☆空海の風景3


 密教の日編を伝授された空海は急いで帰国します。「もはや学ぶものはない」といって
20年の就学期間をわずか2年で切り上げるのですが、謝金、経文、仏具などで金を使い果したようです。
 帰路は嵐に会わず、博多に着き大宰府に入りますが、京都に戻るまで2年の歳月がかかっています。これも彼独特のやり方で、朝廷が彼を必要とするまで、待機している。実はその間に奈良の大寺などに働きかけて、長安での活躍を吹聴しているみたいです。帝が会いたがっているようにお膳立てを整えてから、入洛するという演出、心憎い。時の帝は、書の達人である嵯峨、専制君主だった父桓武とは大違い。
 唐に渡る前までは無位無名の青年僧だった彼はこの後。嵯峨帝とは終生友人つきあいしています。

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