

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鮨の五大基本要素-(2)山葵(ワサビ)

(2)山葵(ワサビ)
 山葵の本来の効用は,酢や塩と同様に消毒である。しかし,その香り立つ味わいは,もはや鮨にも刺身にも欠かせない。職人の符牒ではサビという。
 伊豆の天城山の清流で育ったものが最上である。緑が鮮やかで大ぶりなものが良い。鮫の皮でおろすと,山葵はほんのり甘く,上質の香りが立ち昇る。山葵は金属と電荷反応して甘みが消え,辛みが刺々しくなるので,金属のおろし金は禁物である。ただし,合わせるものによっては,切り立つ鋭さをかもし出す,金属でおろす山葵のほうが良い場合もあるので一概には言えないところが難しい。握る毎におろしたてを使わなくてはいけないのは言うまでもない。
 刺身を食べるときは,切り身の上に山葵を適量乗せて,身の下のほうを醤油に浸して食べる。そうすると,山葵の持つ甘さと香りが失われずに,刺身と醤油との調和に華やかな彩りが添えられるのだ。刺身醤油に山葵を溶くと,せっかくの香りが消えてしまうので,これは無知で無粋で下品な食べ方である。
 最近増えているビニール袋から搾り出すワサビは偽物が含有されていて不味いので避けたい。外国のホースラディッシュと化学薬品でできているような,水で練る乾燥粉末ワサビは論外である。

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鮨の五大基本要素-(1)鮨飯

 世界で最も鮨が美味いのは,言うまでもなく日本は東京の築地界隈である。あちこちから上質の魚が届き,それを新鮮なうちに食べることができる。日本の江戸前の握り鮨は材料のコンビネーションのハーモニーなので,それぞれの材料に徹底して拘らないと美味いものができないのだが,まずもって最も重要な五大基本要素がある。

(1)鮨飯(すしめし)
鮨飯をシャリというのは,仏舎利を扱うように丁寧にしろという意味で,鮨職人の符牒であり,客が使う言葉ではない。
 鮨は飯がまず基本であって,いくら新鮮な魚があっても,飯が駄目なら全部駄目になる。日本の米は世界で最も美味いと思うが,新米だとベタベタしてしまうので,さらりとした鮨飯にするために,ある程度水分が飛んでしまった小粒の古米(昨年収穫された米)を使う。ただ,職人によっては,季節に応じて,新米とブレンドすることもある。表面が固くて,中が軟らかいように炊くのが良いと言われる。
 米を炊く水も徹底して選ばなくてはならない。水道水では硬度が高いので,美味い井戸水や山水を使う。日本は世界でも類まれな軟水の国であり,北へ行くほど水の硬度が下がるのだが,江戸前の握り鮨には,中部以北の水が良い。外国で鮨が不味いのは,多くは米と水に大きな原因がある。日本の米に日本の自然の軟水でなくてはいけない。
 塩と酢も上質のものを使う。筆者は海水から作る天日干しの赤穂の塩を推する。酢は酒粕から作った赤酢でなくてはならない。砂糖はさらりとした和三盆の方が良いと思う。それら酢と塩と砂糖を,酢1升に対して塩500g,砂糖200~250gくらいの割合でかなり塩辛い味になるよう混合して,徹底して泡立つまで攪拌する。
 炊き上がった熱々の飯を,木桶の中でしゃもじで切るようにしながら,上述の合わせ酢を混ぜて味を調える。握り鮨のための塩梅は江戸っ子の感覚で,間違っても関西系のはんなりとした甘酢にしてはいけない。京都の鯖寿司と大阪の箱鮨,奈良の柿の葉寿司など,関西の鮨飯は酢と砂糖を多い目にするが,江戸前はあくまでもさっぱりと塩ベースである。 満足行くまで食べた後に喉がカラカラに渇くくらい鮨飯を塩辛くしておくと,魚の味が透き通って舌の上に踊る。
 鮨飯は,鮨種と合わせてちょうど一口で食べられる量に握る。人によって口の大きさは異なるので,客の顔を見て調節するのが良心的職人である。飯の上に乗せる鮨種を必要以上に大きくするのは女郎鮨と言って,下品な鮨であるとされる。飯と魚とのバランスが重要なのだ。
 握る強さは,適量の空気を含むように,鮨種の種類によって調節する。鮨種を咀嚼するときに,米が同時に崩れていくような握り方にすることが大事である。握り鮨を数える単位のことを「カン」という。

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鮨屋の基礎知識

 江戸前の鮨屋は握ってもらった鮨を即座に食べる場所である。鮨を調理する人のことを,料理人とは言わずに職人という。コックではなくて,テクニシャンである。目前で握ってくれる職人は板前と言う。鮨は作ると言わずに「つける」と言う。元々,新鮮な海産物を酢や塩に漬けたことから,つけると言うらしい。板前が鮨を握るところを「つけ場」と言い,その前の客が座るところを「つけ前」と言う。
 鮨屋では,「おまかせ」「お好み」「お決まり」と,三種類の注文の仕方がある。「おまかせ」は,板前にその日の鮨種の選択を全て任せるもので,「お好み」は客が勝手に選んで注文することを言う。「お決まり」は,その鮨屋で,松,竹,梅や,金,銀など,値段と内容が確定された定番を言う。「お決まり」は,その時々で値段の安いものをアレンジして,全体で採算が取れるようにして価格を一定にしたものである。「お決まり」に入っている鮨種を,「お好み」で注文すると値段が跳ね上がることがある。
 「おまかせ」にするときは,電話で予約を取るときに,好き嫌いや総額の支払いをあらかじめ伝えておけば良い。お土産を家族に持って帰りたいときは,最初にその旨を伝えておくと,間合いを見計らって作ってくれるので,帰り際までに用意しておいてくれる。
 生ものを扱う鮨屋は,店の前にも酢の匂いが漂っているくらい清潔でなくてはならない。すし店では,例え裏口であろうと,魚の腐臭の微塵も漂わせてはいけない。

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鮨とは何か-その歴史

 歴史を遡ると,鮨とは,西南中国からインドシナ半島にかけて,魚肉を飯といっしょに漬け込み発酵させた,水田耕作民の始めた保存食のことである。今では,琵琶湖の鮒鮨や和歌山のなれ鮨などに,その伝統が残っている。
 すしは,鮨,鮓,寿司,寿し,など様々な漢字が当てられるが,各々に歴史がある。古来の「鮨」は,西南中国からインドシナ半島にかけて古くから分布する,魚を飯と塩で漬けて発酵させた食べ物のことである。 飯と塩で魚を漬け込み,発酵させた食品を意味する「鮓(サ)」は中国の戦国時代に「鮨(シ)」と混同して使われだしたまま,日本に伝わったという。 「寿司」は江戸時代に縁起を担いで当てた字である。
 時代が下がって,炊きたての飯に酢と塩を混ぜ合わせ具を添えるという,発酵食品であった鮨の簡易版が考案された。これが現在一般に普及している鮨という料理方法の原点であると考えられている。腐敗を防ぐためにも押し鮨が一般的であった。これは全国に普及し,各地で様々な料理が考案され,現代に伝わっている。大阪の押し寿司,九州の寿古寿司などもその類である。
 江戸時代文政の頃(1818~1830年),江戸(東京)の両国にあった「輿兵衛鮨」の花屋輿兵衛という主人が,炊きたての飯に酢を合わせ,さらに東京湾の豊富な生魚を乗せてすぐに食べるという,江戸前握りを始めた。江戸文化の華やかな頃で,天麩羅やうなぎの蒲焼などが普及し始めたときでもある。それから四半世紀後に記された「守貞漫稿(1853)」には,すでに江戸には押し鮨の店はなくなり,大阪にも江戸風の握り鮨を売る店が増えたと書かれている。
 ファストフードとして町の屋台で供される鮨は,魚の新鮮さを保つためにも,調理時間の短いことが重要であった。鮨屋の威勢の良さは,魚を新鮮なうちに美味く食べさせるために仕事を急ぐところに由来する。江戸時代から明治の文明開化を経て,多くの鮨屋の栄枯盛衰を経ながら,本当に美味いものを追求する粋人の情熱と,それに応えようとする鮨職人の心意気に支えられて,江戸前鮨は連綿と続いて洗練されてきた。これは,新鮮な魚を美味く食べるために,最も合理的な技術や手法を追求し続ける,日本的な技術向上心の結晶たる食べ物である。発酵させたり,煮たり,あるいは急いで運んできたりしながら,食材が本来持つ美味さをさらに磨き上げて供するところに,鮨の真髄がある。当然のことながら,単なるレシピの伝授には終わらない,文化的意味の諸々を含むので,以下に総体としての日本の鮨を記述していく。
 ここでは,伝統的な「鮨」という字を用いることとする。ただし,京都の鯖寿司は,祝いの意味を含有するので「寿司」という字を当てる。
(参考;石毛直道 食いしん坊の民俗学 平凡社 1979年)

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鮨の本質を論じる

 機械が握った米の塊に粉ワサビを擦り付け,解凍した魚を乗せて,ベルトコンベアに乗って回っている食べものが,世界中でSushiとして流行しており,美味い健康食だと信じられている。それにより,大量の海産資源が冷凍されて流通し消費されており,鮪のように,漁獲高が削減された例もある。また一説には,あと50年ほどで海産資源が枯渇し,人類は魚を食べることができなくなるという報告もある。
 本来,江戸前の握り鮨は,手近にある材料を,新鮮なまま,あるいは保存のために多少の手を加えて,それを最も美味く食べるために編み出された料理の一手法であって,日本人が考え出した,世界に誇る日本の技術文化である。これは手当たり次第に,冷凍の魚を大量に消費するような,現状のSushiとは本質的に異質なものである。
 筆者は,世界中で圧倒的大量に消費されているような冷凍の海産魚よりも,たとえ養殖でも,新鮮で冷凍されていない鱒や鯉のほうが,よほど美味いと思う。ここでは,海産資源を守る立場から,筆者なりの鮨の本質を論じてみたい。

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