各種鮨種について-鯛(タイ)

鯛(タイ)
 真鯛。日本ではとかくもてはやされる目出度い魚で,春が旬である。これは何といっても明石に限る。明石鯛と言っても,播磨灘の真ん中や紀伊水道で採ってきて明石の港に揚がるものや,養殖ものまであるので注意が必要だ。ここでいうのは,明石海峡の天然ものである。
 少し譲って淡路島南の鳴門のも美味いが,西は岡山,東南は紀伊水道から加太あたりにいくと徐々に味が薄くなってくる。勝浦沖の黒潮に乗っているものは引き締まっていて美味いが,明石とはかなり味が違う。紀伊半島沖から東海沖の黒潮に乗っているものや,関東や三陸のタイは,やや味が薄く,明石の鯛には絶対に勝てない。よく凪になる小浜湾のタイは身が締まってなくて少しブヨブヨしており,握り鮨には合わない。小浜のタイは吸い物にしたほうが良いと思う。関東以北は,烏賊を多く食っているのだそうで,身が白っぽい。明石海峡には小海老が多く,明石の天然のタイはその海老を食っているから,身が少し赤みを帯びている。明石海峡の舞子の浜は,そこで泳ぐとあっという間に100mくらいは流されてしまうくらい流れが速い。とにかく,流れの速いところに生息し,主に海老を食っているタイが良いようである。瀬戸内の養殖ものも最近は改良されてきたようで,身は旨みが強いが,頭と腹に独特の養殖臭がこもっているのですぐにわかる。
 タイはそのままで十分美味いが,関東の淡白なものには,ゆず胡椒をちょいと乗っけても良い。軽く昆布締めにして炒った白ゴマをほんのちょっと振ると,鮨はタイに限ると言いたくなる。酢で締めても美味いが,筆者は昆布締めのほうが好きだ。皮をつけたまま,皮に湯をかけたものを湯引きというが,これもまた一興である。
 江戸時代には高級魚というとタイが一番で,次にヒラメ,スズキ,マナガツオ,ボラの順だったらしい。正月には祝い鯛といって,丸焼きをおせちに添えたりする。明石に魚屋の集まる魚の棚(うおんたな)という通りがあるが,浜焼きと称してタイの丸焼きを年中売っている。小ぶりの浜焼きを一匹買って海岸に出て,潮風に吹かれながら明石海峡を望み,ひとりで丸々一匹貪り食らってみる。すると,人生の純にして粋な楽しみに関するあらゆる物事を理解し始める第一歩を踏み出すことができる。
 刺身や鮨種で残った頭と骨は牛蒡とともに濃い目の煮付けにすると,それだけで別の宇宙の広がりを満喫できる。焼いて食べて骨やヒレが残ったら,湯をかけて醤油をさして,吸い物にしたら良い。タイは,どのようにしても一匹全てより以上のものがある,至高の極である。

comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*