甘海老(アマエビ)
北陸沖,富山から金沢あたりで食べるのが最高である。ブルーに透き通った卵を抱えているものも地元では好まれているが,卵の味は薄くてあまり印象に残らない。一度富山か金沢に行って,本物を食べておくことを強く推奨する。能登半島の内海のほうが美味い。新鮮なものは舌の上でさらりと溶けていくが,死んで頭の中が黒くなると極端に不味くなる。似て非なるグリーンランド周辺からの輸入ものが横行していたが,最近はロシアカムチャッカからも多いらしい。冷凍輸入物は腐りかけが多く,ドロリとしていて舌に絡みつく。
各種鮨種について-白さ海老(シラサエビ)
白さ海老(シラサエビ)
鳴門海峡では,シラサエビといって,車エビの白っぽいような,軟弱そうなものが有名である。同じ大きさの車エビよりもとても繊細で,軟らかくて甘い。踊りで握り鮨なら,車エビを押し退けて圧倒的に最高峰のエビである。茹でたものも,優しく,奥深い味わいである。鮨にせずに,そのまま食しても,巻き鮨に入れても良い。これを知らずして,エビを語るなかれ。
各種鮨種について-車海老(クルマエビ)
車海老(クルマエビ)
生きて流通しているのは養殖ものである。養殖技術が世界に普及して,世界中どこに行っても食べられるようになった。香港でも大連でもニューヨークでも食べることができる。天然ものと養殖ものの差異は,ほとんど分からないが,天然の方が生のときに黒っぽくいびつで,養殖ものは綺麗に形が整っている。夏でも冬でも美味いエビの王である。握り鮨にするのは小ぶりのものを使う。15cmくらいのをマキ,10cmくらいのをサイマキと呼ぶ。
新鮮な生を茹でた直後のものは,赤く輝き美しい。踊りといって生で動いているのを握ったり,茹でて酢に漬けて握ったりする。踊りにしたら頭を塩焼きにしてもらおう。活きのいいのを丸ごと塩焼きにするのは鬼ガラ焼きと言う。頭の中の味噌も美味い。鮨屋で一匹を愛でながら味わうのも良いが,市場で活きているのをたくさん買ってきて,家で蒸して醤油やマヨネーズで豪快に食べるのも良い。
頭を取ってあるエビで,胴体から白い身が噴出するように膨らんでいるのは冷凍ものである。新鮮なものは頭がついている筈だ。頭に黒い濁りのないものが新鮮なときに茹でた証拠。エビは死んでしばらくすると頭の中が黒くなって臭うようになり,身が緩んでしまう。
各種鮨種について-海胆(ウニ)
海胆(ウニ)
ウニは,礼文島,利尻島などの北海道の蝦夷バフンウニが世界で最も美味い。本州や九州のものは春から初夏で,北海道のものは初夏から晩秋までが旬なのだそうである。ウニは,種類と産地で様々に味わいが異なる。蝦夷バフンウニ,バフンウニ,北ムラサキウニ,関西の海岸でよく見るムラサキウニなど,いろいろあるが,全般的に南下するほどあっさりとした味になるようである。三陸のウニは北海道の同種に比べると淡白で,瀬戸内のウニはさらにあっさりしている。小浜湾のウニは優しく枯れた味わいがあって,北海道産とは全く異なる。ウニそれぞれに地元の良さがある。カリフォルニア南部のウニは,北海道産に全く引けを取らないほどたっぷりと濃い味なので,アメリカに行ったらぜひ試して欲しい。第一に,アメリカではウニは安い。しかし,築地では一口数千円することも珍しくない。
生ウニはすぐに溶けてしまうので,保存のために明礬(ミョウバン)に漬ける。1週間も冷蔵庫で形が変わらないようなのは,明礬含有率が高い証拠だ。ロシア産,北朝鮮産は明礬が多すぎて舌がしびれる。きゅうりの薄切りを添える店が多いが,どう考えても合うとは思えないので,取り除いている。鮨屋では野菜が不足するので,きゅうりはウニの味を忘れた頃に別途醤油で食べるように。
各種鮨種について-青柳(アオヤギ)
青柳(アオヤギ)
姫貝,ばか貝という別名がある大きな二枚貝。小柱と言う貝柱の軍艦巻きは,繊細で上品である。貝殻ごと醤油で焼いたらとても美味いのだが,それをすると,いつもハマグリを思い出して少し悲しくなってしまう。
各種鮨種について-とり貝(トリガイ)
とり貝(トリガイ)
美味いものから,ゴムではないかと思うような得体の知れない冷凍ものまでピンきりである。新鮮な美味いものは,噛むほどに甘く滋味が溢れ出てくる。産地による差異が大きいので,ツメを塗るのが良いか,山葵と醤油が良いか,いつも迷う。小浜湾近辺のものが美味いと思う。
各種鮨種について-赤貝(アカガイ)
赤貝(アカガイ)
美味いものは色も鮮やかである。柔らかくて米と混じりやすいから,やや小ぶりのほうが良いと思う。酢でしめても美味い。これも産地で違うのか,季節や新鮮さで変わるのか,当たり外れの差異が大きいものだと思っていたら,アカガイには本種と亜種の二種類があって,しかも輸入もののまがい物も多いそうだ。宮城県名取の本種が最上で,冬から春に美味くなる。
各種鮨種について-サザエ
サザエ
日本中いろいろなところでサザエを食べたが,和歌山は串本の秋のものが,内臓が茶色で甘く,フォワグラのごとくに美味かった。サザエは,食べている海草と季節でかなり味が変わる。極端な場合,生息地が500m違うと別物になる。苦いのから甘いのまで,貝殻もツノつきからなしまで,色々にある。砂地の近くに生息するものはジャリっとしている。お尻のほうの内臓を嫌う人が多いが,そういう人とはサザエを分け合って,美味い内臓を独り占めする。
握りにするときは,白身の部分を開いて握る。煮たり焼いたりして握ることもあるが,最後まで飯と溶け合わない。やはりつぼ焼きが一番だ。身を堪能したあとは,殻に残る出汁を舐めながら日本酒を傾けたり,それを白飯にかけたりするとまた一興。
各種鮨種について-蛤(ハマグリ)
蛤(ハマグリ)
三河や桑名のハマグリが有名だったが激減した。評価の高かった江戸前は完全に絶滅状態だそうである。今は,房総半島や鹿島のものが美味い。アサリもそうだが,海が異なると味がかなり違う。国産で,太平洋側のものが美味い。昔はバチと呼ばれたチョウセンハマグリは殻が碁石の白になるもので,名前と違って太平洋側にも分布している。現在国内で流通しているのはほとんどがシナハマグリである。
ハマグリは鮨種にするには煮蛤にする。ツメが美味いかどうかも大きな影響を及ぼす。従って,煮蛤は素材の質の上に,さらに店の調理の腕前にかかっている。
他は,鮨の合間やその日の締めに,潮汁にするのが一般的だが,これもシンプルが一番である。塩と薄めの昆布出汁だけで,三つ葉などは入れず,白く濁った汁に貝が一つ入っているだけで良い。青菜の匂いは,本当に新鮮で美味いハマグリを殺してしまう。煮すぎては駄目で,熱が通ってパカッと開いたその瞬間に供する,瞬間技が求められる。
各種鮨種について-鮑(アワビ)
鮑(アワビ)
貝はあまり移動しないからか,産地が変わるとかなり味が異なる。三陸のアワビが世界一で,干アワビを戻して煮る広東料理のために,香港からも大量に買い付けに来るそうである。二番目は伊勢である。6月あたりから夏にかけて,美味くなってくる。雄貝,雌貝と区別されているが,実際は同種の雄雌ではなく,別物なのだそうだ。一般に雄貝といわれるのが,一番美味い黒アワビである。
アワビは,様々に可能性の広がる,とても奥深い食べ物である。活きの良いのをそのまま握っても刺身にしても,磯の香り高く,噛むほどに旨みが湧き出てくる。締めてから後は,時とともに自己分解の酵素によってイノシン酸が増加し,さらなる滋味が溢れ出す。煮たり,蒸したりしても大変美味い。大根と煮ると柔らかくなる。締めた後どれくらいの時間で熱処理するかが腕の見せ所なのだろう。
アワビの肝は,キモと言うよりワタと言うほうが正しい。産地による差異に加えて個体差も著しい。そのまま生で,山葵と醤油で食べても,さっと湯にくぐらせてポン酢で食べても良い。また,焼いても美味い。生の肝を軍艦巻きにすることもあるが,水分が多いので海苔がすぐに湿ってしまい,あまり感心しない。気持ち悪がって肝を食べない人がいるが,そういう人と一緒に鮨屋に行ったら,美味いところは独り占めしよう。