カワサキZ1 Z2 フレーム番号とエンジン番号の言説

 京都コンピュータ学院自動車制御学科の主張のひとつとして,カワサキZのフレーム番号とエンジン番号について論じておきたい。

 カワサキZ1・Z2には,フレーム番号とエンジン番号の「こだわり」がある。どのような車両でも,「エンジンを乗せ換えていない車両は価値が高い」とされているが,それが空冷Z1・Z2の場合は,妙な方向へと展開して,様々な言説がまことしやかに語られている。ここまでフレーム番号とエンジン番号にこだわる車両は他にないだろう。

 カワサキZ1000R1やZ1000 Mk.IIの車体番号にこだわる向きはいるが,データが流通していないからということもあって,エンジン番号にまで言及する人は少ない。しかし,Z1とZ2だけは,フレーム番号とエンジン番号の相関が,中古車価格に影響するのである。

 二輪・四輪の世界で,コレクションの対象となるようなマニアックな車両の中には,エンジン番号と車体番号のデーターベースが出来上がっているものがある。オリジナルにこだわるコレクターは,そのシャーシとエンジンが,元のものであることにはこだわるが,その場合は,他の全てのパーツまでがオリジナルかどうかで,価格が決まる。また,エンジンを一度下ろしたかどうかにはさほどこだわらない。

 ところが,Z1・Z2においては,マニア間で,妙なこだわりが流布されており,それが妙な方向へと発展している。 元々,フレーム番号とエンジン番号の相関関係は,単に車両の程度(走行距離や使用頻度)を証明する手段であったのが,言説がさらなる言説を生み,意味の無いこだわりができあがったのだろう。

 Z1・Z2は,車両に搭載されたままでエンジン上部(シリンダーヘッドとシリンダー)を分解整備できる。いわゆる腰下,すなわちクランクケースは,フレームから下ろさないと分解整備できない。したがって,エンジンを車体から下ろした形跡の無い車両は,「クランクケースを分解した経歴がない」,すなわち「一度もフルオーバーホールしていない」ということになる。つまり,エンジンをかけたときの調子と相俟って,その車両のエンジンの程度や走行距離を証明する一部分なのだ。

 本来は,「エンジンをオーバーホールしていないのに,これだけ程度が良いのだ」ということが「価値」なのである。逆に言うと,レストア・フルオーバーホールしてあるならば,フレーム番号とエンジン番号の相関性が合ってなくても,車検に通る程度に同形式のエンジンならば,何も問題はないし,それで価格が大きく変動する根拠にはなりえない。

 Zのエンジンは,シリンダーヘッドのバルブガイドの交換やシリンダーのボーリングに比すると,消耗したミッションギヤやクランクの交換がやっかいな問題となる。ミッションやクランクはメーカーからパーツが供給されていた頃でも高価なものであったし,メーカーからの供給が無い現在においては,修理はかなり高額な作業となる。

 Zには,そういった車体特性があるために,エンジンを下ろしたかどうかを見分けるテクニックも発達した。エンジンを一度下ろすと,エンジンマウントのボルトやプレートなど関連パーツに痕跡が残る。そして,エンジンを積み替えると,フレーム番号とエンジン番号の相関性が変わることがある。そして,Z1・Z2は,フレーム番号とエンジン番号の相関性が,メーカーから曖昧に発表されている上に,実際の相関が法則性に欠けるから,さらに人々の興味の対象となったのだろう。

 これに,価格を上げて売りたいショップの語る言説と,知識の浅い顧客の思い込みなどが入り混じり,フレーム番号とエンジン番号の神話ができていったと推される。そして,そういったエンジンの本質的な程度を示すための手段であった「積み替え形跡なし」の有無は,フレームとエンジンの相関性という別の価値観を生んだのである。即ち,「たとえボロでも乗せ換えしていなかったら高く,たとえフレームとエンジンの双方の程度がとても良くても,番号が離れていると安い」という,変な現象である。

 Z1は,製造番号100番程度までは,フレーム番号とエンジン番号が一致している。その後は,エンジンが単体で売られたため,フレーム番号とエンジン番号が,徐々にずれていった。そのずれ幅は,一般に,車体番号が後ろになればなるほど,大きくなるのだが,番号差は,決して等比級数的ではない。

 また,エンジンは別のところで組み立てられ,車体に搭載される前に数十機程度は組み立てラインの横にストックされていて,ランダムに搭載されていった。エンジンは単体で販売されたが,注文に応じてストックから抜かれた。さらにまた,ストックエンジンは定期的に抜き取り検査を受けていたそうで,検査が済んでからはラインに戻された。それらのことから,フレーム番号とエンジン番号の数字的差異は,等比級数的に比例してはいないし,ある程度の相関性はあっても,法則性は無い。
 初期の100台程度を除いて,ほぼすべての車体は,フレーム番号とエンジン番号がずれているが,その「ズレ幅」は,すべての車体において異なるのである。おおよそ,車体番号三桁ならば数十,とか,4桁なら百前後,5桁で200程度,など,ある程度の相関性が見られるという程度である。エンジン番号よりフレーム番号のほうが若いのが大半だが,逆もある。これは,実際に数百台のZ1・Z2を観察しているとわかってくるものだ。

 ところが,そういった「車両の程度の見分け方」と「背後の歴史的事実」を理解していない初心者が,言説を妄信してさらなる言説を生み出した。「すべてのZ1・Z2は,フレーム番号は常にエンジン番号より若い」という妄信がそのひとつである。そして,そのような妄信で車両価格が変わるために,わざわざエンジンを積み替えたりしている愚かな者もいる。これでは価値の逆転である。「オーバーホールを経ていない,よりフレッシュなエンジンを欲すること」が,「古くて消耗していても良いから,番号が合っているほうが価値がある」という,逆立ちの評価基準ができあがってしまったのだ。

 もちろん,初期型から後期型まで,エンジンを構成するパーツは様々に変遷していて,興味は尽きない。それがいったい何台生産されたのか,構成パーツは年式年代によってどのように改良され,変遷していったのか,などという話は,技術的な意味でも,歴史的な意味でも,ファンにとっては興味の対象であることに疑いはない。マニアックな観点から見れば,「すべてがオリジナルのまま残っている,できるだけ使用頻度の少ない車体」がより良いのは言うまでもないが,しかし,それは,必ずしも,「エンジンを積み替えたり,パーツを交換してはいけない」という意味では無いし,ましてや,たとえボロでもオリジナルのほうが常に価値があるという訳でもなかろう。

 昨年,まったくのオリジナルで残存していたジャガーのEタイプが,アメリカのオークションで超高値で落札された。そういったマニア垂涎のオリジナル車体は,メーカーからデリバリーされたときのまま,取扱説明書や車載工具なども,新品同様で付属していて,さらには登録書類に至るまで綺麗に残っていることが本質的な価値=価格であった。ジャガーEタイプが,いくらオリジナルパーツで構成されていたとしても,それが錆びてボロボロでは,捨て値しかつかないのが常である。リプロパーツで構成された,きちんと走るもののほうがむしろ高価だ。しかし,カワサキZ1・Z2においては,これが逆転しそうな,変な価値判断基準が出来始めている。これは是正すべきだと思う。

 繰り返しになるが,車台番号とエンジン番号の相関性は,生産台数,技術的変遷やメーカーの思想,性能の向上,あるいはメーカーのマーケット対策などを解明するために必要な知識であって,価値=価格を決定するためのファクターではないのである。

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