赤貝(アカガイ)
美味いものは色も鮮やかである。柔らかくて米と混じりやすいから,やや小ぶりのほうが良いと思う。酢でしめても美味い。これも産地で違うのか,季節や新鮮さで変わるのか,当たり外れの差異が大きいものだと思っていたら,アカガイには本種と亜種の二種類があって,しかも輸入もののまがい物も多いそうだ。宮城県名取の本種が最上で,冬から春に美味くなる。
月別アーカイブ: 2007年9月
各種鮨種について-サザエ
サザエ
日本中いろいろなところでサザエを食べたが,和歌山は串本の秋のものが,内臓が茶色で甘く,フォワグラのごとくに美味かった。サザエは,食べている海草と季節でかなり味が変わる。極端な場合,生息地が500m違うと別物になる。苦いのから甘いのまで,貝殻もツノつきからなしまで,色々にある。砂地の近くに生息するものはジャリっとしている。お尻のほうの内臓を嫌う人が多いが,そういう人とはサザエを分け合って,美味い内臓を独り占めする。
握りにするときは,白身の部分を開いて握る。煮たり焼いたりして握ることもあるが,最後まで飯と溶け合わない。やはりつぼ焼きが一番だ。身を堪能したあとは,殻に残る出汁を舐めながら日本酒を傾けたり,それを白飯にかけたりするとまた一興。
各種鮨種について-蛤(ハマグリ)
蛤(ハマグリ)
三河や桑名のハマグリが有名だったが激減した。評価の高かった江戸前は完全に絶滅状態だそうである。今は,房総半島や鹿島のものが美味い。アサリもそうだが,海が異なると味がかなり違う。国産で,太平洋側のものが美味い。昔はバチと呼ばれたチョウセンハマグリは殻が碁石の白になるもので,名前と違って太平洋側にも分布している。現在国内で流通しているのはほとんどがシナハマグリである。
ハマグリは鮨種にするには煮蛤にする。ツメが美味いかどうかも大きな影響を及ぼす。従って,煮蛤は素材の質の上に,さらに店の調理の腕前にかかっている。
他は,鮨の合間やその日の締めに,潮汁にするのが一般的だが,これもシンプルが一番である。塩と薄めの昆布出汁だけで,三つ葉などは入れず,白く濁った汁に貝が一つ入っているだけで良い。青菜の匂いは,本当に新鮮で美味いハマグリを殺してしまう。煮すぎては駄目で,熱が通ってパカッと開いたその瞬間に供する,瞬間技が求められる。
各種鮨種について-鮑(アワビ)
鮑(アワビ)
貝はあまり移動しないからか,産地が変わるとかなり味が異なる。三陸のアワビが世界一で,干アワビを戻して煮る広東料理のために,香港からも大量に買い付けに来るそうである。二番目は伊勢である。6月あたりから夏にかけて,美味くなってくる。雄貝,雌貝と区別されているが,実際は同種の雄雌ではなく,別物なのだそうだ。一般に雄貝といわれるのが,一番美味い黒アワビである。
アワビは,様々に可能性の広がる,とても奥深い食べ物である。活きの良いのをそのまま握っても刺身にしても,磯の香り高く,噛むほどに旨みが湧き出てくる。締めてから後は,時とともに自己分解の酵素によってイノシン酸が増加し,さらなる滋味が溢れ出す。煮たり,蒸したりしても大変美味い。大根と煮ると柔らかくなる。締めた後どれくらいの時間で熱処理するかが腕の見せ所なのだろう。
アワビの肝は,キモと言うよりワタと言うほうが正しい。産地による差異に加えて個体差も著しい。そのまま生で,山葵と醤油で食べても,さっと湯にくぐらせてポン酢で食べても良い。また,焼いても美味い。生の肝を軍艦巻きにすることもあるが,水分が多いので海苔がすぐに湿ってしまい,あまり感心しない。気持ち悪がって肝を食べない人がいるが,そういう人と一緒に鮨屋に行ったら,美味いところは独り占めしよう。
各種鮨種について-イクラと筋子(スジコ)
イクラと筋子(スジコ)
イクラもスジコも,北海道産を北海道で食べるに限る。地元の味を知っている人が仕込まないといけない。もちろん旬は秋である。道産のサケから採れたものだけがイクラ,あるいはスジコである。醤油漬けというのもあるが,これも道産子が道産鮭のそれを漬けたものに限る。これと海苔と山葵があれば,いくらでもご飯が進む。北海道で食べる新鮮な北海道産は,世界中の如何なるところで食べるイクラ・スジコよりも,軟らかく,香り高く,美味である。
以前,世界で誉れ高いキャビアを数種類買ってきて食べ比べてみたが,イクラのほうが圧倒的に美味いということがよくわかった。キャビアを山葵と海苔と醤油で食べると,はっきりと,なにか頼りないことが分かるのである。一方イクラは,キャビアのようにレモンやサワークリームを添えても,しっかりと香り,しっかりと舌に広がるのであった。よって,イクラをもって世界三大珍味の一つとしたい。
最近,アラスカやヨーロッパ産のものもあるが,それぞれ匂いが異なり,その卵は変に生臭い。さらに最近は合成の偽物イクラが,「魚介加工品イクラ」などと紛らわしい名前で売られているが,ゼラチンで作った皮が歯に残る上に,たぶん北欧のサバが原料なのだと思うが,変な魚臭があって食べられたものではない。他には,自分で釣ったキングサーモンの卵を塩漬けにして食べたことがあるが,脂っぽくて不味かった。やはり北海道産のものが一番である。
各種鮨種について-蛸(タコ)
蛸(タコ)
タイと同様に,瀬戸内の明石の真蛸に限る。流れの速いところで吸盤も鍛え上げられているタコが一番。冬から春に美味くなる。味のあっさりした江戸前も人気があるが,筆者は明石から淡路のものが好きだ。このあたりのタコは,噛むほどに滋味やら出汁やらがジュバジュバ湧き出てくる,その度合いが他のものと比べて遥かに違う。
日本では,マダコとミズダコとイイダコの3種類がよく知られている。国産でもミズダコは名前の通り水っぽくて美味くない。冷凍アフリカ産など,たこ焼にも入れないで欲しいと思うくらい,もっての他である。冷凍すると,繊維質と旨みが分離してしまう。
イイダコは煮物。鮨ネタというよりは酒のつまみだが,頭の中に飯のような子がたくさん詰まっているものを煮て食べるとやみつきになる。マダコの子も煮物にしてつまみで出してくれるときがある。タコの子はすぐに腐るしあたることがあるので,生ではあまり食べないようにする。足の先に,イソギンチャクの毒が溜まっている個体があるので,生の足先は食べないこと。あたると点滴しながら3日入院という憂き目に会うことがあるそうだ。
各種鮨種について-烏賊(イカ)
烏賊(イカ)
スミイカ,スルメイカ,ヤリイカ,アカイカなど,色々種類があるが,江戸前にはスミイカ(コウイカ)が一番。それも小さめで手のひらに乗る程度のサイズが良い。旬は冬である。煮烏賊といって,ヤリイカなどを軽く軟らかく煮て握りにするのもある。アカイカという大きなのは,一度冷凍すると旨みが出てくるという不思議なイカである。スルメイカを細く切ってイカそうめんにして,軍艦巻きで生姜醤油というのも良いか。
イカは,種類で味わいがかなり異なり,スミイカの次にはヤリイカなどと比べながら食べたくても,たいていの鮨屋では,「今日のイカは○○で」,などと言われて選択肢がない。どうして十把一絡げに一種のイカだけになってしまうのだろう? 以下は,そう思う人のための一手である。
子供の頃大阪の鮨屋で,紋甲烏賊(モンゴイカ=カミナリイカ)の切り身を海苔で細巻きにして,縦に並べた上にウニを乗せる,「ウニのイカ巻き」というのがあった。ねっとりと甘いモンゴイカが最上だが,軟らかいイカならなんでもいいから,なじみの鮨屋で特別オーダーしてみたらいい。ウニとイカのマリアージュであるが,比率が難しい。あまり細かく比率について注文すると嫌がられるので,大将がよほど機嫌の良いときに限る。
各種鮨種について-鱧(ハモ)
鱧(ハモ)
おそらくこれが,江戸前アナゴの関西進出を阻んでいる最右翼かと思われるのだが,鱧は関東では全く見られない。細かい骨があるので,ハモの骨切りという独特の技術を要する。骨切りは,皮を残して身を細かい骨ごと,約1mmの幅に薄く切っていく。身が全て皮に付いたままで湯に落とすと,皮が縮んで身が一斉に開いて華やぐ。氷で冷やしたところを梅肉か酢味噌で食べるのだが,その料理法を「鱧落とし」という。これをそのまま握り鮨にしても良い。昔は大阪湾で揚がったものを京都に運ぶ道中で,骨切りをしていたらしい。夏の京料理として有名ではあるが,実は,ハモは淡路島で新鮮なのを食べるのが最高である。厚い皮の弾力と,真っ白くて瑞々しい身が見事な対比を示す。冷酒とともに,梅肉をちょっとつけてモグモグ食べていると,淡く繊細な味わいの中に大海原の百花斉放を感じて,一匹分くらい軽くいけてしまう。真夏の夜のハモ。
各種鮨種について-穴子(アナゴ)
穴子(アナゴ)
東京湾羽田沖の穴子が,軟らかくて嫌味なく,世界で一番美味い。旬は冬から春。神戸から明石の関西式焼き穴子も美味いが,こちらは,小ぶりのものを固く焼いて食べるので,鮨種としては別分類にすべきであろう。
江戸前は,煮て下ごしらえしたものを,軽く炙って香りを立たせ,熱いところを握って食べる。つけるのは穴子の骨の出汁をベースにした甘いツメ。江戸前の穴子の身は厚く,軟らかく,口の中でホロホロと崩れて米と混じり合って溶けていく。これ一点,何も比べる対象がなく,咀嚼している間は他の一切を忘却の彼方に押しやるので,毎度々々感動する。
穴子は,鮨屋の腕前によって味がピンキリに変わる。焼かずに蒸すだけの蒸し穴子にする場合は,よほど上手でないと匂いがこもるように思う。関西人の好みの味だと思うのだが,関西には決して伝わらない,江戸前の究極の一つである。