空冷 カワサキ Z1,Z2,Z1000R,水冷GPZ900Rニンジャのカスタム@京都コンピュータ学院自動車制御学科
本日から,今年度の自動二輪特論(通称Z学)が開講する。通年授業であるということもあって,諸般の事情から,連休明けから開講することにしている。二年目の開講にあたって,以下に一文を。
コンピュータの進化発展はあまりにも急速で,数年前には不可能だったことがすぐに可能になる。しかし,まだまだ不可能なことも多い。
人類学者のエドワード・T・ホールは,人類は,肉体あるいは肉体の機能の「延長物」を作り出すことにより進化してきたという。
皮膚の延長物としての,衣服や靴,手袋や帽子,手の延長物としての,刃物,金槌,移動のために足の延長物としての自転車,自動車,声の延長物としての電話,電信,眼の延長物としての眼鏡,望遠鏡,さらには延長物の延長物(他人が操作するから)として,飛行機,船,建築物,などが彼の言う人類の進化の結果である。それら延長物は,裸体の人間が持っている機能をはるかに超える性能を有している。
そして人類が最後に発明したのは,頭脳の延長物としてのコンピュータである。記憶容量や計算速度の機能は,頭脳の延長物としてのコンピュータが,人間の持つ機能をほぼ超えている。しかし,まだまだ人間の能力に至っていないところも多い。
通信関係はいわば神経の延長物であるのだが,情報を送るための速度や伝送容量は,頭脳の処理速度に比べて非常に遅く伝達できる情報量も少ない。さらには,判断力や反射的な行動力については,人間が持っている頭脳の機能に比べると,コンピュータはそのイメージに比しても,まだまだ遅れている。開発が急がれている分野である。
ホールの言う「延長物」とは,広義での「道具」のことである。人間が発明した道具(延長物)には,数々の名作がある。
細かい作業をしている人は,ピンセットの良し悪しをご存知だろう。ピンセットには,先まできちんと力が入るピンセットとそうでないものがある。当然良いものは高価だが,安物の数百倍は作業しやすい。良いものは,ピンセットの先まで自分の神経が届くものである。
料理家は包丁を大切にするが,良い刃物は,自分がイメージしたとおりに対象を切ることができる。これもまるで切先にまで自分の神経が生えていくような気持ちになるのだろう。
ペンの良し悪しで仕事の効率も変わる。良いペンで書くと,書きやすいだけではなく,「気持ち良く」書けるものだから,気持ちよく書きながら考えることに集中できる。パソコンの時代になってからは,タッチの良いキーボードとマウスを使用すると,作業効率がかなり違う。キーボードやマウスの存在を忘れるような高品質のものだと,作業もはかどる。
音楽家は,自分が狙った音やメロディを奏でるために,意のままになる楽器を求める。ピアノは鍵盤を叩くのだが,弦を直接叩いているように感じられるようになるだろうし,バイオリンは弦が震え,その振動を意思でコントロールするときに木箱が共鳴して音色を出すところまで,自分の神経が行き届いていくのだろう。
ペンやキーボードやマウスに,自分の神経が生えていって,操作することを意識せずに使えるとき,つまり,道具が意識の対象ではなくて,その先にある目的が意識の対象となったとき,人は,延長物としての道具を使いこなし,人間肉体の機能を超えるのである。
その道で評価されるような良い道具は,操作している人間をさらなる高度な領域へと導く。例えば,楽器に関する様々な逸話に明らかなように,良い楽器には,その楽器が意思を持って動き始めたように,操作する人間が楽器に引っ張られて,操り手の人間が,その操作に夢中になってしまうこともある。
そして,移動のための道具であるが,自転車もオートバイも自動車も,道具としての良し悪しにかなりの差異がある。上述の様々な例えの中で,楽器が人間を操り始める例を挙げたが,乗り物には,そういった次元がある。つまり,それに乗って移動するだけではなく,それを操作しているうちに,自分自身が機械に引っ張られて,運転していること自体が目的化するのだ。
これには,音が大きく関与していると思われる。道具の発する音色によって人間感性が掻き立てられて,さらなる高度なところを希求せざるを得なくなる。本稿でエグゾーストノートについてカテゴリーを設けているのは,この根拠があるからだ。
そこで,空冷インラインフォアの集合管。あるいは,ポルシェサウンドやフェラーリミュージック。あるいはハーレー三拍子やドカティの太鼓のリズムと音色。これら名車と言われる車やバイクには,すべてに「音の評価」が付随している。筆者は,それら「音の評価」を得ている乗り物には,すべて乗ってみたが,一番面白いと思うのは,カワサキ空冷インラインフォアの集合管であると思う。
そして,コンピュータ,ITは,まだ,その感性の領域をマスターするに至っていない。80年代は,自動車に,90年代はオートバイに,コンピュータ制御が目覚しい発展を遂げたが,この感性の領域には至っておらず,いわば未熟な制御技術が旧来の職人技術で仕上げられてきた自動車やオートバイを凌駕していったために,感性面は無視されるか二の次にされた。環境問題による排ガス制御によるマフラーの音色の変化も,そのひとつである。21世紀になってやっと,ポルシェやフェラーリあたりからコンピュータ制御で人間の感性をコントロールしようとする試みが始められているようだが,まだまだ,結果としての製品が昔の職人の手作業を超えているとは,言いがたい。
バイオリンの名器ストラディバリウスやガルネリウスを超えるシンセサイザーが出ていないように,生のスタィンウェイのピアノが高価なCDプレーヤーに遥か勝るように,オートバイにおいても,カワサキ空冷インラインフォアの集合管の音色を超えるものは,生まれていない。
延長物の目的である機能を満たした上で,さらに人間の感性を引き出すような道具のことであるが,これらは,今後のコンピュータ・IT,自動制御の研究対象である。
ここに,本学がカワサキ空冷Zを研究する根拠のひとつがある,と強調しておこう。