本日は久しぶりに京の地名です。「洛」です。
平安京ができたとき,朱雀大路(現在の千本通り付近)を中心に東西を分けて,東側を東京(ひがしのきょう),西側を西京(にしのきょう)と呼びました。南向き基準で東側を左京,西側を右京とも呼びました(castorさん参照)。
東側は洛陽にたとえられ,西側は長安にたとえられたんですが,西側は湿地帯で人が住みにくかったので,すぐに廃れたそうです。
本来は「京=洛陽+長安」だったですが,西側がさびれたので,「京=洛陽」になったんです。人々はそれで京の都を「洛」と呼び始めたのです。
現在では,洛北は左京区の北大路通以北,洛東は山科区,洛西は西京区,洛南は京都駅以南をさすような雰囲気ですね。
ここで「西京」という言い方は「西の京円町」というバス停にも残っていますが,「東京」という言い方はありませんね。東側つまり洛に人々が住んでいたので,わざわざ自分たちの住んでいるほうを「ひがしのきょう」と呼ぶ必要はないんです。
今日から28日まで学会で鈴鹿に行きます。
「京都」カテゴリーアーカイブ
嵐電大好き
嵐電ぶらり各駅めぐり (らくたび文庫 No. 9)
今週は妖怪電車ばかりをここで取り上げました(26日が最終日)。そこで京福電車嵐山本線+北野線,通称「嵐電(らんでん)」に関する本を取り上げたいと思います。オールカラーで全部で87ページとコンパクトな文庫本で,中の写真もなかなか厳選されています。沿線の観光案内と鉄道ネタがほどよくミックスされています。
観光案内は壬生寺,蚕ノ社,広隆寺,北野天満宮,等持院,竜安寺,御室仁和寺,映画村,嵐山,立命館大学付近のお好み焼屋まであります。
鉄道ネタは西院車庫,各駅の写真,巻末の嵐電車両特集などがあります。
嵐電ファンや右京区が好きな人などにはお勧めです。
【参考サイト】
京福電車公式サイト
【このブログ内の妖怪電車】
第12回世界妖怪会議とオープンキャンパス
8月24日の妖怪電車
妖怪電車最終便
妖怪作りは学生ボランティア (chappy)
妖怪電車 運賃表
妖怪電車
妖怪電車~ (chappy)
鬼太郎からの手紙 (サスペンダー)
第12回世界妖怪会議とオープンキャンパス
KCGのオープンキャンパスの案内もしておきます。
8月25日
8月26日
9月8日
9月29日
なお,8月25日と26日は第12回世界妖怪会議も開催しておりますので,オープンキャンパス終了後に行くことが可能です。高校生のみなさん,いかがでしょうか?
京都情報大学院大学の入学説明会は以下の通りです。
8月25日
9月8日
8月24日の妖怪電車
本日はNAIS講演会がありました。懇親会が19時30分に終わったので,大学院生2名とKCG学生1名同伴で妖怪電車に乗りに行きました。203系統で北野白梅町へ直行。とりあえず,嵐山へ20時20分ごろに到着。すでにホームには80名の乗客であふれており,乗車できるかどうかの心配を始めました。27分に電車が2両編成で到着,
そこで北野白梅町行きの先頭車に乗りました。先頭車は昨日までとは異なった車両で,扉付近に不気味な行灯があったので,行灯のうえにkcg.eduバックを載せて撮影しました。
電車は予定よりも遅れて,2両で100名以上の乗客を乗せて出発しました。大学院のクニちゃんが,妖怪さんにビール(NAIS懇親会の残りもの)をプレゼントして,妖怪さんは大満足。電車はほどなく北野白梅町へ着いて(ホームには60名以上の乗客がいました),我々も本日はまっすぐ家路につきました。
妖怪の乗務は?
このブログでの妖怪電車の盛り上がりはすごですが,googleには今朝の時点でもサボテンの記事しか出てきません。ne.jpドメインへの巡回は遅いようですね。
北野線を走る妖怪電車の謎は解けましたね。chappyさんの「妖怪作りは学生ボランティア」にあるように,大将軍の学生ボランティアですね。だから,嵐山発北野白梅町行き(20:30発)で最終乗務を終えて,北野白梅町で下車。だから,折り返しの妖怪電車最終便の北野白梅町発四条大宮行きには妖怪は乗車しないですね。
もし,四条大宮まで乗務すれば,四条大宮から大将軍まで帰るのが大変ですよね。ということは,乗務開始はどこからなんでしょうか? 大将軍から四条大宮までタクシーですか? それはありえない。なぜなら,タクシーの運転手の間で評判が広がるのでそれはできないはず。 もしかして京福電車社用車によるお迎えなんでしょうか?
ところで,23日(木)妖怪募集中と書きましたが,妖怪姿で四条大宮まで行くのが大変なんですね。百万遍集合から北野白梅町まで自転車? 本日は雨天ですよ。ちなみに,妖怪50円なのは妖怪電車だけで定期運用の他の電車では通常運賃である旨が駅に掲載されていました。
【北野線運用の妖怪電車】
20:30 嵐山発→北野白梅町行き
20:51 北野白梅町発→四条大宮行き
ただし北野線内は「臨時 帷子ノ辻行き」として運用。
【参考サイト】
京福電車公式サイト
子どもたちから悲鳴が… 京都・嵐山に「妖怪電車」(朝日新聞)
Youtube 妖怪電車1
Youtube 妖怪電車2
【このブログ内】
妖怪電車最終便
妖怪作りは学生ボランティア
妖怪電車 運賃表
妖怪電車
妖怪電車~ (chappy)
鬼太郎からの手紙 (サスペンダー)
本日も妖怪電車
本日もこりずに妖怪電車に乗りました。本日は大学院生同伴で,彼が撮影係です。19時過ぎに百万遍を出て201系統の市バスで四条大宮へ向かいました。
19持45分に四条大宮に到着。嵐電の四条大宮駅はすでに長蛇の列。我々は50分に改札内に入りました。19時55分,ついに改札制限が始まりました。定期券乗客しか入れなくなりました。2番線に20時過ぎに満員の妖怪電車は到着しましたが,降りる客が多くて乗車側の扉は開きません。1番線には定期便の電車が停車中で,「すみません,普通(「妖怪電車でない」という意味)の嵐山行きの乗りたいので,そこを開けていただけないでしょうか?」と具合です。
20持5分,妖怪電車は発車。満員です。70人は超えています(乗車定員の90名かも?)。電車は各駅にとまるんですが,どんどんお客さんが乗ってきます。山之内あたりの路面区間では歩道を歩く人たちが我々の電車を指さしてました。電車は満員で肝心の妖怪さんたちの存在がよくわかりません。帷子ノ辻で車掌さんが乗車してきてました。20時25分になんとか嵐山に到着。ホームには既に30人以上のお客さんがいます。昨日の2倍です。
20持33分,北野白梅町行きは3分遅れで発車。妖怪さんがいて泣きわめくお子様がたくさん。車内は妖怪ムードたっぷり。途中の駅から塾帰りと思われる女子中学生が乗ってきたのですが,妖怪におびえて逃げ回っていました。20時47分に北野白梅町に到着。ホームには20人ぐらいのお客さんがいて,びっくり。
我々は再び,折り返しの臨時四条大宮行き(昨日は臨時帷子ノ辻行きでしたが)に乗車。そのまま,四条大宮まで行きました。
今週末の妖怪電車はパニックが予想されますね。事故が起こらないことを期待します。
鉄道ファンとしての妖怪電車運用
このブログでの妖怪電車の盛り上がりはすごですね。本日,大学院生の指導をおこなっていたところ,「先生,50円で乗車されるんですよ」なんていわれました(^_^;)。,妖怪ネタを探しています。
【出典】
妖怪電車 運賃表
さて,鉄道ファンとしてのネタは,北野線を走る妖怪電車です。
北野線の電車は定期便で北野白梅町-帷子ノ辻の往復だけで,嵐山本線への直通は行楽シーズンのお昼だけです。ところが,平日の夜に嵐山発北野白梅町行き(20:30発)があるのはすごいことです。もっと,すごいのは北野白梅町到着後は北野白梅町発四条大宮行きになるんです。これは帷子ノ辻でスィッチバックするんですよ。帷子ノ辻で何番線に入るのかという疑問がつきませんね。
ところで,妖怪募集中。23日(木)決行。大学院生,KCG学生大歓迎。連絡はこのブログへ。おそらく百万遍集合でしょう。
【妖怪電車特殊運用】
20:30 嵐山発→北野白梅町行き
20:51 北野白梅町発→四条大宮行き
【参考サイト】
京福電車公式サイト
子どもたちから悲鳴が… 京都・嵐山に「妖怪電車」(朝日新聞)
【このブログ内】
妖怪電車
妖怪電車~ (chappy)
鬼太郎からの手紙 (サスペンダー)
京都駅前校裏のJR 解答
道路とJRが交わる部分だけ柵の構造やコンクリートの構造が異なります。これは,なんと「橋」なんです。ではここを流れる川は堀川なんですね。
本館と新館の間の道の下は堀川が流れているなんて驚きですね。
【参考】
京都駅前校裏のJR
京都の道を紹介します。
続 京都の大路小路―新たに歩いた105路の歴史・文化・観光
京都在住の方にオススメです。正編よりも,この続編の方がマニアックな道が扱われており,私は大好きです。
私のブログの京の地名シリーズと合わせて読んでみましょう。きっとすばらしい京都を発見できます。
寺町–京の地名
京の地名シリーズ。本日は,「寺町」について見てましょう。
織田信長の最期を迎えた本能寺は中京区寺町通御池下ルにあります。本能寺の変の日には,信長の息子は二条城にいたされているので,信長と息子は随分はなれたところにいたのかと思いました。違うんですね。そのときの本能寺は堀川通り沿いにあったんです。現在の京都市立堀川高校の場所こそが本能寺があった場所なんです。
秀吉は御土居をつくりました。そして町の改造に邪魔になるお寺を移転させて一箇所にまとめることにしたんです。そこでまとめられたのが,寺町通り。本能寺も秀吉のころに現在の地に移転したんですね。
「寺町」というのは,金沢にもあります。秀吉の親友の前田利家の金沢でも同じように寺を一箇所に移転させたのです。
「寺町」は京都や金沢以外にもあるのかもしれませんが,お寺が一箇所にたくさん存在するのは,なにかの権力で移転させられたと考えるのが素直なんでしょう。